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蚊です。転生したら人間でした  作者:


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10/27

ノエル、決意する。

「ふふふ。牛乳屋さん、今日もおまけしてくれました。溢れちゃいそうなくらいです。寂しくなります。牛乳屋さんとも会えなくなるなんて」


 そう言ってガーネットは両手で持った杯を傾けた。


 ガーネットは、出会った時から綺麗な子だった。

 だけど、最近はそれが不安になるほどに研ぎ澄まされてる。

 さっきだってそうだ。ガーネットが歩くと、必ず何人かはその目で彼女を追う。

 男も、女もだ。


 15歳の女の子を目で追うなんて、とも言いきれない。

 だって、ガーネットは背が高くて、手も足もすらっとしてて、大人っぽい。

 きっと言わなきゃ誰も15歳なんて思わないだろう。

 それなのに、こうして街のベンチに座って、杯の中を見ながら牛乳を飲む姿は実年齢よりも遥かに子どもに見える。


 本当に、不思議。

 いや、違うな。

 本当に、可愛い。

 ずっと見てられる。見ていたい。

 ずっと話したい。話かけられたい。ずっと一緒にいたい。

 んくんくと鳴る喉の音すら愛おしい。


 こんな風に思うのは、きっとボクだけじゃない。彼女の事をよく知れば、きっと誰もが思うはずだ。


「残念です。ノエルさんとこの街を一緒に歩くのが今日が最後だなんて」


 杯から口を離した彼女は、本当に悲しそうに言った。


「何言ってるんだよ。代わりに、"ウエストリア"で一緒に過ごすだろ」

「ああ、それはもちろん楽しみです!」


 ガーネットは表情を一転させて、ぱぁっと笑った。


「ノエルさんと一緒に過ごせる場所。そして、色んな人と出会える場所! まるで夢みたいです。私の人生にこんないい事が起きるなんて!」

「学校だからな。学校。学びに行くんだぞ」

「はい、もちろんです。私、学ぶことは産まれた時から苦手ですが、ノエルさんがいれば何とかなると思います」


『産まれた時から苦手』という言葉に、ボクの心がズクンと疼く。

 ガーネットは時々こういう言い方をする。まるで、自分は生まれながらにしての無能だと。

 最初は謙遜だと思ってた。表現の選び方が変だから、そうなってしまうんだろうって。

 だけどそのうち、本心から言ってるんだって気付いた。それも、辛そうでも何でもなく。


 ごく自然に、自分を下に置いてる。


 それが、ボクにはとても辛い。

 そんな事ないのに。ガーネットは、誰よりも価値があるのに。

 学力だって、別に問題は感じない。

 確かに、ガーネットは時々反射神経で動いているかのような言動をすることがある。

 だけど同時に、彼女が時折口にする警句のような言葉は含蓄があり、感心させられるほどだ。

 なのに、本人だけが自分のことを一切信じていない。


「学校は楽しみなんですが、私、ノエルさんともっと街を歩きたかったです。今までと同じように、これからも。牛乳を飲んだり、本を買いに行ったり。学校に行くと、街を歩けなくなる。街を歩くと学校に行けない。仕方のないことかもしれませんが、私は両方したいんです」

「わがままだな、ガーネットは」

「はい、そうなんです……」


 ガーネットはしょんぼりとうつむいた。

 笑ったり、悲しんだり、表情をころころと変える彼女。

 その中身は、純粋で、小さくて、大きくて、無神経で、繊細。

 だからこそ、不安になる。

 もしかしてボクは、彼女にとんでもない事をしてしまったのではないか、と。


 ウエストリア。

 一般教育から、様々な専門まで学ばせてくれる、王都の近くにある学園。

 数ある学園の中で王国一の場所であり、貴族の子女が集まる場所でもある。

 ボクは、16歳になったらそこに行くことになっていた。

 貴族が通うような初等院は通わなくても、どこかで学位は取らないといけない。

 ボクは公爵令嬢なんだから、責任がある。


 それに、ボクが入学する年は――"特殊"。

 だからこそ。

 父さまの庇護下から離れて一人、3年間を過ごして卒業しなければ、父さまの評判に関わってしまう。

 例えボクが"獣憑き"だとしても。


 想像に難くない。ウエストリアでボクが、どんな風に扱われるのか。

 いくらボクがガーネットに救われたとしても、将来訪れるこの時は変わらないはずだった。

 不安で、怖くて……だから、父さまの提案に、深く考えずに、言ってしまったんだ。


『ええ、父さま。私、ウエストリアに行ってもガーネットさんと一緒なら、頑張れます』


 それが、彼女の人生を歪める決断だって気付いた時には、ガーネットも、ガーネットのご両親もその気になっていた。

『ノエルさんと一緒なら絶対楽しいです!』って満面の笑みを浮かべるガーネットに、今さらやめた方がいいなんて言えなかった。


 ガーネットはウエストリアで楽しいまま過ごせるだろうか。

 ――それとも。

 ガーネットは強くなってしまうだろうか。

 愛しい純粋さを失っていくのだろうか。


 なんて思うと、吐き気がする。それは、ボクがガーネットを汚すことと変わらない。

 だから、ボクには責任がある。

 ガーネットの顔が曇らないように。

 ウエストリアに行ったら、守らないといけないんだ。悪い虫から。

 その為になら、どんな犠牲も厭わない。

 ボクにかけられた、一生、幸せになれないという呪い。

 それを、一瞬で解いてみせた、愛しい黒髪。

 ガーネットの為ならなんだって出来る。


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