ノエルとガーネットは馬車に乗る。
本日のウエストリアは雲一かけらなく天気良好。
庭園の先、馬車のたまりにはまだ朝もやが残って涼しい。
絶好のお出かけ日和だ。
「わー、おっきい馬車ですねぇ」
ガーネットは駆けて四頭立ての馬車のひとつに近付いた。
何をするかと思ったら馬の身体を撫でている。
「おい、あんまり触るなよ。蹴られるぞ」
「えー、でも、馬の身体って温かくて好きなんです」
「……まあ、いいけど。王都についてからはあまり目立つことはするなよ。その為に……」
「わかってます!」
ガーネットが身体をくるりと翻すと、マントがふわりと膨らんだ。
「目立たない為にこの格好をしてるんですよね。ふふふ。マントって、初めて着ました。こういうおしのびの時に着るんですね! なんだかすっごく馴染みます!」
彼女はマントを持って、ひらひらと動かし始めた。
「見てください。こうしたらハネが生えてるように見えませんか?」
「くはっ」
か……可愛い。鳥の真似してる。
毎度のことだけど、どうしてこんな風にガーネットは無邪気に振舞えるんだろう。
これじゃどの道目立っちゃうよ。
「ノエルさん?」
「いいから乗れ、早く」
「はあい」
冷静さを取り繕って言うと、ガーネットは大人しく馬車の後ろに引っ込んだ。
ボクもその後に続いて、馬車に乗った。
「王都行き」に特に条件は無い。行きたいならいつでも行ける、そういう類のものだった。
話を聞きに行ったボクが教師から言われたことはただ一つ、「目立たない服装で」というものだけ。
まあ、そうだろう。豪華な馬車から若者たちが絢爛な恰好で降りてきたら絶対に悪目立ちする。
だから、華美じゃない格好で、馬車も一般的なもの。
異論は何もない。ガーネットが目立つのはボクだって避けたい所なんだ。
でも、正直に言って。
物語みたいに大掛かりでドキドキするって気持ちもちょっとある。
馬車の中は座る所が多かった。
なるほど、こうなっているのか、大型馬車は。
ボクが乗るのは少人数用の箱馬車だけだったから新鮮だ。
ガーネットの元まで歩んで、隣に腰を下ろす。
これから何人か乗ってくる。だけどボク達は早く来すぎたようだ。
「残念です。リンベルさん、スイカさんともお出かけできれば良かったのに」
ガーネットはふいにしょんぼりとした。
空の座席を見て思いだしたのかな。
もちろん今回の王都行きではリンベルとスイカにも声を掛けた。
「時間が合わない」って断られたけど、絶対あいつら、余計な気を回したんだ。
残念だよ。四人で街を歩いても楽しかったはずなのに。
でも――。
「でも、ノエルさんと二人で歩くのも楽しみです! ずっとそうでしたもんね、私たち!」
「あっ……う、うん」
二人でいるのが楽しみ。
驚いてしまった。
ボクが思ってた事と一緒。
それを、ガーネットが、言ってくれた。
ガーネットはもう足をぱたぱたしながら馬車の中を眺めている。
相変わらず、切り替えが早い。
不意打ちだったから、ガーネットの言葉を味わいきれなかった。
もう一度言ってくれないかな。
ボクの期待が通じる訳もなく、外から足音がし始めて、やがて馬車が揺れた。
他の奴らが乗り込んで来たんだ。
ボクはわざわざ見ないけど、ガーネットは律義に「おはようございます!」ってにこやかに笑いかけている。
耳に、小さなささやきが満ちていく。
二人の時間は一旦終わり。まあ、仕方ない。
なんていったって王都に着いてからが本番……。
――おい、見ろ。リンウッドとファロンだ。
耳に声が飛び込んできた。
目線を動かさないようにしながら、乗り込んできた二人に集中する。
知らない声だ。
「馬鹿者、聞こえるであろう」
「聞こえる訳がない。ささやき声だし、周りも喋っている。静まり返った部屋ならいざしらず」
聞こえてるよ。
ボクの獣憑きの耳は鋭いんだ。
馬車の入り口の方に座る奴の内緒話くらいははっきり聞こえてしまう。
「しかし可愛らしいなあ、ファロンどのは。男を手玉に取る恐ろしい方という噂もあるが信じられんよ」
「お前こそ言葉に気を使え。まあ同意はするが。あの愛らしい表情を見ろ」
「いやいや、ファロンどのの魅力はあのはつらつとした身体運びに」
ぐっ。
あれこれ下品に品評するようなことを言って。
しかもなんだよ、男を手玉に取るとか。
ガーネットが魅力的なのは分かるよ。だからって、こういう声は聞きたくない。
……だけど。
これくらいなら、面と向かって戦うほどじゃない。
聞こえすぎるこの耳は、ボクの持つ数少ない武器だ。
こいつは隠し持つことでより効果を発揮する。
盗み聞きしているなんてわざわざ知らせる必要はない。
明かすとしても、効果的なタイミングがあるはずだ。
だから、我慢するんだ、ノエル。
それが、ガーネットの為にもなる。
ボクが許せないってだけで焦って行動するな。
「それに比べて、見ろ。隣に座るリンウッドを」
「ああ。忍ぶ格好をしても、漏れ出てしまうものであるな」
不意に、心がざらざらしたもので擦られた。
キャスケットを被っていてよかった。
ボクの耳は今、完全に立ってしまっている。
大丈夫だ。これだって、くだらない。
聞こえてしまう陰口なんて、産まれてからずっと浴びている。
奴らがボクの耳のことを何と言おうと……。
「やはり、公爵子女の格は違うものである」
……。
「ああ。いつ見てもあのリミエールとは違う冷気を感じるな。向こうが寒気の立つ冬の冷たさならば、リンウッドは氷を押し付けられているような圧がある」
「ファロンどのの清純さがまたリンウッドどのの魅力を引き立てているなあ」
「まったくだ。可憐でありながら堂々としてその眼光は鋭く、突き刺すよう。二人並んでいると、それがありありと分かるようだ」
「うん、恐ろしいが、たまに顔を拝みたくなるぞ」
大丈夫。大丈夫だ。
スイカから話は聞いている。
ボクが今、変に評価されてしまっていることは承知の上だ。
でも、身構えてしまった所に、見知らぬ同級生たちの思わぬ言葉は完全に不意打ちだった。
ああ、もう。どうして、こんな努力をしなきゃいけないんだ?
嬉しくなんてないだろ、ノエル。調子に乗るな。
表情を変えるんじゃない。
「ただ、風貌が幼くてな……」
「ああ……表立って好きだと言いづらい、あの小柄さは」
ようし。無表情で乗り切れそうだ。
というかささやき声だろうとそんなこと言いあうな。




