嘘だろ、ガーネット!?
「あったよ、ガーネット!」
間違いなかった。当たりだ!
簡単な屋台のそばの看板には確かに「ミルク」と書かれていて、店主らしき人が台の上で果物を切っている。
どうして牛乳屋が果物を? って思ったけど、すぐに分かった。
看板を見ると、味付けも出来るらしい。
そういう売り方もあるのか。新鮮だな、知らない街って。
「ガーネット、どうする? 砂糖を入れたり、果物を入れられたりするみたいだけど。ボク、みかん入りが気になるな」
「……あ、えーと。そうですね。牛乳は、牛乳のままがいいですね。果汁は果汁で飲みたいです」
……何か、変だ。
てっきりボクは、ガーネットの事だから、なんなら真っ先に屋台の前に駆けていくものだと思ってた。
だけど、明らかに今のこいつはおかしい。牛乳を前にしてぼーっとしてる。
「値段」
「ん?」
「牛乳の値段って、あそこに書いてあるので合ってますよね」
ガーネットは小首をかしげて看板を見てる。
「値段、なんてどうでもいいだろ。そもそも今のお前ならそんな心配なんて……」
その先の言葉は出なかった。
なんとなく抱いていたガーネットの元気のない様子への違和感。
それが、今のガーネットの言葉で、繋がった。
「ガーネット、まさかお前」
嘘だろ。
ちょっと目を離しただけだぞ。
あんなにお金が入ってたんだぞ。
まさか、まさか。
ガーネットは懐をごそごそして、財布を取り出した。
ああ、まさか、そんな。
ぺったんこだ。
はちきれんばかりだった財布が、ぺったんこになってる。
「えーっと、ですね。今持ってるのは、銅貨がひい、ふう、みい……うん、やっぱり足りないです」
財布に指を突っ込んでいたガーネットは肩を落として言った。
いや、待ってよ。待ってよガーネット!
何がどうしてそうなった!?
「ガーネット、お前その財布どうしたんだよっ!?」
「これはお母さんが昔買ってくれたプレゼントでして」
「違うっ。中に入ってたお金のことだ!」
「ああ、それ」
ガーネットはふっと遠い目をして、言った。
「ないんです、もう。――飲みたかったなぁ、牛乳」
くらっとした。
疑問が次から次へと湧いてきて何から聞けばいいのか分からない。
ダメだ。ガーネットから聞き出す時はちゃんと言葉を選ばないと。
「その、元々財布の中にあったお金は、今どこにあるんだ?」
「ふふふ。落としたりしませんよ。買い物に使ったんです」
「そ、そっか」
良かった。金のネックレスとか、宝石の指輪とかの現物があるならまだいい。
最悪の場合お金に換えられる。
「これです、これ」
ガーネットは一本の瓶を取り出した。
擦り切れた跡のあるガラスの向こう、液体の中に紫の花びらがゆったりと舞っている。
これは……。
え、待って。
――は?
「ガーネッ、ト。これ、は?」
「髪に使う精油です! なんでもルゥくんのお父さん曰くすごくいいものだって。ほとんどの商品は使い方が分からなかったんですけど、これなら使いたいなって」
「待て、待ってくれ。これをあんな大金出して買ったのか!? ルゥくんって誰!?」
「えーっと、その、さっきですね。説明しますね」
ガーネットは考えながら話してくれた。
書店を出てみたら、子どもが立ってたこと。
迷子かと思って声をかけたら、その子の父親が現れたこと。
その場を離れようとした時、父親が商品を並べたこと。
そして……。
「ルゥくんのお父さんったら、私が精油を買おうとしたら何度も値段を言い間違えるんです。おっちょこちょいな人ですよね。結局財布の中のお金でギリギリ足りるくらいだったんですけど」
「そ、それで買っちゃったの!?」
「はい。私も高いなあって思ったんですけど、なんか、お話を聞いてると買わなきゃなあって。ふふふ、今夜使ってみるのが楽しみです!」
……ああ。
どうしよう。
どうやって、何から伝えよう。
間違いない。そいつらは……。
こいつは、ガーネットは、その二人のことをただの親子だと思ってる。
いい買い物をしたと思ってる。
そんなこいつに真実を伝えるのは――。
「お嬢ちゃん、それさあ」
思わぬところから声がした。
振り向くと、牛乳屋の店主が台に手を突いてこちらを向いていた。
……いや待て、ちょっと、何を!?
「詐欺だよ」
止める間もなく。
店主はこともなげに、言った。
「なんっで……」
ボクは、頭を抱えてしまった。
なんで言っちゃうんだよ、店主!
というか聞いてたのかよ!
「……詐欺、ですか?」
振り向くと、ガーネットは何か考えるみたいに右上を見ていた。
それから、手をポンと打った。
「ああ、嘘をついてお金を騙し取ること、ですね。詐欺? えっ」
「間違いないね。子供の名前はルゥだろ? 父親はボルダーって奴だよ。あいつまだ観光客相手にんなことやってたのか……」
呟きの最後はボクらには向けられていない独りごとのようで、店主は果物を切るのに戻っていった。
全部言いっぱなしで!
もう店主はこちらを向いてない。だけどボクは思念を眼に乗せて、思いっきりにらんでやった。
余計なことを……!
「そういう、ことですか」
澄んだ声が聞こえた。
今までと何の調子も変わらない、声。
嫌な予感がする。
変だ。ガーネット。そんな声を出すのは変だ。
ボクは、振り向いてガーネットの顔を見た。
動きがぜんまい仕掛けみたいにぎこちないのが自分でも分かった。
だって、きっとそこには「今は見たくないもの」がある。
でも、ああ、その通りだった。
ガーネットはいつもと同じ、楽し気な表情だった。
そして、挨拶するみたいに、何もなかったみたいに。
「残念です。お金、取られちゃいました!」




