ノエルは座り込む。
ボクは今、酒場の裏口に座り込んでいる。
中の様子を確かめる為?
違う。
入る機を伺う為?
違う。
じゃあなんでボクはここにいるんだ?
ここに来るまでは順調だった。
何度か人に道を聞いて走ってるうちに、うるさい笑い声が耳に入ってきた。
そっちの方に向かったら、確かに狼の絵が描かれた看板があった。
だけどその酒場の扉は、閉まってた。
もし開いてたらなら勢いで入ってた。
でも、ボクは、「場所を間違えたのか?」って思ってしまった。
すぐに「そんな訳ない」って思い直したけど。
一瞬止まったから、気付いた。
ボクは今から、たった一人で。
この扉の向こうに居るかもしれない冷血漢から。
ガーネットからお金をだまし取った男から、お金を取り返すんだってことに。
そしてボクは裏口に回り込んだ。
情報を得よう。それから入り込む機を伺おう。
焦ってもいいことはない。そんなことを考えながら。
でも、ふと自分の手を見た時にわかっちゃった。
小さな手。なまっちろい、傷一つない手。
繊細な、何の苦労もしてない手。
それが、震えてた。ふるふると。
中の様子を確かめる為?
違う。
入る機を伺う為?
違う。
ボクは、怯えてるんだ。
今更になって。
ガーネットに言ったのに。ボクがお前のお金を取り返してやるって言ったのに。
ボクなんかがそんなことできる訳ないって思っちゃってる!
――ダメだ。このままじゃ本当に。
引く道なんか最初から残っていないんだぞ。
そう思ってるのにボクの耳は克明に酒場の中での乱暴な会話を伝えてくる。
ああ、バカ。なんでこんな昼間から酒なんか飲んでるんだよこいつら。
怖いよ。
躊躇している間にも、ボクの耳は勝手に音を拾う。
酒場の二階は宿になっているのか、寝息が聞こえてくる。
だがその音は粘っこくて苦しそうだ。
その寝息が何なのか、という疑問は酒場の中から聞こえてきた声で解けた。
――アダムの奴、あれくらい酒を飲ませただけでぶっ倒れるとはな。
――今の若いもんはなっちゃねぇ。あれじゃ使いもんに……。
そういうことかよ。
誰かが飲まされてぶっ倒れてるってことか……。
って、違うだろ、ボク!
こんなの聞いても、何の役にも立たない。
バカ。もうこいつらの名前まで覚えちゃったぞ。
早く行かなきゃ。
そう思ってるのに、なのに。
見えてないから、こいつらのことがボクの中でどんどん大きくなっていく。
まるで物語に出てくる悪漢のように思えてくる。
――さっさと金返せよ、ニール。
――へへっ、分かってるって。まあ待てっての。
――ばあちゃんに定職に就けって言われてよ、楽はさせてぇけどさあ。
――儲け話はねえのか?
――例の宝石が捌けたら……。
――ボルダー、この金で新しく商売出来るぜ!
――しみったれたこと言いやがって。こいつは今日で使い切るんだよ!
耳に入ってきたその名前がもやもやした気持ちを吹き払った。
ボルダー。さっき牛乳屋の店主から聞いた名前。
ガーネットを騙した奴の名前!
会話の内容からしても間違いない。確かに奴は中にいる!
商売? 使い切るだと!? それはガーネットのお金だろ!!
手を握る。強く、爪が食い込むくらい。指から血の気が引くくらい。
だけど震えは止まらない。
怖い。本当に。
だけど、押し殺せ。
ガーネットの為ならなんでもするんだろ、ボクは!
行くぞ。躊躇なんかしない。
これ以上、うじうじしてらんない!
ボクは裏口の扉に向かって真正面に立ち、思いっきり弾みをつけて、蹴り上げた。




