もしかしてスイカって物凄くいい奴なのか。
「ボクは、そうやって言われる権利なんてないんだよ」
思わず、口に出てた。
こぼれてしまった言葉は、とめどなく溢れてしまう。
「ここに来て、リミエールやヴァルナートと話して分かった。あいつらはずっと、公爵家の人間として生きて、自分を磨いてきたんだ」
「……」
「ボクだけだ。自分を憐れんでうじうじ生きてたのは。何もしていなかったのは。ガーネットのおかげで生まれ変わった気がしてきたけど、違う。ボクはガーネットと出会った10歳の頃から一歩も動いていない」
「……」
「……ボクなんか公爵令嬢でもなんでもない。ただ、その家に産まれたってだけだ。ボクには、何もない。才覚も、努力も、自信も。何も――」
鼻がつまってきた。
またかよ。もう、人と話してる時に身体から何かを出したくない。
暗闇に顔を出して、なんとか涙をこらえようとしていたら。
「……えっと、ノエ様、それ本気で言ってるん?」
「ふぇ?」
怪訝そうな声に思わず振り向くと、スイカは小指で頭を掻いていた。
「いや、うん、そうか。本人にはわからんよな。周りがどう思ってるか。みんな、ノエ様を遠巻きに見てる訳やし」
「……そ、れって?」
「ノエ様ってまーまー人気やで? 謎多き孤高の公爵令嬢として」
涙が引っ込んだ。
「何を考えてるのか分からへん。表情も読まれへん。公爵子女らしく振舞わへん。そのミステリアスさが興味を呼んどんよ。ノエ様、自分の顔が妙に見られるって思ったことあらへん?」
……そういえば。
あるぞ。ガーネットから離れて授業を受ける時、前に居る奴らが振り向いて、ボクの方を見る。
そういう時は、"獣憑き"がそんなに珍しいのかと睨んでる。
その度にそいつらは、慌てたように目線を外し……。
……え?
あれって……ボクの耳を見てたわけじゃないのか?
……謎多き、孤高の公爵令嬢?
ボクが?
「何より一番でっかいのは、やっぱ舞踏会やな」
舞踏会?
あの時ボクは、意思表明の為に、特注のドレスを。
「ガー様がデュオを追い払った話は知っとるやろ? あれがみんな印象深かったんよ」
「あっう、うん、それ! し、知ってる。後で聞いたっ」
「?」
完全に自意識過剰だった。
スイカは怪訝そうな顔をしたけど、突っ込まずに続けてくれた。
「デュオを追い払ったガー様が、その後ノエ様と楽しそうに話してた。そら、人は考えてまうで。裏に何かがあるって。ノエ様のことを知らんかった奴も、後で震えたはずや。今まで表に出なかった公爵令嬢が、先制して他の公爵家にダメージを与えた訳やからな。ウチも、リンちゃんと知り合ってこんだけノエ様ガー様と近付いてなかったら、そういう風に思ってたかもしれんよ」
そんなこと、思いもしなかった。
そうか。ボクは、公爵令嬢としてガーネットと付き合ったつもりはない。だけど、周りは。
「つまり、ノエ様はこれ以上なく、公爵令嬢として振舞っとるんよ。決して卑下するようなもんやない。もちろん偶然に助けられとる所もあるやろ。印象でしかないって思ったりするかもしれん。でもそう人に思わせることやって、紛れもない実力なんよ。ガー様がきっかけやとしてもな」
スイカの言葉に、ボクは、違うことを考えていた。
そこも、か。
そんな所でも、ボクは、ガーネットに助けられていた。
気付かないうちに。
じゅわじゅわとしたものが頭の中に広がってきた。
これはボクがガーネットに助けられたと自覚した時に起きる。
美味しいものを食べたり、本を読み終わった時に起こるのと似た現象。
一言で言ってしまうなら、幸せな、気持ち。
それが、途中で止まった。
最近ガーネットのことを考えると、落ちる影。
……デュオ・ヴァルナート。
「おっえ」
「え、あかん!」
バルコニーから乗り出したボクに熱いものが当たった。
石を包んだカイロみたいに暖かいものが背中を撫でまわした。
「ごめんな、デュオのこと話したから意識させてもーたな」
「だ、大丈夫、さっき話した時も吐いてなかったろっ」
「無理せんとき。まずは落ち着かんと」
ああ、なんだよ、こいつの手、気持ちいいな。
撫でられた所が温かくて、血のめぐりが良くなるみたいで。
結局、ボクの吐き気はすぐに落ち着いた。
スイカはボクを気遣って色々言ってくれている。
けど、話は流れて、なんでボクの気が変わったのかの話は、無かったことになった。
どうでもいいようなことを話して、すぐにボクたちは部屋に戻って、寝ることにした。
ガーネットのベッドはガーネットとリンベルが寝てたから、自然とスイカはボクのベッドに寝転んだ。
目の前ですうすう寝息を立てるスイカに、少しだけ変な感じがした。
すぐに、慣れたけど。
でも、そうなったらそうなったで、もやもやした気持ちが湧いてきて、眠れなかった。
なんでボクは、ガーネットとデュオについての話の時、『何もないよ』なんて嘘を吐いたんだ。
デュオと話した。
あいつのことをいい奴だと思った。
だからボクは、ガーネットとデュオの邪魔をしちゃいけない。
そう決めたんだ。
そう、言えばいいだけなのに。




