え?
舞踏会で見たノエル様は、朝、式典の前に見かけた姿よりも、遥かに存在感がありました。
紅いドレスは美しく、それでいて彼女の身体のしなやかさを強調するような"引き立て役"に徹しています。
ノエル様はゆったりと落ち着き払って、果物を口に運び、飲み物の入ったグラスの香りを楽しみ、ほんの少しだけ飲まれました。
全ての動きが自然で、堂々としていて……。
そのお姿は、淑女としてふさわしい振舞いについて必死に座学していた私が馬鹿らしく思えるものでした。
きっとノエル様は、舞踏会でのマナーのことなど何も考えていないのです。
ただあるがままに振舞うだけで気品がにじみ出る。何かを見せつけようともせず、気負いもせず。
だからこそ公爵令嬢なのでしょう。
……いえ、感心してばかりもいられません。
私は決めたんです。綺羅星に手を伸ばすって。
一歩、一歩、近付く度に心臓が暴れます。ああ、私の臆病者。
そしてとうとう、ノエル様が目の前に、すぐそばに。
私は顔を上げて、彼女に話しかけました。
「あ…あのっ」
ですがノエル様には私の声が、聞こえていないようでした。
急激に不安が膨れ上がります。
もしかして、こうしていきなり話しかけるのは不躾だった?だから、無視してる?
想像は後悔になり、私に襲い掛かります。
そんな私を救ったのは…不本意ながら、またもや『父の指令』。
領民の一人として公爵令嬢にご挨拶をしに来た。というストーリーがカチッと私の頭にハマりました。
大丈夫。それさえ伝えられれば、きっと不作法の印象も和らぐ、はず。
「すみません!」
私が半ば勢いに任せて言うと、ノエル様は振り返りました。
そして、私の顔を見て微笑んだんです。
その微笑みを見た瞬間に、思わず私は慌ててしまいました。
「は、初めまして、私、リンベル・アストレーと言います。リンウッド公の領地グレモラの商家の者です」
だけどここまで言って、私は――。
飛んでしまいました。
何を言うつもりだったのか、分からない。
「あ、あ、あの、私、実は、その、入学式の前から、お顔を拝見しておりましてっ」
必死に言葉を紡ぐ。だけど、あれ、これは言っていい事なんだっけ。
変に思われてっ……?
ノエル様の顔を見ると、ああ、ニコニコとされている。
まるで、浅はかさを見透かされているみたいで、自然と頭が垂れていきます。
勢いが失われると、途端に冷静な思考が、私を責めてくる。
一般市民風情が。何が綺羅星に手を伸ばすだ。身の程をわきまえろ――。
その時、澄んだ声が耳に届きました。
「リンベルさん。申し訳ございません。笑った訳じゃないです」
ノエル様は、私の頭に言葉が染みるのを待つように少し間を置いて、言いました。
「ただ思っただけです。私と共通点が多そうな方だって。仲良くなれそうな方だって!」
冷静な思考、なんて、吹っ飛んでしまいました。
私は顔を上げて、改めてノエル様のお顔を見ました。
ああ、なんて、なんて出来たお方なんでしょう。
共通点が多い、きっとそれはただのお気遣い。なのに、それを何ともないことのように仰る。
何か言わなきゃ。お応えしなきゃ。綺羅星が、気まぐれに降りてきてくれたんだ。
「あ、ありがとう、ございますっ……! う、美しいだけじゃなくて、お優しいのですね。ノエル様は!」
「え? 人違いですよ」
え?




