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蚊です。転生したら人間でした  作者:


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31/32

ガーネットは今を生きている。

「この紅茶甘くておいしい! はちみつがたっぷりですね。ほのかな酸味とコク、ふくよかな香り! 南ベルカ地方の物ですか? 私の好みです。花の蜜、大好きです。私も小さい頃よくちうちうしてました。一度家の遠くに行き過ぎた時があって、その時はお母さんが私が吸った後の花を辿って――」

「切り替えが早すぎる。罪悪感を抱けばいいのか困惑すればいいのかわからないよ」


 私はカップの中身を少しちうちう。


「まあ、何もかも過ぎたことですから。落ち込んでも仕方ありません。ガーネット・ファロンは今生きて紅茶を飲んでいるんです」

「……うん、うん。マシューくんは手先が器用なだけじゃなくて、教育も上手だったようだね。だが――」


 カラビア先生は帽子を脱いで、胸に当てた。


「本当にすまない。ご両親が伝えていなかったことを、僕が言ってしまった。思い返せば、無神経極まりない言動だ。150年も生きていて、全く、自分が恥ずかしい。改めて、謝ります」


 そしてカラビア先生は深々と頭を下げた。

 うん、先生って、いい人。好きかも。

 先生は帽子をかぶり直した。


「罪滅ぼしという訳ではない、が、よければ、君の身体の魔法陣を、見せてもらえないかな。綻びがあれば保全もするし、場合によっては改良も出来るかもしれないよ」

「改良、ですか?」

「こう見えても僕は世紀を超えて生きる魔術師だ。悪いようにはしないさ。とりあえず見せてくれるだけでも」

「はい、わかりました!」


 服のシャツのボタンを外す。一個、二個。


「待て、待て。何してる」

「だって魔法陣はお腹に書いてもらったんですよ」

「手を握るだけでいいんだ! 全く、驚かされるな君には」


 えー、そうなんだ。お腹に書いた魔法陣を手で見るの? それも魔法?


「じゃあ、お願いします」


 私が伸ばした手に、先生の小さな手が重なる。あー、ちょっと体温低め。ほんのりと、がっかり。

 あれ、なんか、なんだろ。引っ張られる感じがする。おー。ちょっと、面白いかも。

 先生は目を閉じて、何かを確かめるように頷きながら言った。


「……うん、うん。凄く丁寧に織られた魔法陣だね。とても長い直径なのに、完全に閉じ切ってる。だが、余白はたっぷりと残してある……」


 私にわかるのはそこまでだった。先生は、よく分からないことを口の中で呟いてる。音量も、きっと内容も、私には届かない。

 やがて、先生は目を開けて、手を離した。


「少し、聞くが」

「はい、なんでしょう」

「先日の舞踏会はどうだった?何か、不安に思う事などはあったかな?」

「いーえ?」


 果物。果汁。リンベルさん、スイカさん、ゴンベさん、ノエルさん。そして、ダンス。


「ただただ、楽しかっただけです!」


 思い出しただけでニコニコしちゃうよ。


「なるほど。じゃあもう一つ確認なのだが、君は三公爵子女のひとり、ノエル・リンウッドと、とっても親しい仲なんだね?」


 先生からノエルさんの名前が出た!


「はい! 私にとっては大親友です。ノエルさんはどう思っているのか知りませんが。嫌われていないと思います。だって毎晩、私がノエルさんのベッドに」

「うん、うん。もう分かった。それ以上はいい。少し休憩だ。紅茶を飲むといい」

「いただきます!」


 ティーポットから暖かい紅茶を継ぎ足して、遠慮なくちうちう。


「飲みながら聞いてくれたまえ。君の魔力は今一部を除いて完全に体内で処理されている。魔力の行使は出来ないと言っていいだろう」


 へー、そうなんだ。ちうちう。


「だが、私が少し手を加えれば、君は魔力を引き出して使うことが出来るようになる。生得している固有魔法なら何も学ばなくても使える、と、授業で言ったよね」


 言ってたような気がする。ちうちう。ごちそうさま。


「私が思うに、君には、護身出来るものが何か必要になりそうな気がする。その中で一番君にとって身近なのが、魔力だ」


 え。


「魔力を使えば、私は、自分の身を自分で守ることが出来るんですか?」

「まあ、そうだね。カルテに書いてあった『極めてユニークな魔力』にもよるが」


 先生はふっふと笑った。


「実を言うと、あの一節を見た時から楽しみでね。君の固有魔法についてまとめてある書類もあったが、そちらは読んでいないんだ。自分の身で確かめたくってね」

「え、でも、私の固有魔法って……」

「待て待て。ここまで来てネタバレは残酷だよ。もし君が魔法を使いたいと思うのなら、手を握ろう。魔力を少しだけ引き出すから。その時に確認するよ」


 んー。どうしよう。魔力研究所の先生が作ってくれた魔法陣だし。魔力を使いたい訳じゃなかったし。でも、カラビア先生は身を守ることが必要になりそうって言ってるし。

 ……身を、守る。私、あまり考えたこと、なかったかも。

 蚊は、逃げるだけだもんね。


「わかりました。先生。よろしくお願いします」


 私はテーブルの上の先生の手を握った。


「うん、うん。握るなら今から握るって先に言ってくれ。驚くから」


 はい。ごめんなさい。

 私たちは改めて手を握り直した。


「では少しだけ魔法陣に手を加えるよ。違和感があるかもしれないが、すぐに慣れるさ」


 おー。先生に握られてる手がぞわぞわする。やっぱりこれ、楽しい。


「手を広げたままにして」


 先生がそっと手を離すと、先生と私の手の間に、光る塊が見えた。

 なんだろう、これ。光のようでいて、水のようでいて。ふよふよと表面が波打ってる。


「これが魔力さ。君が自由に出せるようにするにはまだ調整が必要だけどね。それはともかく……」


 先生は光る塊に手を伸ばした。


「あの、先生。やめた方がいいかもです」

「ふっふ、僕を舐めてもらっちゃ困る。例え触れた途端にこの手が爆散しようと僕には力があるからね。崇高なる回復魔法を見せてあげよう」


 先生は光る塊に手を近付けた。塊はしゅるりとほどけて、端から線になり、そして……。

 ……先生の指にべとっとくっついた。


「うん? 滑らかかなと思ったけど、違うね。粘つく……ん? なんだこれ」


 先生は手を引いて、ぽりぽりと掻き始めた。

 初めは控えめに、やがてバリバリと。


「あっ、あは。なにこれ。か、かゆっ、ちょっと待て、さっきの書類に搔痒感って書いてあったが、あれは比喩じゃないのか? おおおおっ?」

「ああ、先生! そんなに掻かないで!」

「ひ、ヒーリング!」


 先生の手から白い光が! だけどそれが収まった後も先生は手を掻き続けてる。


「き、効かないぞっ、何故だ! ヒーリング、ヒーリング!」

「先生、まぶしい!」


 目の前がチカチカ。これが回復魔法? すごい!


「だ、ダメだ。治らない。今日は終わり! ぼ、僕は書類を読み込むから、続きは今度の授業の後にしよう!」

「はい、分かりました。先生、おいしい紅茶、ありがとうございました」


 大丈夫かな。って思ったけど、今日は終わりって言われたし。帰ろう。


「いや、待て、待て! 最後に!」


 なんだろう?振り向いたら、先生は準備室の扉から身体を乗り出してた。


「これ、十分武器に使えるよっ! 使い方を二人で考えようっ! ではまたっ!」


 そして、準備室の向こうに勢い良く引っ込んじゃった。

 うん。やっぱりだ。先生、すっごくいい人。大好きです。

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