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七五三田優奈の観察録  作者: 有馬 茶


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【閉ざされた楽屋】 足元

【閉ざされた楽屋】

第五章:中編②

 真柴梓の周辺を洗い始めると、話は思ったより早く繋がった。

 砧が集めた情報の中で、いちばん重かったのは、やはり金だった。


「劇団の資金、かなり怪しい」


 砧は机に資料を並べた。


「公演ごとの収支が合わない。しかも、真柴が実務を握ってる」


「本人の名前で抜いた形跡はあるの?」


「直接じゃない。けど、経費の名目が妙に曖昧だ」


 優奈は書類をめくりながら、ほとんど感情を見せなかった。

 だが、その目はすでに答えの近くにある。


「霧島銀次は、それを知っていた?」


「たぶん知ってた。というより、知ってて黙ってたわけじゃないな」


「脅してたの?」


「だろうな」


 砧は唇を引き結んだ。


「そういう男は多いわ。自分が現場を回してると思い込んでるのね」


「今回もそうだ」


「なら、真柴が腹を立てるのは当然ね」


「当然だ。許せるもんじゃない」


 砧の声には、はっきりと怒りがあった。

 優奈はその様子を横目で見て、少しだけ口元を動かす。


「あなた、今回はいつもより熱いわね」


「当たり前だろ。人を壊すような上のやり方は嫌いなんだ」


「そう。そういうところは嫌いじゃない」


 砧は少しだけ黙った。

 褒められたのかどうか、相変わらずわからない。

 だが今は、それより先に進める必要がある。


「話は変わるが、さっき舞台袖の導線も見直してきた」


「どうだった」


「事故に見えるように整えられてたと思う。片付けの流れだけ、妙に綺麗だった」


「綺麗、ね」


「片付け途中なのに、あの通路だけは人が通る前提で空いてた」


「それは、誰かが通らせるつもりだったってこと」


「そうだ」


 優奈は軽くうなずいた。


「真柴は、銀次を舞台袖へ呼ぶ理由を作って、足元の状態も把握してた。問題は、どうやって銀次を急がせたかね」


「そこは、朝比奈が少し話した」


「どうだった」


「銀次が真柴に、お金の話をしてたらしい。たぶん、劇団の資金のことだ。かなり強い口調だったと」


「脅しの材料には十分ね」


「ええ」


 優奈は資料を閉じた。


「なら、次は確認よ。事故に見せるための“最後の一押し”がどこにあったのか」


「最後の一押し?」


「人は、ただ道が悪いだけじゃ転ばない。急がされるか、振り向かされるか、見失うか、そのどれかが必要なの」


「つまり、真柴が銀次の注意をそらしたと」


「たぶんね」


 その日の午後、二人は再び劇場に戻った。

 今度は、転倒現場の周囲を細かく見ていく。


「ここだ」


 優奈が足元を指した。


「ケーブルの位置、前より少し変わってる」


「誰かが動かした痕だな」


「ええ。でも、乱暴にじゃない。事故に見えるように少しずつずらしてる」


「そんなこと、わかるのか」


「わかるわよ。雑な人間ほど、綺麗に見せるのが下手」


 砧はその言葉に苦笑した。

 だが、現場を見れば見るほど、優奈の言うことが正しく思えてくる。


 そのとき、近くにいた篠原大悟が恐る恐る口を開いた。


「そういえば真柴さんは、事故の前に、銀次さんへ“これだけは見てください”と言っていました」


「何をだ」


「進行表です」


「それだけか」


「ええ。かなり急いでる様子でした」


 砧はそれを聞いて、はっきりと頷いた。


「やっぱり、急がせてるな」


「ええ。急がせれば、人は足元を見なくなる」


「銀次は、自分で見に行ったと思ったはずだ」


「そう。だから事故に見える」


 優奈はそのまま、舞台袖の床にしゃがみ込んだ。

 そこに残っていたのは、滑り止めシートの端が、ほんの少し浮いている跡だった。


「これ」


「どうした」


「誰かが、端を少しだけめくってる」


「滑りやすくするためか」


「そう。だけど、完全には剥がしてない。事故に見えるぎりぎりを狙ってる」


 砧はその跡を見て、背筋がじわりと冷えるのを感じた。

 あまりに地味だ。

 あまりに現実的だ。

 だが、だからこそ怖い。


「真柴梓、だんだん見えてきたな」


「ええ。でも、まだ本人の口からは何も出てない」


「じゃあ、そろそろ追い込む準備だ」


 優奈は立ち上がった。


「証拠は揃い始めてる。あとは、本人に自分の手で崩れてもらうだけ」

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