ガーネットはロザリンデの部屋に行く。
ふふふ。今日はなんと。
ロザリンデさんのお部屋にお呼ばれしています!
もう! あちこちいい匂いで落ち着かないよ。
ベッドサイドにお花。机にもお花。壁には干したお花。なんで干してるんだろう? でもいい匂いがするね。
まるで草むらにいるみたいだよー。それにそれに、ロザリンデさんからもいい匂いがするし。
私が今も蚊だったら絶対ちうちうしてるね。ほらほらうなじが無防備だ。
ロザリンデさんは私の授業ノートを見るのに集中してる。ふふふ、完璧に授業を写してるからね。褒めてくれるかな。
「酷いですわね、これ」
「え!」
「だって、例えばこの記述は何ですの。『測量をする際に器具が無い場合はこのように紐を使って、雨か。窓を閉めてくれ』……これ、授業に関係ない所まで写していますわ」
「でも、授業で先生が言ったことですよ」
「これくらい不要だって、わかりなさいな。全く信じられません」
と、言われましても。何が必要かなんてわかんないや。
「……ピンと来てない顔ですわね」
ロザリンデさんは、顎に手を当てて考えこんじゃった。
「……あなた、自分が将来、何かしたいことはありますの?」
「ありますけど……」
そんなの決まってる。
私が蚊の時に、できなかったこと。
けど、これってあまり言っちゃいけないことらしいんだよ。
「あるのでしたら、遠慮なく。これでも、口は堅いつもりですわ。それに私、大抵のことでは驚きませんの」
じゃあ大丈夫かな!
「私は、子どもを産んで、育てたいんです!」
私が言うと、ロザリンデさんはいつもよりかっと目を開いた。
「……そうですの。そういう所は、思ったより大人びてますのね」
そう言って、ロザリンデさんは立ち上がった。
戻ってきたロザリンデさんの手には、なんだろう? 銀色の、大きな卵みたいなやつがあった。
それを、私たちの前のテーブルに置いて、その卵の頭を持ち上げた。
なんと、これは容器のフタだった! 中にはクッキーがいくつも入ってる。
ロザリンデさんはクッキーをつまんだ。
しばらく、ロザリンデさんはそうして、口に手を当てながらクッキーをぽりぽり食べ続けた。
気になる。食べながら私のこと、ずっと見てるよ。
笑い返しても、表情は変わらない。もしかして怒ってますか?
ロザリンデさんの喉が、ごくんと動いた。
「ちなみに、どんな相手と結婚したい、という希望はありまして?」
「え? 特には」
だって私は、結婚がしたい訳じゃない。
卵……じゃない。子どもが欲しいだけなんだ。
それは、前世で、叶えたくて、叶えたくて、叶わなかったことだから。
「……今、はっきりと分かりました。あなたには、重要なものが欠けていますの」
「重要な、ものですか?」
「それは、人が人であるために必要なもの。獣と人を分かつもの。それがあなたには、薄い」
人が人であるために必要なもの!
「私の見立てでは、このまま何もしなくてもあなたは毎日楽しく普通に生きて、家族を作れますわ」
「え!」
「当たり前ですの。だってあなたは、貴族。選ばなければ、結婚相手は向こうから歩いてきます。きっとあなたは、苦労することなくそれを叶えますわ。毎日、楽しく生きて。歳を重ねて」
「わああ!」
さっきからロザリンデさん、嬉しいことばっかり言ってくれてる!
そっか、私、何もしなくても子どもが出来ちゃうんだ!
「でも、そのあなたの望みとウエストリアに関わりはありますの?」
「へ?」
ロザリンデさんはノートを開いて、言った。
一枚、一枚、めくりながら。
「あなたの望みは、学園で学ぶということと繋がっていません。だからあなたは、教師の呟きですら、こうして写してしまう。何が必要で、不要か。それを捉えていれば、このようなノートは取りません。捉えられないのは、あなたが授業で何かを得たいと思っていないからです。得たいと思っていないのは、欠けているからです。このウエストリアで果たしたいことが、無いからです」
「ウエストリアで、果たしたいこと」
「もう分かるはずですわ」
ロザリンデさんはノートを閉じて言った。
「あなたは、この学園に居なくても構わない」
ロザリンデさんの声は私のふやふやした声と違う。
その声に乗せられる言葉は、すっごく、わかりやすい。
言われてみれば、そうだよ。
私はただ、ウエストリアで、ノエルさんと、楽しく過ごせたらいいなって思ってただけ。
そうか、だから私は辛いのか。
私、ここに居なくてもいいんだ。
「でも、まだ間に合います」
話が変わってきたぞ。
「あなたに欠けているものがあるなら、今から変わればいいのですわ。改善すればいいのですわ。学び舎というのはそれが許される場所なのです」
そうだった。まだボウフラだもんね、私!
希望が湧いてきたかも!
私はテーブルに身を乗り出した。
「あの、私、変わりたいです。ここに居たいです! ロザリンデさんに言われたこと、考えます。自分を改善したいと思います。ウエストリアに居続けるために!」
「いいえ。あなたには、そもそも足りないものがあります。それが無いといつまでもあなたは今のままですわね」
「え!」
希望がなくなったよ。
私に足りないもの? 思い当たる節しかないよー。
「そんな困った顔をしないでくださいまし。この際、丸ごと指南して差し上げますわ」
「えー、いいんですか」
「ええ。私も、腹を決めました。あなたを支え、強くしていく、と。不本意ですが、それが私のすべきことです」
わあ、優しい! 支えてくれるんだって。
不本意でも嬉しいなあ。なんで不本意なんだろ。
私が感動していると、ロザリンデさんは咳ばらいをひとつして、言った。
「あなたに必要なのは、戦いです」
え?




