ガーネット、公爵邸にお呼ばれする。
数週間が立ったけど、結局あれからあの女の子には会えてない。
うーん。本当に壊しちゃったのかな。
落ち着いたらちゃんとお話出来るかなって思ってたんだけどな。
なんて思ってると私の指に軽く痛みが走った。
針が指先に食い込んでる。
抜くと、小さな血の玉が出来た。
私はそれを……。
端切れで拭き取った。
今は人間だから血も飲み放題! って思った時もあったんだよなあ。
けど、なんか違うんだよね。自分の体液を舐めるのって。
それより、ぬう方に集中しなきゃ。
お母さんが教えてくれている、ぬいもの。
これも私の好きなもの上位のひとつだよ。
今作ってるのは、お勉強の教科書を入れる布の袋。まあ、別に出来るものはなんでもいいんだけど。
針をずぶずぶ入れる感じが昔を思い出すんだよね。
針をずぶ。糸を引っ張る。ずぶ。引っ張る。
ずぶ。引っ張る。ずぶ。引っ張る。ずぶ。引っ張る。
うーん。いい暇つぶしだなあ。
少しずつ眠気が近づいてきてるのを感じるよ。
なんてことを思ってたら、部屋のドアがこんこんと鳴った。
「ガーネットー?」
「はい!」
やった、お母さんだ! 私は生地と針をそばのテーブルに置いてドアに急いだ。
木のドアを開けると、お母さんが私を見てニコッと笑った。
うーん、いい。私、お母さんが大好きなんだ。
「ガーネット、どう? 眠たい?」
お母さんは私の頭を撫でてくれた。
あたたかい! お母さんの手の平の温度ってすっごく落ち着くんだよね。
「いいえ、まだ眠たくないです。どうかしましたか?」
「んー、ちょっとね。ちょっと、これを見て欲しいのだけれど」
そう言ってお母さんは私に便箋を渡した。なんだろう。
「あの、ガーネット。驚かないでね。これは、リンウッド家からの招待状です」
「リンウッド?」
「この国の、公爵です」
公爵? それって凄く偉い人じゃなかったっけ。
「マシューったら、可哀想に。この便箋を読んでからトイレから出てきません」
「お父さま、お腹が痛いんですか?」
「痛くもなるわ。一般貴族の私たちに公爵がわざわざこんな豪華な招待状を出すなんてこと、普通、あり得ないもの」
そういうものなんですね!
女神さまの引き出しは、前の世界のことならなんでも知ってる。だけど、こちらの世界のことは知らない。一般貴族とか、公爵とか。
だから一つずつ覚える必要がある。めんどうだ!
「だけどね、もう一つ、変わったことがあるの」
「変わったことですか?」
「ご息女も是非、招待したい、ですって」
ご息女。って、私?
「はい、分かりました。つまり、お出かけですね。楽しみです!」
「んむっ」
お母さんはびっくりしたみたいな顔をした。
人の驚く顔って分かりやすいね。なんで驚いたかは分からないけど。
「どうかされましたか?」
「いいえ、理解が早くていいわ。そうと決まれば服も選ばなきゃ。あなたの黒髪に合わせて、上品に。白、赤、臙脂…いいわ、実際に合わせながら考えましょ。それから、返答の練習もしないとね。やる事は多いわ。しばらく詰め込みでお勉強ね」
うわあ。ちょっと嫌かもです。
だけど、お母さんが言うなら仕方ない。
それから私は、お母さんに色々着せ替えられる日々を過ごした。
服を着たり、脱いだり。
何の意味があるのか、私には今ひとつ分からなかった。
だけど、新しい服を着る度に微笑むお母さんの顔を見るのは、好きかも。
私はどうしてここにいるんだろ?
リンウッド公の邸宅。応接間で紅茶を飲んでます。
目の前にはミルクの入ったポットがある。
本当は牛乳をたっぷり入れたい。
だけど、隣にお父さまがいるから我慢してるよ。
お父さまといえば、さっきから紅茶のコップを手にもって歯をカチカチ鳴らしてる。
「ガ、ガーネットはいいね。緊張しないのかい?」
「緊張、ですか?」
「公爵の家にお呼ばれしてるんだよっ、たかが一般貴族の私たちがっ!」
「そうですね。どんなお話が聞けるのでしょうか? 楽しみですね!」
お父さまはうつむいてしまった。
「ガーネット、僕は君みたいになりたいよ」
蚊に、ですか? やめときましょうよ。
「すまない、遅くなった」
声が聞こえ、スプーンで紅茶をかき混ぜていたお父さまが跳ねるように立ち上がった。
「こここ、公爵! 本日はお日柄もよく、お忙しいところをお招きいただき、誠に――」
「堅苦しいのはいい。楽にして、座ってくれ」
その人は私達の前の椅子に座った。きっと、この人が公爵さんだ。
すごい。お父さまと全然違うタイプ。大柄で、とっても強そうな人。
「君がファロン家のご息女だね。私がリンウッドだ。よろしく頼む」
「ガーネット・ファロンです。お目にかかれて光栄です」
「うん、いい落ち着きだ。マシューくんは恵まれたな」
「え、ええ、私には過ぎた娘でしてっ」
「教育も良かったのだろう。私も学ぶ所が大いにありそうだ」
「そんな恐れ多ひっ」
お父さま、お汗が凄いです。
「さて、早速だが、ここからは大人の話し合いだ。申し訳ないが、ご息女にはしばらく席を外してもらいたい」
「おお、大人の話し合いっ……!?」
お父さまが息を呑んだ。えー、何を話すんだろ。気になります。
だけど、今こそお母さんに教わったマナーの使い時。
私は、立ち上がり、ドレスの端を手でつまんで足を軽く曲げた。
「では、失礼いたします、リンウッド公爵」
「しばらく私の娘の部屋に居るといい。歳も君と同じくらいだ。仲良くしてくれると嬉しい」
「はい、わかりました」
えー。娘さんですか。本当に仲良くなれたらいいな。
「こちらです、ガーネット様」
退室した私は、メイドさんに先導されて、広い広い家を歩いた。
廊下には、鎧とか、剣とか、色んなものが飾られている。
花が活けられた壺。ボウフラたち、居ないかな。覗き込んで中を確かめる。
「ガーネット様、こちらです」
急かされちゃった。私は急いで、メイドさんの方へ、彼女が開けた扉に入った。
「失礼します」
すぐに頭を下げて、ドレスの端を手でつまむ。
「お目にかかれて光栄です。私、ガーネット・ファロンと申します」
「知ってる」
あ、聞き覚えのある声。
顔を上げると、そこには。
銀髪。不機嫌そうな顔。
数週間前に出会った、彼女が居た。




