なんだぁ?
「それで? リンウッドが何の用だ」
デュオは壁に背をもたせて、腕組みをしながら言った。でもその顔は"練兵"をしてる男たちの方を向いている。
わざわざ、ボクと話す為に離れた所まで来たのに。
傲岸不遜。自分を中心に世界を回すタイプ。
今のこいつは、ボクがここに来るまでに抱いていたイメージと同じだ。
人を文字通り見下した態度に、凄く腹が立つ。
だけど、何か、違和感がある。
「別に、ただ挨拶をしに来ただけだ」
「ただの挨拶っつうんならもっと早いタイミングで来んだろ。こそこそ隠れる必要もねぇ。何か必要が出来たからここに来た。違うか?」
……ボクの、バカ。リミエールと話した時もそうだったじゃないか。
何も考えずに言葉を使うと、その隙に付け入られる。
「……そんなことより、あれは一体、なんなんだ?」
「ん?あれってなんだ」
よし。話が逸れた。
「腕立て伏せだ。何故あんなことを奴らにさせている?」
「ああ。あいつらはな、クズだから、あーさせてんだ」
「なっ…」
こいつ、やっぱり――。
「自分の家柄がいいからって鼻にかけて生きてた奴。家柄が悪いからって、奪うのが当然だと思ってる奴。勝ち上がりたい気持ちが強すぎて、性格がひん曲がっちまった奴。あいつらはそういうクズなんだよ。腐って周りを委縮させ、同じような腐った実を生らせる奴らだ。そんな奴ぁ俺の領地に居ちゃいけねぇ。俺の領地に居るべきなのは、いい奴で、マナーがなってて、自己研鑽を怠らず、存在するだけで周りをピシッとさせる。そういう奴だ」
――。
「俺は入学までに領内で悪さをしている奴らをのして、仕上げとしてここに入学させた。俺が三年間ここに住む間に羽を伸ばされちゃあ困るしな。ここで、俺という模範的存在を見て、俺に従い、俺みたいな健全な身体に俺みたいな健全な精神を宿して、見違えるほど成長してから、俺の領地に帰ってもらう」
……。
「そして各地に散った模範的存在は、また俺みたいな模範的存在を増やしていく。そうやって統治の根を広げていくのがヴァルナート家嫡男の責務って奴なのさ。ま、奴らが公爵子女を気安く呼び捨てにしたりするのも今だけだ」
……。
嘘か?
「そんでもって、俺はお前がここに来た原因は奴らにあると推測する」
デュオは顎をしゃくった。
「あいつらのうちの誰かが、迷惑でもかけたか」
「いや、そんな訳じゃ――」
「じゃあ、なんでお前はここに来たんだ?」
ボクの言葉に被せるみたいに、デュオが言った。
……ああ、ボクは本当に、バカなのか。話が、戻ったじゃないか。
なんでここに来たのか。そんなの決まってる。ガーネットの為だ。
だけど、そんなことを、ここでこいつに言って話をこじれさせる訳にも……。
――違う。
ボクにはもう分からない。
最初は、ただの嫌な奴だと思っていた。
事実、嫌な奴だ。こいつのわざと自分の優位を示すような言葉遣いは、いちいち心をざわつかせてくれる。
だけど、こいつの行動は……言葉の「中身」は、そう、悪くは聞こえない。
ボクを誰かの妹と間違えたことも頭にくる。
でも、考えてみれば、妹と勘違いした上での言動は。
強引だったけど、あれは、たぶん……。
優しさ、だったと思う。
こいつが男どもに腕立てをさせている理由も、説明されれば、納得できなくもない。
規範に従わせる――そしてデュオは、自らそれを示した。
丁寧に、頭を下げて。
それでも、ボクの中の何かが警鐘を鳴らしている。
きっと、敵を易々と、信じるなってことだ。
今のボクには、こいつの言葉を信じそうになっている事すら疑わしく感じられる。
ボクには、何も、分からない。
経験も、知識も、頭の回転も、こいつらと比べたら圧倒的に足りてない。
でも、違う!
それは全部、"関係ないこと"でしかないじゃないか!
まだボクは、何も知れてはいないんだ。
重要なのはただ一つ!
ガーネットと、こいつのことについてなんだ!
だから、隠すべきじゃない。
むしろ――聞くべきなんだ。見るべきなんだ。
踏み込んで、そして、知るべきなんだ!
ボクは、深呼吸をした。
一度しぼんだ気持ちが、再び張り詰めていく。
目を閉じて、開いた時、もう覚悟は決まっていた。
目の前にいるデュオの様子を、絶対に見逃さない。どんなに小さな感情のサインでも気付いて見せる。
ガーネットのためなら、ボクにはそれができるんだ。
決してうわずらないように、ゆっくりと、だけど確実に、切り出す。
「ガーネット・ファロンを、知ってるか?」
この言葉に、こいつはどんな反応をする?
知らないふりをするか? それとも、取り繕ったような顔をするか。
目線をどう動かす? 手はどんな風に動かす? どんなしるしでも――。
「あっ、お。おあっ、知っ、え? いやっ、そういう、うん、あっ、そう?」
なんだぁ?




