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七五三田優奈の観察録  作者: 有馬 茶


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【記録された死】第七章 始まる朝

【記録された死】

第七章:クローズ

 事件が片づいた翌日、砧は署で報告書をまとめていた。

 机の上には、捜査資料、証拠一覧、関係者の供述調書が積まれている。

 どれも整っているのに、心だけは妙に落ち着かなかった。


「また七五三田さんか」


 警部補が書類をのぞき込みながら言う。


「また、じゃないですよ。今回はかなり助かりました」


「助かったならいい。だがな、お前も少しは自分で片づけろ」


「それができたら苦労してません」


 警部補は笑い、デスクを離れた。

 砧はため息をつき、報告書の最後の欄に署名を入れる。


 その頃、優奈はというと、駅前の落ち着いた喫茶店で、請求書を確認していた。

 紙を眺める表情は真剣だ。

 事件の終わりより、金額の方が大事らしい。


「思ったより早いわね」


 向かいに座る砧が言う。


「私が本気を出したからね」


「自分で言うな」


「でも事実でしょ」


 優奈は請求書を畳み、鞄へしまった。

 その仕草は満足げで、どこか機嫌がいい。


「報酬、ちゃんと上乗せしてくれたのね」


「当然だろ。あれだけ働いてくれたんだから」


「偉い」


「上から言うな」


「上だから」


 砧は苦笑して、コーヒーをひと口飲んだ。

 少し苦い。だが、その苦さが妙に落ち着く。


「黒瀬里奈、どうなったんだろうな」


「自分で選んだ結末よ。どうでもいい」


「冷たいな」


「なにが?」


 優奈は窓の外を見た。

 平日の駅前は、何事もなかったように人が流れている。

 事件が起きても、街は止まらない。

 止まらないからこそ、誰かが整理しなければならない。


「砧」


「ん?」


「あなた、次の案件も持ってくるなら、ちゃんとお金になる難しいものにして」


「またお金か」


「大事なことだから」


「はいはい」


 砧は肩をすくめた。

 優奈はそれを見て、ほんの少しだけ口元を緩める。


 そのあと、二人は店を出た。

 風は少し冷たいが、不快ではない。

 砧が並んで歩く速度を優奈に合わせると、彼女は当然のように言った。


「歩くの遅い」


「お前が速すぎるんだよ」


「私は天才だから」


「そういう理屈か?」


「そういう理屈」


 砧は呆れながらも、どこか安心していた。

 事件の後も、この調子でいられるなら、たぶん大丈夫だろう。

 少なくとも、また次の事件が来るまでは。


 優奈は駅の階段を降りる前に、ふと立ち止まった。


「ねえ、砧」


「なんだ」


「あなた、たまにはもっと役に立ちなさい」


「今でも十分役に立ってるだろ」


「まあ、一割くらいはね」


「低いな」


「十分高い過剰評価よ」


 砧は笑った。

 優奈はそれを見ずに、さっさと階段を降りていく。

 その背中は小さい。

 けれど、事件の筋道を作るには十分すぎるくらい大きかった。


 駅の雑踏に紛れながら、砧はふと考える。

 この女となら、また厄介な事件も解けるかもしれない。

 だが同時に、金額交渉はもっと厄介になるだろう。


 そんなことを思いながら、彼は後を追った。


 ――そして、街は何事もなかったように夜へ向かっていく。

 それが、事件の終わりにふさわしい静けさだった。




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