ガーネットがいない!
ガーネットがいない。ガーネットがいない!
完全に油断してた。何をのんきに本を選んでたんだ。今日のガーネットは本に興味を示していなかった。退屈してもおかしくないだろう!
さっさと本を買って探しに、ああもう、後で戻ってくる。火急だ!
ボクは本をカウンターに置いて店を出た。そこまで遠くに行ってはいないはず――。
「……なんだよ~」
「あ、ノエルさん」
居た。居たよ。ちゃんと店の前に立ってた。
「何してるんだよ。外に出るなら言えよ!」
「ごめんなさい。本を選んでないのに店にいると邪魔かなって思って」
風が強い。ガーネットがそよぐ髪を耳にかけ直した。
何故だろう。雰囲気が少し、いつもと違う気がする。
でもそうか。ガーネットはちゃんと考えて行動したんだな。
だからいつもより大人っぽい顔に見えるのかも。
「ま、まあ。とにかく良かった。本を買うからちょっとだけ待ってて」
ボクは踵を返して、カウンターに向かった。
ここに居たのはほんの短い間だったけど、なかなかの収穫があった。
買うことにしたのは二冊。ウエストリアに来る前から愛読していたクロウリー女伯の執筆した探偵ものと、中を確認して良さそうだった恋愛もの。
本当ならもっとたくさん買いたかったけど、ガーネットと一緒に街を歩くんだ。邪魔にならない程度がいい。
改めて店から出ると、ガーネットがにこっと笑った。
「欲しい本は買えましたか?」
「うん!」
懐の中は心地よく、固くて重たい。
いい買い物しちゃった。
と、なると、次はもちろんガーネットの番だよね。
「じゃ、露店街を探しに行くか」
「ろてんがい?」
「ガーネット。ここに来るまで結構歩いたけど、露店は見なかったよな」
「そういえば、そうですね。ふむ」
「王都はそこらに露店を出すことを禁止してるんだ。土地の権利、往来の正常化、様々な理由があってね」
「ふむ!」
「でも代わりに決められた場所だと店を出し放題。そこは観光客が気軽に頼んで、食べられて、飲める露店街って訳」
「ふむふむ!」
「で、きっとそこにあるのがお前もよく知ってる……」
「ふむ?」
ガーネットは目を輝かせた。
「牛乳屋さん!」
「そうだ、牛乳屋をそこで探そう。ついでに適当に何か食べようよ」
「いいですね、いいですね! 牛乳を飲みながら美味しそうな果物を探して――」
そこまで言った時、ガーネットがぴたりと止まった。
顔の前で小さく手を叩いていた姿勢のまま。
微笑んだまま。
だけどそれは一瞬のことで、すぐにガーネットはうっとりとした様子で言った。
「うふふ、楽しみです。買えるといいなあ、牛乳」
「……ガーネット、何かあったの?」
「えー? 別に何もありませんよお」
そこに居たのはいつも通りのガーネットだった。
やっぱり、気のせいかな。
今日のこいつはいつもと違うことをしようとしているし。
目を離したのだってほんの短い時間だし。
きっとまた、ボクの気にしすぎだ。
「すっご……」
「わああ!」
壮観だった。想像以上だ。
今まで歩いてきたところだって、ボクが今まで経験したことがないくらい賑わっていた。
だけど、この露店街はそれよりも更に人が多い。至る所に露店が立っていて、人が並んだり行き交ったりしている。
きっとここは王都に住む人々の生活の基盤でもあるんだ。まさに、人の営みがあるって印象の場所。
人が多い所は得意じゃないけど、さすがに感動するな。
「ガーネット、ほら」
「はい!」
手を出すと、ガーネットが手を重ねた。
人が多いからな。はぐれないようにしないとだめだ。
ってのは、理由の半分で。
認めるよ。ボクもちょっと、浮かれてる!
ガーネットの指は、細くて長くて、柔らかくて、温かい。
そう感じる度に、この子を守らなきゃって気持ちが湧いてくる。
ガーネットは強いよ。何か起こしても、結局は何とかしちゃうんだろう。
でも、やっぱり、ボクとしては不安だ。今はすっごい大金持ってるし。
「いろんなお店があってすごいです。すごいです! あそこで焼いてるのはなんでしょう!」
「あれはヤキトリかな。知ってるか? 王都の近くには海を渡ったロックバードが降り立つ平原があって」
「あっちは野菜が並んでますね! いいなあ。その場で食べたりできないかな。一個丸ごとなまかじり!」
「聞けよ!」
ガーネットはにっこにこしながら歩いてる。
目をキラキラさせて、至る所に視線をやって。
……って、おい。
目立っちゃってるぞ。
こいつは目が合った相手には必ず笑いかける。
たぶん、生まれながらの性質なんだろう。それは間違いなくガーネットの愛おしい所だ。
だけど、目の前を歩く人たちが慌てて目を逸らしたり、逆に立ち止まって顔を残したりするのを見ると、妙に胸がざわつく。その目線の意味を考えてしまう。
ガーネットは普段よりもっと機嫌がいい。その気持ちを抑えつけたくはない。だけど、目立たせすぎたくもない。
そもそも教師からも目立つなって言われてる。
そうだな。
動き回ってるから、より目立つんだ。
早く牛乳屋を見つけないと。
ボクなら出来る。
見つけたいものを見つける手段がある。
聞き流していても耳に入ってくる言葉を元に探せばいい。
それはきっと、今ボクが必要としているものだから。
……さっきは聞きたくないものも聞こえちゃったけど。
ほんの少し。少しだけ注意を払う。
それっぽい言葉に、会話に。
少しだけ……。
――あいよ。すぐに飲むんだぞ。冷えてるうちに……。
キャスケットの中で耳が動くのが分かった。
牛乳だって限らないけど、間違いなく飲み物の話だ。
当たってみる価値はある。
「こっちだ、ガーネット」
「はい!」
とにかく、ガーネットを落ち着かせなきゃ。




