変なノエルさんだね。
すごいなあ。王都。いいなあ、人間。
今までも街で人をいっぱい見てきたけどここは段違い!
匂い、吐息、体温。蚊の好きな全てが盛りだくさん!
本当は一人一人の後ろについて見てみたいよ。
そこで木を彫ってる人は何を作ってるのかな。なんだろ。
あのお店の中、人がいっぱいいて何か飲みながら話してる。聞いてみたいなあ。
きっと、みんな果たすべき目的があって、それを達成するために戦っているんだ。
すごい。だって蚊にそんな考えはないからね。
逃げて果汁をちうちう。逃げて血をちうちう。卵を産む。
戦いなんて蚊の命に存在しませんよー。
だから、ロザリンデさんに人間のことを教わって本当によかった!
私じゃ絶対思いつかなかったもんね。
夢を持って目的を考えて、人間らしく生きる!
女神さま、私、あの時言われたことを忘れていませんよ。
ここで人間を見て、それからノエルさんを見て。
私も目的をもって戦えるようになるんだ!
「おい、あんまりふらふらするなよ」
「ごめんなさい!」
怒られちゃった。
立ち止まってるノエルさんのところにかけてく。
「お前、道覚えるの苦手だろ。迷子になったらどうするんだ」
「誰かに道を聞いたり?」
「はぐれるなって言ってるの! こんな広い街でひとりぼっちになったらどうするんだよ!」
「気を付けますう」
全く、と言って歩き出したノエルさんだけど、またすぐに振り返った。
「いや待て、ごめん。初めての街だもんな。楽しみたいよな、ガーネット」
「はい。気になる物がいっぱいです!」
「わかった。じゃあ、もしだ。もしお前がはぐれたら、ボクの名前を呼べ」
「誰かに聞くんですか? ノエルさんを知りませんかーって」
「……まあ、それでもいいし、一人で言ってもいい。とにかく声を出してくれればいいんだ」
「ノエルさーんって?」
「ああ。そうしたら、ボクがお前を探し出してやる」
「わあ、頼もしいです!」
「あと、そうだな。お前、お金は今いくら持ってるんだ?」
「えーとですね。お財布、見ますか?」
懐からお財布を取り出してノエルさんに向けてぱちっと開けると、ノエルさんも目をばちっと開いた。
「おまっ、馬鹿! しまえ、しまえ!」
「え? はい」
言われた通りに懐にしまってると、ノエルさんが小声で言った。
「なんだよその金。なんでそんなに持ってきたんだよ!」
「ふふふ。これ、お父さまからもらった生活費の一部と、親戚のおじさまから貰った入学祝いなんです! 王都でお買い物するのにいくら必要になるか考えたんですけど、多ければ多いほどいいかなと思ってお財布に入るだけ入れてきました。『大は小を兼ねる』ですよ!」
「だからって……!」
ノエルさんは空を見て、すーはって呼吸した。
「ノエルさん?」
「とにかく。お金があるなら馬車を雇ったりできるだろ。もしも迷って、夜が近づいたりしたらそれでウエストリアまで帰ってくるんだ。いいな?」
「はい、了解です!」
「あと、落とすなよ、そのお金は。それから軽々しく人前で出したりするな。財布の中を見せるな。絶対に駄目だからな!」
「大丈夫です。これ、重みと大きさがあるから落としたりしたらすぐに分かっちゃうんですよ。懐からも取り出しにくいですし」
「はぁ~っ」
ノエルさん、今度は大きなため息をついたよ。
「全く、ガーネットと居ると飽きないよ」
「うふふ。ありがとうございます!」
「褒めてない!」
「すみませんでした……」
「あははっ!」
うつむいたら、意外な音が聞こえた。
笑い声?
ノエルさんが? しかも、私におこって?
ノエルさんはくすくすしてる。
目元がゆるんで、口角が上がった口元に手を当てている。
だけど、すぐ私の目線に気づいたみたい。
「ごめんごめん。こういうの、本当に久しぶりだと思ってさ。最近、ガーネットもしっかりしちゃってたし。懐かしくなっちゃった、あははっ」
ノエルさんはそう言って、目元をこすった。
嬉しいな。そうだ、うれしい!
最近、ノエルさんが笑ってるのあまり見てなかったもん。
ノエルさん、本当に楽しんでるんだ!
「ふふふ。やっぱり王都に来てよかったです!」
「あははは。本当にそうだな。そのお金は絶対に落とすなよ」
すごくいい雰囲気だ。
まだ着いたばっかりだけどもう今日のお出かけは大成功だね!
と、思ってたんだけど。
ふいに、ノエルさんの表情が固まって、後ろを向いた。
え、なんだろ。
「……書店も、すぐそこだ。今はまだ見えないけど、一つ向こうを曲がった所にある」
へええ。ノエルさん、物知り!
「ただ歩いてるだけじゃなかったんですね。本当は道を知ってたんだ!」
「いや……うん。まあ、そんなところ」
「じゃあ、行きましょう、ノエルさん!」
「――馬鹿、ネタバレを店頭で話すなよ。その本まだ読んでない……」
「ノエルさん?」
「あっ、うん、ごめん! い、行こっか」
変なノエルさんだね。




