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蚊です。転生したら人間でした  作者:


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12/28

入学初日はその後の三年間より大事なんだって。

 馬車から降りた瞬間に、周囲の視線が突き刺さった。

 でも、さすがと言うべきか。普段なら漏れ聞こえてきたはずの陰口は聞こえない。

 相手が誰かも、誰が聞いているかも分からないという状況で、下手な事は言わないという訳だ。


 寮に入った後にでも話すんだろう。馬車から獣耳が降りてきたって。

 だけどいい。どうせ、3年間キャスケットをかぶってやり過ごすなんてできっこない。

 だったら隠すよりも晒してやる。


 ボクが馬車の前に立っていると、御者は裏に回って荷解きを始めた。

 寡黙な彼は、だけど、本当に、ボクの考えてることをよく知っている。

 御者だけじゃない。父さまも、母さまも、使用人たちも、ボクのことをよく知っていて、いつも先回りして動いてくれていた。

 その厚意にどんな感情が隠れているのかは、もう気にしていない。皆、良い人たちだ。

 16歳になった今、ようやく思う。


 だけど、今からはそうじゃない。

 これから出会うのは、良い人ばかりじゃない。

 先回りしてボクが心地よく過ごせるようにしてくれる人はいない。

 自分の力で、居場所を作らないといけない。

 ボクと、ガーネットの居場所を。


 馬車の中に手を伸ばすと、彼女はボクの手を取った。

 細くしなやかな手から、彼女がバランスを取るのに苦労している重みが伝わる。

 やがて、頭をかがめて彼女が馬車のステップを踏んだ。

 それから、ボクを見て、ニコリと笑って言った。


「ありがとうございます!」


 ボクはつっけんどんに「いいよ」とだけ言った。

 本当は、もっと優しく言いたい。だけど、ボクの口はかたくなだ。

 それでもガーネットは一切気にしない。今もこうして、ニコニコと笑ってボクを見ている。

 ガーネットはボクがどんな態度を取っても許してくれる。

 ずっとこのままで居たいとすら思う。彼女と二人っきりの世界に。

 その時、ボクの耳が小さな声を拾った。


 ――美しい人……。


 その声が、ボクを現実に引き戻した。

 ボクの耳は、無駄に高性能だ。だけど今はそれが役に立つ。

 美しい人。例え見えなくても、その声がどこからどう向けられたのかまで分かる。

 声は、間違いなくガーネットを向いていた。

 少し集中して聞き分けると、ざわめきの中にもそれはあった。どなたかしら、とか、上級生かな、とか。

 分かるよ。そうだろう。そうだと思ったんだ。絶対に、ガーネットを見るとそんな反応になる。

 ガーネットは、目立ってしまう。その大人びた風貌と、黙っていても漏れ出てくる独特の雰囲気で。

 だけど、今はそうやって目立つのは困る。


「行くよ」


 ボクはもう一度ガーネットの手を取って歩き始めた。

 ガーネットは笑って一切逆らわずに歩調を合わせてくれた。

 ボクたちの様子を見て、周りはざわめいている。

 集中しろ、ノエル・リンウッド。もう、聞くな。これ以上は思考の邪魔だ。

 とにかく、見た目の印象を残すだけならいい。避けたいのは初日で悪目立ちすること。

 途中でしくじるのとは違う。出だしでの失敗はずっと後を引いてしまうんだ。


 だから、ボクがガーネットを導くんだ。

 それに、本番はこれからなんだから。

 何事もなく、ウエストリアの初日――。

 入学の式典と、入寮を終えた後の、山場。


 舞踏会を乗り越える。


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