ノエル様じゃないのですか!?
衝撃。衝撃です。
私は、最初から、リンウッド家の馬車を見つけたと思った時から、勘違いをしていたのです。
「私はガーネット・ファロンと申します。よろしくお願いいたします、リンベルさん」
胃が縮む。舌がもつれる。
「も、も、も、申しまけ」
「うふふ、人違いされたの、初めてです。面白い経験です。これも学び、ですね」
ノエル様……もとい、ガーネット様はそう言ってクスクスと笑いました。
ああ、ああ、許していただいた。それに、こんなに面白そうにして。
安堵。と同時に沸き上がる恐怖。まるで、頭すれすれを刃がかすめたかのような。
もしガーネット様が温厚な方じゃなければ――。
「リンベルさん、大丈夫ですか? 汗を、かかれているようですが」
ガーネット様は少しかがんで、心底、心配そうな顔で私を見た。
「い、いえ、大丈夫ですっ、はい」
ダメです。気を取り直さないと。
「ガーネット様。改めて、謝らせてください。とても失礼なことを言ってしまいました」
「失礼?」
ガーネット様は首を傾げる。ああ、なんていい人。良い人すぎます。
きっと何も分かっていないような素振りで、私に『気にしないで』と伝えてらっしゃるのですね。
その優しさに甘えたくなる。でも、だからこそ、しっかり謝らないと。
「お名前を間違えてしまったことですっ……」
ガーネット様は合点が言ったように手を合わせました。
「ああ、それ! そんなの、些細なことです。謝らなくてもいいですよ。リンベルさんは本当に良い人です。それから、うふふ、少し心配性です。少しノエルさんに似ている気がします」
ああ、良い人なんて言葉、私には勿体なさすぎます……。
ノエルさん?
二度目の衝撃が走りました。
私が見聞きした断片が、遅ればせながら、一本に繋がったのです。
勘違いじゃない。私が見つけたのはやはりリンウッド家の馬車。
ガーネット様は、ノエル様のお知り合い。
ガーネット様"が"同乗していたのです。ノエル様と!
と、いうことは。
パズルのピースがスライドして、隣にハマりました。
あの、鋭い表情の、少女が。
――少し、他の人とは違う彼女が、ノエル・リンウッド?
頭すれすれをかすめた刃が、また戻ってきて髪の毛を何本か巻き込んだ。そんな気分でした。
「そうだ、リンベルさん。喉は乾いていませんか? この果汁、とても美味しいです! 私のおすすめです。ぶどうです!」
「あ、ありがとう、ございます…」
私はガーネット様から渡されたグラスを思い切って傾けました。カラカラの喉を湿らせるために。
落ち着きなさい、リンベル・アストレー。
自分に失望するのは、独りの時でいい。
これ以上の失態は犯せない。
今はガーネット様が目の前にいるんだから。




