ガーネットはちゃんとボクを見てる。
馬車から次々と人が降りていく。
目立たないようにするため、少しずつだ。
一番先に来たボクたちは一番最後に降りることになった。
王都アルディアは常に王国の歴史と共にあった。
黎明期には希望の象徴として、動乱期には王城を守る要塞として。
そして目立った戦争や内戦のない『安定期』の今は、王国で一番富める都市である。
……らしい。
正直に言うと、この街には来た事がある、はずだ。
ガーネットに出会う前のもっと前。
かなりおぼろげな記憶だけども、たぶん父さまがボクの耳を医者に見せてくれてた、んだと思う。
だから、今日ここに来ることも、ちょっと冷めてる部分があったかもしれない。
ボクにとってはあまりいい思い出ではない訳だし。
でも、馬車から降りてみると、全然違った。
立体的な建物がひしめき合うように建つ光景。
煩雑としていながら、どこか堂に入る、そんな印象。
これが、王国の歴史と共に発展し、密度を増していった街。
そうか。ボクは今、王都アルディアにいるんだ。
今更ながらドキドキした気持ちが湧いてきた。
物語の舞台として登場する事もある、あのアルディア!
「すごいです、ノエルさん。いっぱいの人、人、人! 見ているだけでも楽しい! でもあの中に身を投じるともっと楽しいと思います! 行きましょう! 人の流れに乗って! 『善は急げ』ですよお!」
「待て、ガーネット」
「あう」
ボクはガーネットの手を掴んで止めた。
ちょっとだけずずっと動いたのはガーネットが逸りすぎなのか、ボクが軽すぎるのか。
「どうしたんですか、ノエルさん?」
「焦るなよ。何も考えずに歩くには、王都は広すぎる。それに」
王都は王城のおひざ元。有名な都市だし、治安だって悪くない。
だけど人が沢山いて古くからある分、それなりに"淀み"も存在する、らしい。
裏社会や、それにまつわる店や売り物などなど。
別に、怖くはない。ボクだってそういうものが世界にあることは承知している。
それに、適当に歩いてるうちに危険な場所にうっかり足を踏み入れるなんて事もないだろう。
だけどそれでも、念には念を入れておいた方がいい。
真っ当な店を探すことを前提に置いて歩けば、変なことになったりはしないはずだ。
特にガーネットは……人を疑わない性格に、大人びた見た目をしてるから。
より一層の注意が必要だし。
なんてことをガーネットに説明する気はない!
「それに?」
「いや……そうだな。ガーネットは、ここで何かしたいことがあるか?」
「したいこと、ですか?」
「別に何でもいい。初めて来る街だし、何か目的を持って歩いた方がいいんだ」
「もくてき!」
なんだ? ガーネットが軽く跳ねた。
思ったより食いついたな。
「そうですよね。目的! こういう何気ない時にも自分が何をしたいか、はっきりさせておかないと!」
ガーネットは顎に指を当てて「んー」と考え始めた。
ゆるやかに彼女の首が傾いでいく。
「牛乳を飲む?」
「……ふふ」
ウエストリアに来てから色々あったけど、彼女はずっと同じ輝きを保ってる。
人が好きで、それと同じくらい牛乳が好きな少女のままだ。
「いいよ、ガーネットはそれで。じゃあ、牛乳屋を探そう」
「いえ、なんだか、それじゃだめな気がします。うーん……?」
ガーネットは眉をひそめていたが、やがて手をぽんと打った。
「そういえば、ノエルさんは目的があるんですか?」
ボク?
あるよ、一応な。
王都に行くって話になってから、ボクの中で膨らみ始めていた気持ち。
「ボクは書店を見たい! 知ってるか? アルディアは本の流通の最初の一滴なんだ。多くの原稿はここに集まり印刷されて商人の手によって王国全土に流れていく。ここが本の本場だ。まだ見たことのない本も、なかなか入手できない稀覯本もあるはずだ! 本好きとしては見過ごせない……!」
ボクは口に手を当てて溢れる言葉を止めた。
まずい、語ってしまった。
ガーネットに普段から口を酸っぱくして落ち着けと言ってるんだ。
なのに一方的に喋っちゃ、彼女への裏切りに近い。
だけどガーネットは気にしてないようで、にこっと笑って言った。
「いいですね。いいですね! ではとりあえずノエルさんの目的を達成しましょう。私もそれについていきます!」
「ちょっと待て。ガーネットは牛乳が飲みたいだろ? 別にボクはお前に合わせても……」
「私、ノエルさんが目的を達成する所が見たいんです! 牛乳は後回しでも構いません!」
……珍しい。
ガーネットが牛乳をさしおいて、ボクに合わせるって言ってくれるなんて。
こいつの牛乳好きは筋金入りだ。
『まずは牛乳屋さんに行きましょう』『とりあえず牛乳ですね』『牛乳を飲んでからにしませんか?』『暑いので牛乳を飲みましょう』『寒いので牛乳を飲みましょう』――いつだってこいつは街を歩く時、牛乳を飲むことを最優先にしていた。
そんなガーネットが、牛乳は後回しと言った。
自分のことよりもボクを選んだ。
「ま、まあ、お前がいいなら、いいんだけどな。じゃあ、書店を探そう」
「はい!」
キャスケットのつばを下げて歩き出すと、軽い足音がボクの後に続く。
その音を聞いていると、思わず口角が上がってしまう。
ガーネットはちゃんとボクを見ている。
やっぱり、王都に来て良かった。




