お泊り会は閉じていく。
ガーネットが寝てしまってからも、しばらくお泊まり会は続いた。
リンベルはガーネットが子どもみたいに即寝したことに、落胆すればいいやら感動すればいいやら分からないみたいだった。
けどボクは、寝る準備まで済ませたガーネットが深い時間まで起きてたことを褒めてやりたい。
よっぽど楽しかったんだろうな、4人で居るのが。
ボクはそれからリンベル、スイカとしばらく話した。
ガーネットのことも沢山話したし、学園について知らなかったことも、今日で沢山知った。
だけどやっぱり、この会の中心に居たのは、ガーネットだった訳で。
次第に落ち着いてきた空気の中、ボクは口実を付けてバルコニーに出ていた。
そろそろ、春が終わる。だけど、ウエストリアの夜は寒い。
山に近いからかな。ボクの家とは、全く違う空気が流れている。
バルコニーの塀の外は、ほとんど何も見えやしない。
暗い。さみしいくらいに。
キイイ、と音がした。
「リンちゃん、寝てもうたわー! しかもガー様の隣! 後で顔見てみー、めっちゃ幸せそーやから」
スイカは塀に手をかけた。
「こっから何か見えるん?」
「……別に」
「そうかー」
スイカは身を翻して、背中で乗り出した。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫、わかってます……月、見えへんね」
そして、沈黙。
そういえば、ボク、こいつと二人っきりで話したことがない。
赤い毛が、部屋から漏れる明かりでいつもより深い色をしてる。
こいつが今、どう思っているのか分からない。顔や姿勢の角度を変えながら、空を見上げ続けている。
なんとなく、気まずい空気。
それを割ったのも、スイカだった。
「ガー様ってほんまに不思議やね。さっきも言ったかもしれんけど。ほわほわしてるようで色々隠しとる」
「……そうだな」
「身体も華奢に見えるけど全然ちゃう。押しても動かへん。なんていうか芯がある感じや」
「だな」
ボクも、ガーネットの身体の強さについては心当たりがある。
ガーネットと初めて一緒にボクの家の庭に出た時のことだ。
あの子は庭を見ると、『ちょっとだけいいですか?』って言って、走り始めた。
庭の端から端までの往復を、ずっと。本当に、ずっとだ。
あの子を目で追うボクの首の方が先に音を上げたくらい。
結局ボクが止まれって言うまで止まらなかった。
やっと動くのをやめたあいつは、息を切らして汗だくになっていたけど。
それでも、いつもと変わらない感じで『お散歩しませんか?』って言ったんだ。
あの時握ったガーネットの手、熱かったなあ。
振り向く顔がいつもより赤くて、ボクはそれを見て――。
待て。
「なんでそんなこと分かるんだ?」
「あ、やば」
「さっき髪だけじゃなくて身体も触ってたのかお前っ!」
「えっへー、ただの不可抗力です。そんな怒らんといてー」
スイカはにひっと笑った。
……こいつはこいつで、全部許したくなる笑顔を持っている。
ガーネットと違うのは、こいつはそれを狙って出してるだろうってことだ。
それが分かってなお、許してしまう。
きっと、ボクとは生きてきた厚みが違うんだろうな。
「ま、ノエ様じゃなくても、誰だって思うで。ほんまは色々持ってるけど、隙しかないみたいな人。そら、幸せになってほしいやろ。誰にも利用されず、騙されず」
「……そうだな」
「じゃあ、なんであんなこと言ったん?」
「え?」
「どんな事をしてもいい。誰に会ってもいい。それって、この前の話やろ」
スイカは、ボクを見てた。
その目は、いつもの力の抜けたものじゃなかった。
「吐くほどガー様を心配しとったのに、全く真逆の結論や。なんか、あったんか」
「何もないよ」
それは、ボクが考える前から口から出てきてしまった。
あるよ。とんでもないことがあった。
だけど、言いたくなかった。
何故か。
スイカは、何も言わなかった。
それから、しばらく沈黙が続いた。
ボクも何も言わないし、スイカも何も言わない。
冷たい風が吹いても、構うことなく。
「へぶちっ」
くしゃみが出ちゃった。
やっぱり、冷える。
苦手だな、ウエストリア。
「ノエ様寒い? ちょい待ちぃ」
スイカはそう言って自分の顔の前で手をぐっと握った。
「……何してるんだ?」
「大丈夫、もうちょいで終わるから」
スイカは手をぷるぷるとさせている。
彼女の意図がわからず、何を言うか考えていると、相手から切り出してきた。
「ノエ様。ウチに近づいて。あ、でも触らんで?」
「……触るかよ」
ボクは言われた通りスイカに近付いた。
「……なんだ?」
一定の距離を超えた時に、空気が変わった。
そこは、寒い空気とは違って、まるで風呂場みたいに、暖かい。
「スイカ、これ」
「これがウチの固有魔法です。物とか空気をあっためることが出来るねん。今日はお泊まり会やから大奮発してスイカちゃんストーブモードや」
「な……」
「すごいやろー。北方に居た頃はこの固有魔法がめちゃくちゃ役に立ったんよ。みんな大盛り上がりで、"北の聖女"ーなんて言われたりして」
「……本当だ。これは、すごいよ、スイカ」
北には行ったことがないけど、年中雪が降る過酷な場所だってことは知っている。
その環境で温める固有魔法なんか持ってたら、そりゃ聖女扱いだって受けるはずだ。
でも、スイカはボクの賞賛する言葉にはにかんだ。
「ま、その分ウチが出てくる時はちょっと揉めてもうたけど」
「揉めた?」
「そりゃもう、居るだけで身も心もぽかぽかにしてくれるスイカちゃんがおらんくなる訳やからな。おとんとおかんには迷惑かけたで、ほんま」
「……そっか」
「なんや、興味あらへんの? ウチならこんな事言われたら根掘り葉掘り聞いとるで」
「なくはないけど、揉めた話だろ。わざわざ聞いたりしないって」
「話してもええから切り出しとるんやで?」
「う」
確かに、今の流れだと話を聞く方が自然だ。
余計な気を回してしまった。
横目で見ると、スイカはニヤニヤとボクの顔を見てる。
「ノエ様、ねー、気ぃ使ってくれたん?」
「あ、あついな、スイカ。ボク、熱さで顔赤くなってきたかも」
「えーねんえーねん。ウチ、ノエ様のそういう所がすっきや。かわいくてしゃーないで!」
「やめろっ。皮肉言うの」
「本気やで、ウチは」
「え?」
ボクは思わずスイカを見た。
彼女の顔は穏やかで、ふざけた色は見当たらなかった。
「北にいる時は、お偉いさんの子供なんかみーんな鼻持ちならん奴ばっかやと思っとったわ」
「……」
「でも、ノエ様は違う。ええ人やし、不器用やけど真っ直ぐや。ウチ、ノエ様のこと、めーっちゃすき!」
ああ、まぶしいな、こいつも。
こいつだけじゃない。
リンベルも、クラスでボクに話しかけてくれる奴らも。
……それから。
デュオも。
ボクとは全く違う。
ボクは……。
「ボクは、そうやって言われる権利なんてないんだよ」




