私、死ぬところだったんですか?
「さて、自己紹介が終わった所でそろそろ本題に入るとしようか」
「うふふ、そうですね。ではお父さまの話を」
「いやいや、思い出話はまたおいおい。実は、君がマシューくんの娘じゃないかって思ってから色々調べてね。なかなか大変な生活だったみたいじゃないか」
ん?
何を言ってるんだろう、先生は。
「大変……なことはなかった、ですけど?」
「おや、そうかい? ここに魔術研究所から取り寄せた書類があるんだが」
カラビア先生は教卓の上の紙に手を伸ばした。
「――『ガーネット・ファロン、1歳。魔術研究所にて魔漏の治療を開始。その潜在魔力量は大鯨のごとし。研究所にて余剰魔力の処理を行いながら、体内に魔法陣を描いて循環の正常化を図る。治療の終了時期は未定。ひとつ所感を述べるなら、これは大河に堰をかけるようなものだ』」
先生はもう一枚を片方の手に持った。
「――『治療開始から5年。成長に伴う魔力の増大を試算に含めて魔法陣を再設計。現在のものでも体液に魔力が流れることは当面無いだろう。しかし、これはいつか来る爆発的崩壊への猶予を稼いでいるに過ぎない。彼女の極めてユニークな魔力がもし街を覆ったらと考えると、身体中に掻痒感が走る。だが何より、これは彼女の生命に関わる事だ。ティア博士になるべく早く着任してもらうように要請したい。私の引退も、少なくともあと数年は先になるだろう』」
先生は二枚の書類の間から私に「大変じゃないか。知らなかったのかい?」と言った。
けど。
私、それどころじゃなかった。爆発的、崩壊? 彼女の生命に関わる事?
「せ、先生。もしかして私、死ぬところだったんですか?」
「そうだね。多分、目に見える体調不良はなかったと思うが、治療をしなければ、危なかっただろう」
「だ、だって、お母さんは、これは大魔術師の特徴だって」
「うん。歴史上の大魔術師は皆、魔漏を克服した人だ。克服出来なかった者も多く居たけどね。まあ、もう過ぎたこと――待て、震えないでくれたまえ」
と言っても、無理です。無理です。無理だ。
震え、止まらない。自分で自分を抱きしめて止めようとしても、駄目だった。
私、知らなかった。人間の人生、何があっても死ぬ事はないって思ってた。毎日ただ、楽しく生きてた。飲んで、動いて、寝て。
本当は、死と、隣りあわせだったなんて。
「待て、待て。そこまでとは。治療期間の長さに疑問は覚えなかったのか。いや違う、すまない。脅すつもりは無かった」
「わ、私、調子が、すみま、せん、は、話の、続きを、お願いします」
「準備室に紅茶があるから淹れよう。まずは落ち着きたまえ。僕と話を続けるかどうかもそれから決めればいい」
先生は黒板の横にある扉に入った。
私は耐えきれなくて、そばの椅子を引き寄せて座った。
激しく息をするのが止められない。
ああ、死。死ぬ。死にかけてた。私にとって何より恐ろしい、死。死――。




