ガーネットは戦うことにする。
「あなたに必要なのは、戦いです」
戦うの?
私が?
「どうかしましたの?」
「いえ、私。戦うのは、ちょっと苦手で」
「……何も、剣を持って決闘しろと言っている訳ではありません」
ああ、比喩表現! なら問題はなし!
手を打つ私の前で、ロザリンデさんも手をテーブルにどんとついた。
「戦いとはつまり、乗り越えるということ。与えられた環境に甘えず、自ら叶えたい夢を見つけて不断の意思で突き詰めること。そうすれば、必要なものと不要なものが見えてきます!」
「ふむふむ、見えてきます!」
「夢とはつまり、困難の先にあるもの! それを見定めることがあなたにとって必要なのですわ! 社交界で名を上げたい。どこかの研究院に進みたい。画期的な発明をしたい。なんだって構いません! 夢を見つけて、困難と戦うことで人の心は磨かれる!」
「磨かれる!」
「夢に向かって生きる道筋こそが、人生! 何も考えずに生きて死ぬならそれはただの獣と同じ! でもあなたは人間です。人間であるならば、目的意識を持って生きなければいけないのです!」
「いけないんです!」
「ちょっとあなた、真面目に聞いているの」
「ロザリンデさんっ!!」
私は思わずロザリンデさんに駆け寄ってた。
そうか。そういうことだったんだ!
私がずっと、持ってた違和感。それのこたえ!
「えっ!? ち、ちょっと」
「あの! 私、ずっと悩んでて! なんで私って、こんなに生きるのが苦手なんだろう。勉強が苦手なんだろう。どうして他の人らしくないんだろうって! でも、ロザリンデさんのおかげで分かりました! 私には戦ってでも叶えたい夢が無かったんですね!」
「あ、あの、落ち着いて」
「やっとだ。やっと分かった! もう、誰か教えてくれればよかったのに! ああでも、そうなんですよね。きっとみんな、言われずとも分かってることなんですよね! だってみんな人間なんだから! 私、ただ生きてるだけでした。今まで! でもまだ遅くないですよね。今から人間になれますよね!」
「いいから、離しなさいなっ!」
ロザリンデさんに言われて気付いた。
私、ロザリンデさんの手を握ってる!
あったかい! 目の前にいるロザリンデさん、いい匂い。いい吐息。
じゃなくて。
ロザリンデさん、困ってる。そんな感じの目をしてる。
ロザリンデさんの柔らかい手が、私の手の中でもぞもぞ動いてる。
「ごめんなさい、私、興奮しすぎちゃって」
私は手を離した。うう、名残惜しいね。
「と、とにかく落ち着いて。座ってくださいまし」
「はい!」
私は席に戻った。
ロザリンデさんは手をすりすり撫でている。
けど、なんだろう。自信ないけど。
さっきまでよりずっと、優しそうな顔になってる。そんな気がした。
「ま、まあ? とにかく、私の言いたいことが伝わったようで、良かったです」
「はい、私も。私も! 本当にロザリンデさんのお話が聞けて良かったです!」
「……あー、えっと、そ、そうですわ。あなたもクッキーをどうぞ」
「いいんですか? 結構気になってたんですよね、クッキー!」
「ええ。私が摘んできた材料で作ったものでして。お口に合えばいいのですが」
「わああ。いただきます!」
ううう。優しいなあロザリンデさん。
人間の秘訣を教えてくれただけじゃなくてお手製のクッキーまで。
ではでは、この緑色のクッキーを。緑茶味かな?
思い切ってぱくり。
「あぇ」
口の中に広がる、味。つーんとした匂い。
「……ガーネット、さん?」
う。うう。ううう。
匂いが、混じってて、わからなかった。
もっとよく嗅いでから取ればよかった。
緑色のを取らなきゃよかった。
ミントだ。
これ、ミント! すーってする奴だ!
苦手なんだ、これ!
蚊の時も、これが生えてるところは避けて飛んでたくらい!
「ガーネットさん、どうかしましたの?」
「い、いえ。なんでも、ないです。うふふ。あぇ。これ、すーっとしますね。うふふ」
「……もしかしてあなた、ミントが苦手ですの?」
そうです。そうなんです。ごめんなさい、ロザリンデさん。せっかく頂いたのに。
口が勝手に逃げようとする。ダメだよ。ロザリンデさんのクッキーなんだよ。食べて、私!
私が口の中のひとかけらを頑張って噛んでいると、ロザリンデさんが言った。
「……驚きましたわ。てっきり、あなたみたいな娘には、嫌いな食べ物なんて一つもないものかと」
「そう見えますか? うふふ。あぇ」
「ご無理はなさらず。残しても構いませんわ」
えー。お言葉に甘えて残しちゃおうか。
って、いつもなら思ってたかも。
でも、今日の私は違う。だって、ロザリンデさんにいただいたクッキーだもん。
全部おいしく食べるんだ。
クッキーを両手で支えて、半分くらい口の中に入れて、ぱくり。
……か、噛めない。
口の中にすーっとが広がっちゃうよ。
まずい。クッキーをこうやってちうちうしてたら変に思われるかな。
ちらっとロザリンデさんを見たら。
テーブルに肘をついて、私を見てる。
「本当に、残していいんですわよ?」
「ら、らいじょうぶれす。あぇ。らべます。あぇ」
上手く喋れない。頑張れ、私。
きっと、これも戦いなんだ。
結局私はそれからながーい時間をかけて、ミントのクッキーをよく噛んで食べた。
そして、ロザリンデさんに「ごちそうさまでした」ってお礼を言ったんだ。
ロザリンデさんは、「無理しなくてもよかったのに」って。
でも、気のせいかな。
お礼を言った時のロザリンデさん。
今までで一番、優しそうな顔をしてた。
ような? よくわかりません。




