信じられません。まさか、そんなことが。
星空の観察者、行動開始。
鳥たちに仕掛けた魔法陣を一斉起動。
数百の視覚と聴覚が同期され、ウエストリアのあちこちで起きている出来事の情報ががなだれ込んでくる――。
なんてことが出来ればいいのですが、残念ながらそんな力は私にはありません。
私に出来るのは、スイカさんについていって、一緒に色んな人とお話をすることだけ。
スイカさんの人脈は広い。まだ、入学して二ヶ月も経っていないというのに至る所にお知り合いがいる。
「おしゃべりとは波長が合うんよ」というのはスイカさんの談です。
スイカさんに付いていき、スイカさんがお相手と喋り、スイカさんが切り込んでいく。
星空の観察者の活動は、ほとんどスイカさん頼り。
正直に言って、引け目がすごいです。
本当は、ノエル様とガーネット様の為に働くという目標を立てた私が一番働かないといけないのに。
この不均衡についてスイカさんとお話したこともありますが、スイカさんは「えーよえーよ」と言うばかり。
ですが、そうはいきません。
今はただ、スイカさんの背中についていくだけですが、私はもう心に決めています。
いつか必ず、この恩を返します。例えスイカさんが、忘れたとしても。
私、リンベル・アストレーは、記憶力だけはいいんです。
さて、私たちは毎日放課後の時間を使って、今までに知り合った人たちとお話をしています。
と言ってもそのほとんどは雑談。天気の話とか、人間関係の悩みの話とか、近づいてきたテストの話などなど。
今の私たちにとっては重要ではなさそうなことばかり。テストの話は助かりますが。
とりとめのない雑談の中でも、デュオ・ヴァルナートの話は漏れ聞こえてきます。
遁走貴公子。ダンス中に女性を置き去りにした彼に裏で付けられた仇名。
その仇名が付くきっかけとなった出来事についても、何度も話題に上がりました。
あの女性は誰だろう?見た目で分かる、高貴な家柄の人だ。秘密多きリンウッドの懐刀と聞いた。牛乳ばかり飲んでるらしい。
やはりと言いますか、皆さんガーネット様の噂話に夢中です。
ですが、ここ最近のことになるとさっぱり。裏に何かを隠している様子も見て取れません。
何も成果が得られないまま、刻一刻と時間が過ぎていきます。
これはいい事でもあります。私たちが全力を尽くして、何も情報を得られなかった。それは、少しなりともノエル様を安心させる材料となるでしょう。
食堂、校庭、階段の踊り場、居室。
毎日どこを巡っても何も新しい情報はなし、という状況で、私に出来るのは、考えることだけでした。
ただスイカさんに付き従うだけの、自分からの逃避、という側面も、あったとは思うのですが。
毎日思いを巡らせる中で、ふと、思いついてしまったのです。
――何もしなければいい、ということを。
「やっぱり、二人にはなんもないねんてー。もうノエ様の所行って報告しよー」
スイカさんは向かいで机を枕にぐでーんとしています。
「そう、ですね」
私はガーネット様が愛飲されているという牛乳を一口飲みました。
コップの外側に雫が付くほど冷やされた、新鮮なもの。
こんなものが食堂でいつでも出るなんて、さすがは音に聞こえたウエストリアです。
ふと見ると、スイカさんが上目遣いで私の顔を見ています。
私はコップを置いて、言いました。
「報告は少し、待ちましょう。せめて、次の経済学の授業まで」
「別に構わんけど、もう誰にも聞かれへんで。知り合い全員に声かけてもた」
「いえ、もう聞き込み調査はしなくても大丈夫です。十分、手がかりになったと思いますから」
「手がかり?」
「私たち、わりとハイペースでお話を聞いて回りましたよね」
「せやね。でも、手がかりなんかあらへんかったよ」
「ええ。だから、私たちが手がかりになるんです」
スイカさんは身体を起こしました。
「もし、ですよ。スイカさんがとんでもないものを見てしまった。しかし、それは何らかの理由で簡単には話せない。噂話の元になりたくないとか、そういうことを話せる相手がいないとか。そうなったら、どんな気持ちになりますか?」
「我慢するしかない訳やしなあ。いーってなるで、ウチなら」
「ではそんな中で、自分の知った秘密について聞きたがっている人が居ると、人づてに聞けば?」
「……そら、ゾクゾクするやろな――待った、そういうことか」
スイカさんは私が思い浮かべることに行き着いたようで、眉をひそめました。
「可能性はある……いや、確実や。みんなおしゃべりやから、ウチらが嗅ぎまわってることも人に話す。だけど……」
「まあ、私も期待してません。ですが、もし私たちの『噂』が広がっているとすれば」
私は牛乳をもう一口。
「こうして、目立つ場所で人を待つ理由にはなるってことです」
「あの」
不意に声をかけられ、心臓が止まりそうになりました。
「えっと、リンベルさんと、スイカさん、ですよね」
声の方向にいたのは、女性。どことなく、気弱そうな方、だけど。
「その……私。あなた達の知りたいこと、知っちゃってるかも、しれません」
その表情は……。
高揚、期待。そんな感情に、彩られています。
私は、とびきり愛想のいい表情を、"情報提供者"に向かって作りました。
"情報提供"の後、私たちは庭園を一望できるテラスに出ていました。
隣にはスイカさん。黙って、眼下の庭園を眺めています。
何も言わなくても分かります。
私も、同じだからです。
全てを話し終わった後の情報提供者の顔が忘れられません。
まるで、重たい荷物をやっと降ろしたかのような、安堵感。
そしてその荷物は丸ごと、私たちの方へと。
切り出したのは、スイカさんからでした。
「で、どないする。リンちゃん」
「どう、しましょうか」
「ウチは言わんほうがええと思う。リンちゃんはどう思う」
「……」




