【閉ざされた楽屋】 幕引き
【閉ざされた楽屋】
第六章:後編
関係者を集めたのは、劇場の小さな会議室だった。
舞台袖ではなく、わざわざそこでやるのは、逃げ場をなくすためだ。
霧島透子、鳴海颯介、朝比奈未来、篠原大悟、そして真柴梓。
全員が向かい合う空気は、昨夜とはまるで違っていた。
砧は扉の脇に立ち、優奈が話し始めるのを待った。
彼女はいつものように、まったく慌てていない。
「霧島銀次さんの死は、事故ではありません」
室内の空気が止まる。
「舞台袖の導線は、事故に見えるように整えられていた。ケーブルの位置、滑り止めのめくれ、進行表の修正。全部、少しずつ人為的です」
透子が息を呑む。
鳴海は顔をしかめた。
篠原は手元を見ている。
朝比奈は唇を噛んだまま動かない。
優奈は真柴を見た。
「真柴梓さん。あなたがやったのね」
「……何をですか」
「事故に見せた殺人よ」
部屋の空気がさらに重くなる。
真柴は顔を上げない。
だが、その指先が、ほんの少しだけ揃った。
「証拠はあるんですか」
「あるわ。進行表の修正、滑り止めシートの端の処理、舞台袖の通路、あなたの手書きの確認印。全部、つながってる」
砧が資料を前に置いた。
「それに、霧島銀次がお前に金のことで強く当たってたのは、みんな知ってる。お前だけにやらせてた仕事も多かった」
砧の声は低かった。
怒っている。
かなりはっきり怒っている。
「自分の都合で人を使い潰して、何もなかったみたいにしてたんだろ。そういうやり方は、俺は嫌いだ」
「砧」
優奈が一言だけ言う。
それで十分だった。
砧も黙る。
だが、目は真柴から外さない。
真柴はしばらく沈黙していた。
そして、ようやく小さく息を吐いた。
「……あの人は、私に全部押しつけていました」
誰も動かない。
「仕事だけじゃない。お金も、責任も、失敗も。全部です」
「だから、殺したの?」
透子が震える声で言う。
「最初は、そんなつもりじゃありませんでした」
「じゃあ、どうしたんだ」
砧が聞く。
「……あの人を、困らせたかっただけです」
その言葉は、言い訳にしてはあまりに弱かった。
だが、そこに本音も混じっている。
「進行表を変えて、急がせて、足元の状態を少しだけ……あの人なら、気づくと思ったんです」
「気づくと思った?」
「ええ。いつもみたいに、自分だけは大丈夫だと思うはずだった」
優奈は静かに言った。
「でも、結果として死んだ」
「……はい」
「それは、殺意の有無に関係なく、罪は重いわ」
真柴は目を閉じた。
それから、しばらくして、ゆっくりと肩を落とす。
「……もう、戻れませんね」
「戻れないわ」
優奈は淡々と言った。
「あなたは自分を守りたかった。でも、そのやり方を間違えた」
真柴の目に、初めて感情が出た。
怒りでも、涙でもない。
もっと乾いた、諦めに近いものだった。
「私は……あの人に、何度も壊されそうになっていたんです」
「だからと言って、人を殺していい理由にはならない」
砧が言った。
その声は武骨で、容赦がない。
だが、責めるためではなく、区切りをつけるための言い方だった。
「お前がやったことは、ちゃんと重い。そこは逃げるな」
真柴は何も言えなかった。
やがて、こくりと小さくうなずく。
「はい……私がやりました」
その一言で、すべてが終わった。
警察が入る。
真柴は抵抗しない。
透子はその場に座り込み、鳴海は顔を伏せた。
朝比奈はどこか遠くを見ている。
篠原は、手を握ったまま動かない。
部屋を出たあと、砧は廊下の壁に軽く手をついた。
「……腹が立つな」
「そうね」
「人を追い詰めて、壊して、最後に自分も壊されて可哀そうな被害者として消える」
「よくある話よ」
「だから腹が立つんだ」
優奈は何も言わなかった。
だが、砧の言葉を止めはしない。
彼の熱は、事件を追う上ではむしろ必要だと認めていた。




