ガーネット、16歳になる。
「治療も今日で一区切りね。術式も無事に動いてるようだし、ひとまずは安心。何もしなくたって20年は持つわ」
先生は手元のカルテに何か書き込みながら言った。
「ありがとうございます、先生! でも先生に会えなくなるのさみしいです。先生に言われたお腹に力を込める運動、先生のこと思い出しながらします。丹田で魔力を練るですよね。縮めるイメージ、あれ、留めるイメージでしたっけ? 大丈夫です。ちゃんと忘れないようにメモしてあります。帰ったら確認します!」
先生はふー……と息を吐いた。やば。ウザかった?
「さみしいわ。ガーネットがいなくなると、ここも静かになっちゃう」
「せ、先生……!」
先生って、優しい。お別れ前に抱きしめちゃダメかな。
「……それにしても、あなた」
「なんですか?」
「ちょっと、立ってみて」
言われた通り、治療用のベッドから立つ。
先生は私の足から頭までを見た。
「……あなた、今15歳でしょ?」
「はい。今度、16歳になります」
「……へぇぇ」
先生は声を漏らした。その目は私を見続けている。
何か変なのかな? 自分じゃ分からない。
「あなた、きっとこれから楽しくなるわよ」
「楽しくですか?やった!」
「いえ、苦しむかも」
「苦しむ!?」
びっくりした。苦しむって何!
だけど先生は「違う違う」と言った。
「ごめんなさい、冗談よ。あなたならきっと、なんでも楽しくやり過ごすと思うわ」
それから先生は「ノエルさんもいるしね」と付け加えた。
「そうだ。ノエルさん! ごめんなさい、先生。ノエルさんが待ってるんです。だから早く行かないとダメなんですけど、先生、また会いたいです。どうすれば先生に会えますか? 会い方が分かれば私、お別れできると思うんです。また会ってもいいですよね?」
「……心配。本当に心配」
「え?」
先生はまた、ふー……と息を吐いた。
「気にしないで。何か体調に変化があって、この近くにいるようだったら、いつでも来て。ここはあなたのかかりつけなんだから」
「分かりました。それだったらいつでも会えますね! じゃあ私、行きます。名残惜しいですけど」
私は胸いっぱいに、先生の匂いを吸い込んだ。いつもの香水のいい匂い。
「先生の匂い、私、絶対に忘れません」
そして私は踵を返して診断室を出た。
背後から「心配! 本当に!」って聞こえてきたけど、気にしないでって言われたから気にしないよ。
廊下を抜けると、入口に立っていたノエルさんが私に気付いて駆け寄ってきた。
「お疲れ様。どうだった?最後の治療」
「問題無いって言われました!」
「そっか。良かった」
「あ、でも、なんだか変なことを言われました」
「変なこと!? 何!?」
「あ、いえ、多分冗談です!なんだか、私のことを見た後にあなたはこれから楽しくなるとか、苦しくなるかも、とか、ノエルさんがいるから大丈夫とか」
私の言葉を聞くと、ノエルさんの声が何故か低くなった。
「ああ……なるほどね。うん。ボクがいるから大丈夫。ちゃんとするから」
それから、ノエルさんは呟いた。
「本当に、なんでそんな大きくなっちゃったんだよ」
ふふふ。
そう。私の身長は、伸びた。
出会った時もノエルさんより大きかったのは覚えてる。
だけど、年を取る度に、身長の差は開いていった。
嬉しい。きっとこれが女神さまの加護だよね。
だって、私は特に何も変な事をしていない。毎日牛乳を飲んでいっぱい動いて寝てただけ。
なのにこんなに背が伸びたのは、きっと潰されない体を女神さまがくれたに違いない。
それでも足や腕は前の身体みたいに細長くしてくれたんだから、女神さま、心づかいがにくいです。
おっと、思いにふけってちゃだめ。今はノエルさんと一緒にいるんだから、昔のこととか女神さまのこととか、考えるのやめとこう。
ノエルさん、爪を噛んでる。
おいしいのかな。
「ガーネットを虫から守るには……」
「虫!?」
「わっ!?」
ノエルさんは私の言葉に弾かれるように飛び退いた。
「ううん! な、なんでもない、気にするな! ガーネットは今まで通りふつーに! ふつーに過ごせばいいから! じゃあ行くぞ!」
ノエルさんはなんだか急いで扉に手をかけて外に出た。
聞きたかったな。ノエルさんの虫の話。だけど気にするなって言われたから、気にしないことにします。




