第13話 流れ人
ーーかくかくしかじか。
結局、俺は犬耳船長やデューたちの前で、自分の身に起こった顛末や、神楽との関係について正直に話をした。
ブラフを混じえずに話したのは、俺が異世界から来たことを誤魔化すには到底無理があるし、こうして色々と助けてもらった手前、隠し事をするのはそもそも筋が通らないと思ったからだ。
ただ神楽とイチャコラしてた辺りとか地球や日本についての詳細は省いたりはしたけど。
一通り話しが終わってから、その内容を頭の中で吟味するように「ふむ……」と呟いた犬耳船長。
ちなみにデューはいつの間にか木箱の上に載ってしゃがみこんでいた。どう見ても俺の話しより足元の在庫商品に興味津々ボーイである。
しばらくして、犬耳船長が部下らしき犬耳マッチョ男と意見を交わし始めた。
「事前にデューとハドリーから聞いた話しと矛盾するところは無いが。結局のところ、本筋っぽい謎は検討もつかねぇままだな。マール、お前はなんか気づいたか?」
「いえ船長。だけどゴリョウっちはもしかすると……アレでやんすかねぇ」
マールと呼ばれた人間なら30歳くらいに見える犬耳男から、変なあだ名を付けられていた俺。
「アレ? 何か心当たりがあるんすか?」
そういやこの人、最初俺に翻訳の魔法とか掛けてきた人だ。船長の腹心とか副船長みたいな感じかな?
ってか方言アラサー犬耳マッチョ副船長(男魔法使い)なんて、キャラ付けハンパないことになってますけど。必死ですか?
俺がそんな失礼なことを考えてるとは気づかない様子のマールっち。
「こことは違う世界から不可思議な現象でこの世界に流れ着いた人たち、通称〈流れ人〉のことでやんす。話しを聞く限りゴリョウっちもカグラって女性も〈流れ人〉に当てはまってそうというか」
「流れ人……んな単語があるってことは、じゃあ俺以外にもこの世界には同じような人が?」
なんとなく一筋の光が差した気持ちになった。が、それは犬耳船長の次のセリフで早々に雲行きが怪しくなる。
「それは分からん。流れ人なんてのはしょせん都市伝説の類いだからな。今代〈剣王〉の斬撃は雲を斬る、みたいな眉唾モノの話の一つにすぎん。少なくともウェスタリア王国どころかこのジ・エラ大陸のどこにおいても、一般に公開されてる範疇で、正式に認知された〈流れ人〉など存在はせん」
もし他にも同じような〈流れ人〉がいたら色々と先人の知恵を拝借できるのではと期待したけど……そう上手いことはいかないらしい。
「まぁ最近ジ・エラ大陸と交流がはじまったノックターヌ大陸ってところには〈流れ人〉らしき奴らが結構いるんじゃないか、なんて噂を聞いたこともあるが……そう簡単に行ける場所でもねぇ。いずれにせよあまり期待しねぇこったな」
俺の心の動きを目敏く察した犬耳船長が釘を刺す。
変に期待しちゃうとダメだった時の落胆も大きいってのはその通りだと思うけど、犬耳船長って野蛮に見えてこう意外と知性的だよね。
そこからは仮にだけど「ゴリョウは〈流れ人〉である前提」として、犬耳船長やマールにこの世界のことなどをレクチャーしてもらった。
ここがジ・エラと呼ばれる大陸で、その最西部に位置するウェスタリア王国であること。その他の周辺国家や基本的な政治、経済、職業、宗教といった常識の話し。
そしてこの世界には魔法が存在すること。ちなみに俺のいた世界には魔法が無かったと言ったら、ひどくビックリしていた。
全部がぜんぶ理解出来たわけじゃないけど、経済は貨幣制度で回ってるし、文明的にはゲームや漫画でよくある剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界(とある界隈ではナーロッパ)みたいなものと思って良さそうだった。
まだ足りない知識は多いだろうが、いつのまにか外はすっかり暗くなっていた。そして「ひとまず飯にするぞ」となんだかんだ世話を焼いてくる親分肌の犬耳船長にはマジ感謝です、イェーイ、腹減ってました。
マールがすぐに飯を調達してきてくれたので、それを小さなテーブルに並べて皆でそれを囲む。
「うめぇな、これ。何の肉だろ?」
「そりゃツツキ鳥っつう鳥型の魔物の肉だ。ここじゃ一般的な食肉だから覚えておけ」
「うへぇ……魔物か。俺が食っても大丈夫なんすかね」
「気になるならパンだけ食っとけ」
魔物というのは普通の動物と違って、体内に魔石とかいう魔力の塊みたいなのを持った獣のことだ。
「もう食っちゃったし……ま、いっか」
「ところでゴリョウ、これからテメェはどうするつもりだ?」
「俺は……元の世界に帰りたいのもあるんだけど。まずは神楽ともう一度会って話しがしたい。ハドリーの件もあるし」
どうしてかハドリーを殺すと言っていた神楽。それを放置したまま元の世界に戻っても、どうせ後悔するのは目に見えている。
「わたしもカグラという人と話してみたいです」
「まじか? ハドリーそれは……」
意外というか無謀というか、いずれにせよ危険を伴うことが明らかな要望に思わず言い淀んだ俺。もちろん犬耳船長も険しい顔だ。
「あまり賢い選択とは思えねぇな。それは、あの女が言ってたセリフが気にかかるからか?」
そういえば神楽のやつ、ハドリーを人じゃないとか変なこと言ってたな。たしか……魔導ナンチャラとかなんとか。
「はい。わたしには……デューと出会う前の記憶がありませんから。わたし以上にわたしの事を知っていそうなあの人から自分のことを聞きたい。そして、自分の存在がなんなのか、何をすべきかを知りたいのです」
記憶喪失か? なんてこった。しかも意識高い若者にありがちな「自分探し」オプションまでセットでついてやがる。
「気持ちは分かるがオマエさん命を狙われてんだぞ? それにあのカグラって女はどう見ても普通じゃなかった。その言動も、古龍を従えるような異常な力もな……とてもじゃねぇが別世界で『ゴリョウの元恋人』だった、程度のシケた背景で説明出来る女じゃねぇ。もっととびきり厄介なワケありの魔女だ」
色々と失礼なこと言うじゃないか。
同意する部分も多いから否定しづらいけど。
ちなみに神楽が恋人ってのは俺が船長にそう説明したからだ。
そりゃ嘘じゃないのかって? いやいや俺の中の理屈では決して嘘じゃない。
だって日本にいた時、妊娠を前提に告白して、そのあと『ラブラブちゅっちゅ』……いやそれどころか、『ラブラブぴゅっぴゅ』までしたんだ。誰がどう考えても恋人以上の関係だろう。この前も船でチューしたしね。そのあと眠らされた上に「死なす」みたいなこと言われたけど。
「でも船長、神楽は意味もなく人殺しなんて企む女じゃないぜ」
「ふん、どうだかな。自分に見せてる姿だけがその女の全てだなんて思わないことだぞ」
「ハハハ、ゴリョウっち。女の怖さは3回も結婚してる船長ほど知ってる人はそういないでやんすよ」
「うるせぇぞマール!」
3回も結婚してるってことは最低2回は離婚してるってこと?
「へー、そりゃ意外。船長って面倒見も良いし、稼ぎだって悪くなさそうなのに。もしかして体の相性が悪かったとか? 2回もってことは実は船長チン◯がすげぇ小さくて奥さん満足させられないとかなんじゃない?」
実際のところセックスの満足度が夫婦間でどれほど重要かなんて知らないけど。でも勝手な想像だけど獣人とか性欲凄そうじゃない?
「おいコラ、包茎小僧がイキがるんじゃねぇ。いっとくが俺のイチモツはそんじょそこらの野郎が見たら、尻尾丸めて逃げ出すほどデケェからな」
「ぷふっ、ほんと驚異的なデカさでやんすよ、船長のは。なんたって商売で外国にいるってのに奥さん妊娠させてんすから。2回も!」
「……わーお」
「うるせぇっつったろ、マール!」
外国にいる時にって……いくらデカくても届くわけねぇよな。
商売で出張してるときにNTR不倫されたってことか。それで離婚したと。
「……ったく。話しが逸れたぜ……まぁいくら通じあってるように思っても、女ってのは男の思いもよらない一面を持ってるってことだ。たぶん、そのカグラって女もな」
俺の知らない神楽の一面……か。
日本にいた頃は意識した事もなかったけど、この世界で再会した時のことを考えるとめっちゃありそうだな。。
「そりゃそうかもしれないけどさ……でも本当にハドリーを殺したかったなら、ドラゴンが暴れた時にそのまま放っておきゃたぶんそうなったんだ。でも神楽はハドリー、っつうか皆に被害が出ないようにドラゴンを制御してたぜ?」
船で覚えた違和感。少なくともあの狂気染みた様子そのままに、とにかくハドリーを殺せばいいなんて神楽は考えてたわけじゃないはずだ。少なくとも俺にはそう見えた。
ただ他の人も同意見というわけにはいかないようで。
「それだけであのカグラって女とハドリーが会っても安全だなんて理由にはならねぇな。だいたいだ。あの女と会うって言ってもどうやって会う? 気づいたら古龍ごと消えてやがったしな。もう一度襲ってくるんじゃねぇかとも危惧してたが、丸2日経ってもその様子はねぇ。正直なところ、俺はアレがただの悪夢だったんじゃねぇかって自分を疑いたくなってるぜ」
あれがただの悪夢だって? それならそれでウェルカムだぜ。俺がこの異世界にいることもひっくるめてって話しならな! コンチクショー!
なんとも言えない顔になってしまった俺に向けて、マールが船長の言葉を補足する。
「ウチらも街に着いてから軍に聴取を受けたり、色々と聞き込んだりしたんすけど……軍船が援護に来た通りワイバーンの目撃談はそこそこあったのに……不思議なもんで古龍に関しては皆無なんでやんす。まぁあの伝説の古龍アルヴァーナがこんな街の近くに現れてんのが他の人にも見られてたなら、今ごろ大騒ぎでやんすよ。それどころか軍の事情聴取がこんなに早く終わることはなかったっす」
どうやら俺が寝てるうちに船長やマールたちは、この港町クィナに常駐してる海軍から事情聴取を受けていたらしい。
ちなみに交易船が魔物から襲撃を受けることは頻繁ではないが珍しくもないとのことだ。むしろ港町クィナは外敵にあたるような国や種族が近くにいないため、ここの海軍にとっては、そういった魔物や海賊などから、商売船や漁船を守るのが一番の仕事のようである。
古龍のことはワイバーンに集団で襲われた恐怖で混乱してたんだろう、といった感じで処理されてしまったらしい。そして護衛に来てくれた五隻の船とワイバーンは共倒れになったとして。
まぁ空を覆うほどのドラゴンがいたと言ったところで、すぐ近くの町から見えなければ信じられるものではないのだろう。
もし船長たちが気を利かせて俺をここに匿ってくれなければ、おそらくはとても面倒な事になっていたに違いない。そこは正直言うとホッとしてしまった。
「ゴリョウ、あれが悪夢だろうが事実だろうが、あの女に関わっても恐らく碌な事にはならねぇぞ。 綺麗サッパリ……とはいかねぇだろうが、いったん忘れて別の人生を歩むってのも一つの手だ」
神楽のことは忘れて別々の人生を歩む、か。
アイツ自身も俺に対してそれを望んでいたフシがあったのは確かだ。
「この世界のことを話してやった時の理解力やらを見る限り、テメェは馬鹿ってわけでも無さそうだしな。なんならウチの商会で面倒見てやってもいい」
それは俺にとってはとても良い提案に違いない。
右も左も分からないこの世界で、大した力も持ってない俺がノホホンと生きていけるわけないのだから。
「ありがとう、船長………でも」
おそらく神楽はまだ自分の目的……たぶん〈呪い〉ってやつを解くのを諦めたわけじゃない。
いかなる作用が働いたためか、俺がその〈呪い〉に巻き込まれてこの異世界に来たのは、神楽自身にとっても予想外だったみたいではあるが。それは逆に考えると〈呪い〉を解くことに関して俺はどうでもいい存在なんだろう。
そういう意味では別々の人生を歩むのだって問題はないはずだ。だけど……
(最後に見せたアイツの泣き顔……放っておけないだろ!)
結局のところ、俺はまだ神楽に惚れたままだった。
アイツが望んで俺と離れたとして、それでもし幸せそうなら何も言うことはなかった。船長の言う通り、神楽のことは諦めて互いに違う人生を歩むのが無難なところだろう。呼ばれてもないのにわざわざでしゃばって、惚れた女の幸せを邪魔するようなダサい真似は俺だってしたくない。
だけど俺が見たところ神楽は幸せどころか、狂気に身を任せないとやってけないようなやり方で〈呪い〉とやらに立ち向かおうとしてる。たぶんたった一人で。胸の内では泣きそうになりながら。
「ありがたい申し出だけど………やっぱ俺は神楽を探してみるよ。もしアイツが困ってるようなら助けてやりたいんだ」
「ふん、そう言うと思ったぜ。テメェは馬鹿じゃあねぇが、そういった損得勘定は苦手そうだからな。誘ってはみたが、やっぱり商人には向いてねぇな」
「ハハ、それはそうかも。俺は損得よりも先に、やりたいかやりたくないかで動いちまうから」
「けっ、冒険者みてぇなこと言いやがって。それならそれで構わない、と言いたいところだが……」
船長が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ウチで働かないってんなら今回の件で出した船の損失、少しは補填して貰わないとな?」
え……? 急にそんな生々しい話しになっちゃうの?
というか船の損失ってどんくらいなんだ。。あと俺の過失の割合とか。というか俺に過失ある? あ、でも扱い的には密航者か。それに神楽のことを言われると無関係とは言いづらい。まぁどのみち無一文なので、幾らであろうが払えるわけないんですが。
「まぁ直接何かしたわけでもなし、カグラがいなくなったのもテメェとの関係があったからだろう。だがそもそもテメェやハドリーっつう密航者がいなけりゃ、そもそも俺たちがこんな面倒事に巻き込まれることも無かったわけだ」
そうかもだけど。やばい、冷や汗が止まらない。
ここに来てまさかの奴隷落ちパターンか?




