ノエルは怒っている。
「詐欺って言葉、頭の中の引き出しには入ってたんですよ。なのに気付かなかった! 気付かないから詐欺なんでしょうか? いえ、今思えばルゥくんのお父さんの値段がどんどん変わっていったのは変です! その時にちゃんと考えてたら詐欺は防げたかも。つまり私の失敗ですね!」
そんな。笑顔で。ニコニコと。
いくらガーネットがのんきな子だとしても、流石にわかる。
これは、空元気だ。
あれは自分を傷付ける笑顔だ。
ああ、なんて言おう。
もしこいつが落ち込んでる顔をしてるなら慰められた。
だけどこいつは明らかに無理をしている。
そのことを見透かしたようなことを言うのは――。
ボクが考えてると、ガーネットが手をぱんと打った。
「ノエルさん。ごめんなさい。私のお買い物は済んじゃったので、これからはノエルさんについて行くだけになります。ノエルさんはそれでいいですか?」
「……で、でも、ガーネット」
お前、こうして王都を歩くのをあんなに楽しみにしてたのに。
まだ何も買っていないのに。
いやそもそもあのお金が全部なくなったらこの先困るだろっ!
ボクがガーネットの分のお金を……。
ダメだ。
ボクが当面ガーネットにお金を渡すなんて言ったら、きっとこいつはまた無邪気に自分を卑下して畏まる。
そんなの、ボクには見ていられない。
それに、ガーネットには当分お金を返せるアテはない。
だから、ダメだ。
その選択肢はやっぱり無い。
お金によって、ボクらの関係が、変わってしまう。
でも、じゃあ、どうすれば――。
「ノエルさん?」
我に返ると、ガーネットがボクの顔を心配そうにのぞき込んでた。
そうか。返事をしてなかったな。
だけど、だけどさあ。
どうして、そんな顔してるんだよ。
本当に何も思ってないです、みたいなふりをするんだよ。
ボクは、怒ってるぞ。
もちろんガーネットにじゃない。
ガーネットを騙した……詐欺師の男と、その子供に!
「……ガーネットは、ボクについてくるだけでいいの?」
声のトーンを抑えて聞くと、ガーネットは小さく首を振った。
「いいんです。本当に! 帰ってからもちょっと節約しないとですね。それだけですよ! 大したことはないんです! 私、ノエルさんと一緒に歩いているだけで楽しいです! だから別に、今ここで牛乳が買えなくても……」
最後の方は元気に手を振り上げながら言っていたガーネットだけど、ふいに止まって、口元に笑みを残したまま、手を上げた姿勢のまま、まつげが伏せられた。
そして、一つの言葉が、唇からぽつりと漏れた。
「ぎうにう……」
……許せない。
ガーネットに、こんな思いをさせるなんて。
こんな顔をさせるなんて。
「許っせない!」
ボクは振り向いて、牛乳屋の店主の方にずんずん進んだ。
「え? え? ノエルさん?」
ガーネットの声が離れていく。ちょっと待ってて。ボク、キレちゃってるから!
「店主さん!」
ボクが言うと果物を切っていた牛乳屋の店主が顔を上げた。
「おう、何を頼むか決まったかい?」
「違う。さっきの話のことで聞きたいことがある!」
「さっきの話……って、ああ。ボルダーのことか?」
「そう! そいつが居そうな所とか、知らない!?」
「そう言われてもな」
店主は手の甲であごをこすった。
「昔はあいつも商売人だったが、その縁が切れて長えからな。そっちの嬢ちゃんが騙された所に居なけりゃ、『狼の口』亭にでもいるんじゃねえか」
「『狼の口』亭、酒場か!?」
「ああ。こっから西の方にある目立つ看板の店だ。あいつぁ仕事終わりはいつもそこに居たよ。でも何をするつもり――」
「わかったありがと店主さん、本当にありがと! 恩に着るよ、着ます!」
「お、おう」
「それからこのお金でガーネットに牛乳を」
「牛乳がなんですか?」
「わあ!」
びっくりした。いつの間にかガーネットが後ろに立ってた!
でもちょうどいい。ボクはガーネットの手を取って銀貨を握らせた。
「ノエルさん、これは?」
「立て替えるだけだから。ボクがお金を取り返してくるから! ガーネットはここで牛乳を飲んで待ってて! ね?」
「え? 取り返すって言っても」
「いいな、ガーネット!」
「はい! え、はい! 牛乳飲みます!」
そうだ。それでいい。
ただお前は待ってろ。
辛いことなんか何も考えずに、牛乳を飲んで。
その間にボクが全部終わらせてやるから!




