ガーネット、お母さんに出会う。
それからの私の意識は、浮かんだり沈んだり。
女神さまは知識を自分のものにしておけって言ったけど、そんなこと出来っこない。
お腹が空いた。気持ちわるい。気持ちいい。眠たい。毎日がそのサイクルで回ってる。
ことさらに私を悩ませたのが、時折起きる、どうしようもない気持ち。
血が吸いたい、吸わなきゃ。それと同じ渇望のようなものが、身体の奥底から沸き上がり――。
おぎゃああああ。
って声になる。
なんでだろう?こんな声を出すなんて。そもそも声という物すら私には無縁だったのに、こんなに大きな音が出る。
だけどその答えはすぐに分かった。
私が声を出す度に、女の人がやってくる。女神さまとは違う、ゆるんだ目元。
私にはわかる。この人は優しい人だ。きっと蚊が飛んできても潰したりしないぞ。
女の人は私の身体をひとしきり触って確かめたら、「じゃ、ご飯かな~…」と呟いた。
やった、ご飯だ。人間になってから、この時間が一番楽しい。蚊の時からかな。
女の人はふー、はー、と息をして、私にそれを含ませてくれた。
うーん、これこれ。どこか血に似てるこの味が私の舌にぴったり合うんだ。
私がそれをちうちう吸っていると、女の人は「くっ…うう…」と声を上げた。
顔を見ると、眉間にしわが寄ってる。
なんで?
私は思わず口を離した。なんでそんな女神さまみたいな顔を。
女の人は私が口を離したのに気づくと、「大丈夫よ~。全然、かゆくないですからね~」と言ってもう一度それを含ませてくれた。
うーん、じゃあお言葉に甘えて。ちうちう。
……かゆい?
それから私は女の人にぎゅっと抱かれて、けっぷって息の塊を吐いてから、もう一度寝かされた。
帰っていく女の人は胸を手でかいていた。
ふわふわのおくるみの中は暖かくさわさわした感触が気持ちいい。私はその気持ちよさがもたらす眠気に耐えながら、考えた。
今まで何度もそれを吸ってきたけど、女の人の様子を確認したのは初めてだった。
あんな顔をしてたとは。
私には気になることがあった。
蚊について。
もちろん私はそんなの知ってるつもりだった。
泳ぐ。食べる。固くなる。飛ぶ。吸う。卵を産む。こんな感じ!
私は卵を産まずに死んだけどね。
だけど、さっきの女の人の様子を見て、何か頭の中で引っかかることがあった。
私は人間目線での蚊についての知識を、女神さまが作った引き出しから取り出す。
蚊。刺されると、かゆい。血を吸うときに入れる唾液に、血を固まりにくくする成分と、若干の麻酔作用がある。その唾液が、かゆみを引き起こす。
唾液。かゆみ。
蚊に刺されると、かゆくなる。そして、女の人も、かゆくなった。
私は、蚊から人間に転生した存在。
だとすれば、女の人がかゆくなった理由で考えられることは。
私のよだれは、まだ蚊の性質を残してる。
だから、私が舐めた所はかゆくなる。
それでも女の人が私にそれを含ませる理由も、私にはわかる。
私も、自分の卵の為なら、何だってするんだから。
私は、もう一つの単語を頭から引き出して、頭の中で言った。
……お母さん。
これからはそう、呼ばせてもらいますね。




