10.ネエ、本ハドコ?
「はっ、はっ、はっ、はっ…」
息を荒げながら、四階の廊下を走る亮太。
“ドコナノ?ドコニカクシタノ?”
もう少女の声ははっきりと聞こえていた。
「はぁっ、はぁっ…」
“ネエ?本ハドコ?”
三階から階段を上ってくる少女。
(うっ!)
後を振り返ると、少女が迫ってくる。
(ひ、一人じゃないのか…!)
囲まれた。他に行く先は?
(避けてはいたが…)
もう逃げる場所がないと、上りの階段を駆け上る亮太。
二階に下りた後、廊下を走って反対側の階段へ。そこでも少女に出くわし、三階へと上った。さらに三階の廊下を端まで走った後、またもや道をふさがれ四階に…
(これは間違いなく誘導されてるな…)
恐怖と焦りの中でもわかる。霊は屋上へと俺を追い込む気だと。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」
“バァン!”
扉を思いっきり開け放ち、屋上へと出た。どこが端かもわからない、暗闇の屋上だ。
“ドコへカクシタノ?ドコへカクシタノ?”
すぐ後で少女の声。慌てて扉から離れる。
“ドコへカクシタノ?ネエ、ドコへカクシタノ?”
声は小さくなるどころか、さらにはっきりと聞こえるようになってきた。まるで耳元で囁いているかのようだ。
“ドッ”
(うっ!)
胸を強く打った。
(手すり…もう端かっ!)
ゆっくりと振り返ると、
(なっ!)
白い服を纏った少女。何人も何人もいる。
“本ハドコ?ネエ、本ハドコ?”
“ドコへカクシタノ?ネエ、ドコへカクシタノ?”
ジリジリと詰め寄ってくる少女、たち。
“本ハドコ?ネエ、本ハドコ?”
“ドコへカクシタノ?ネエ、ドコへカクシタノ?”
“キミガカクシタノ?ネエ、ソウナノ?”
“ドコニアルノ?ネエ、ドコニアルノ?”
「うわぁぁぁぁ!」
思わず悲鳴を上げた。視界が少女で一杯になる。
と、そのときだった。
『その者から離れなさいっ!』
高い声、心臓の動きが落ち着きを取り戻し始める。
“フワッ”
亮太の視界を占めていた少女が、一瞬で姿を消す。
「やっぱり、私がいないと何にもできないわね。」
「ふん、さっきまで泣いてたのは誰だよ。」
見えなくてもわかる、お互い先ほどまでの恐怖に満ちた顔はない。
「まだ終わってないわ。安心するのはそれからよ。」
「そうか。」
秋絵が反対側を向いた。
“本ハドコ?ネエ、本ハドコ?”
明かりのないのにハッキリと見える少女。白い服の少女。
「私に触れて。」
秋絵の左腕を握る。
(おお…)
心がすっかり落ち着きを取り戻した。見れば恐怖がわきあがった霊を、今なら凝視することだってできる。
『此処に憑きし汝の霊よ、貴女はここにいるべき魂ではありません。すぐに貴女の還るべき霊界へと還りなさい。』
“本ハドコ?ネエ、本ハドコ?”
『貴女の求めているものは、すでにこの世にありません。探しても見つかることはないわ。』
“本ハドコ?ネエ、本ハドコ?”
同じ問いかけを、何度も繰り返す少女の霊。秋絵はふっと微笑んだ。
『貴女の探しているのは友達でしょう?』
“本ハドコ?本ハ…”
『ここで本を探しても、また貴女は孤独に戻るだけです?それでもいいのですか?』
“…。”
霊が喋らなくなった。秋絵はさらに続ける。
『もう我慢しなくてもいいのですよ。貴女の友達は、もう還るべき場所へ還りました。』
“私ハ…私ハ…”
『辛かったでしょう、寂しかったでしょう。よく頑張りましたね。』
神霊石を持った腕を、少女へと向けた。
『霊界へとお還りなさい…!』
神霊石の強い発光。
(くっ…!)
あまりの眩しさに、目を塞ぐ亮太。
“ヒュゥゥゥゥ…”
一瞬の後、光が退いた。暗い屋上だけが広がっていた。
「意外だな。」
「何よ?」
帰り道、並んで歩く二人。
「柴原が元が怖がりだなんてさ。」
「あ、あれは…元からよ。」
「意外な一面だな。」
可愛いところあるんだな、柴原を見る目が変わりそうだ。
「ア、アンタこそ男らしいトコ、あるじゃない。」
「お前が行きたくないなんていうからだろ。」
「案内人にはねぇ、そうやって無謀な動きをして霊に取り付かれた人とかいるんだからね。慎重になるのは当然よ。」
「ふーん。…しかし、よく俺の場所がわかったな。」
「あの霊の特性よ。高い場所に誘導して、最後は突き落としちゃうんですって。」
背中に冷たいものが走る。聞かなきゃよかったな…
「柴原。」
「何?まだ言いたいことあるの?」
「柴原て、泣くと可愛いんだな。」
カァーっと真っ赤になる秋絵。
「あ、あ、あれは違うの!」
「んー?何が違うんだ?」
「あれは…冷やアセよ冷やアセ!元が怖がりなんだから仕方ないじゃない!」
「そうか、冷やアセは目からも流れる…」
“ドゴッ”
秋絵の膝蹴りが亮太の背中にヒットする。
「きょ、今日のことは忘れるんだからね!また明日!」
ダッシュで去っていく…というより逃げていく秋絵。
「痛ててて…少しは加減しろよってのに…」
背中を擦りつつ、まだ暗い夜道を歩いた。




