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第11話 トライ ノット トゥ クライ

 

 神楽の歌うような声によって、たちどころに大人しくなったドラゴン。


(すげぇ……これも魔法の一つか?)


 寝ているわけでは無さそうだが、半開きになったドラゴンの目からはもはや闘争心の欠片も見当たらない。


「はぁ、はぁ……効いたみたいだね、うっ……」


 魔法の代償に由るものか、フラついて膝をつきそうになった神楽を慌てて支える。


「だ、大丈夫かよ?」

「うん……でも少し、疲れたかな」

「ちょっと休んでろよ……って言いたいところだけど。俺らも早く船から脱出しねぇと……とりあえずおんぶするぞ?」


 脱力した神楽の重みを背中に感じながら、改めて周囲を確認する。ドラゴンは大人しくなったが、船の方はどの道もういつ沈んでもおかしくない状態だ。


(陸までこのまま泳いでいくしかねぇか。ドラゴンは放置プレイするしかないけど……いきなりグォーとか襲ってこないよな?)


「ねぇ、五稜」


 その時、背中から神楽の声が。


「なんだ?」

「……ごめんね」


 彼女が何について謝っているのかイマイチ判然としない。が、まるっとひっくるめて今の状況を整理するために一つだけ確認したいことがあった。


「これが……俺がいま異世界ここにいるのは……オマエの言ってた〈呪い〉の影響か?」

「……うん」

「ドラゴンで襲ってきたり、ハドリーを殺そうとしてるのもか?」

「そう……だね」


 ファック、随分とヘビーな呪いじゃねぇか……とは言え一歩前進だ。詳しいことは後で聞くとして。

 要はその〈呪い〉とやらをどうにかすればいいってことだろ。


「じゃあ最近、妙に股間こかん(かゆ)いのもそれのせいか」

「え?………急に何言って」

「生きてるだけで『エラいエラい』してくれる可愛くて甘々な彼女が出来ないのも、部屋がイカ臭かったのも呪いのせいだな」

「は……ぷっははは、それは違うと思うよ。というかボク、股間が痒い人におんぶされてたくないんだけど?」


 ほんの僅かなやり取りだけど、まるであの頃へ戻ったような雰囲気。やっぱりシリアスより、くだらない話しで無邪気に笑いあってる方が俺たちには合っているに違いない。


「ジョークだって。それにほら、俺にも出来ることがあるだろ?」

「……?」

「さっき、俺がいても何も出来ることは無いとか言ってたけど……お前の抱えてる悩みとか不安について一緒に笑い飛ばすくらい出来るぜ」

「…………バカ。だからカッコつけすぎだって」


 おんぶしてるから表情は分からなかったが、背中に感じる神楽の圧力が少し増した気がした。


 その心地よい感触を堪能したいところだが、そうも言ってられない状況だったのでひとまず話を切り上げる。そして船から脱出するために、神楽を背負ったまま、ちょうどいい具合に壊れた箇所を伝って海の方へと慎重に向かっていった。


(デューのやつハドリー抱えたまま甲板から飛び降りてたけど、よく考えたらワイルドすぎるだろ………っと、この辺りでいいか)


 どうにか海面まで高さ1メートルほどのところまで降りてこれた。


 化学物質で汚染されていない、美しいエメラルドブルーの海……に見えるけど、地球と同じとは限らないのが怖いところ。でも腹を括って行くしかない。


「よし、俺が先に飛び込むからいったん降ろすぞ」


 少し膝を曲げて少女を背中から下ろす。すると彼女は少し回復したのか、意外としっかりとした足取りで立ち上がった。


「俺のあとに続けて海に飛び込んでくればいいから。そしたらまた背負って泳いでいくぜ」

「………五稜」


 いざ飛び込もうとした時、不意に神楽が俺を呼び止める。


「ん、どうし……」


 振り向くと、青と緑の瞳が俺の眼前に迫ってきていた。そこから息つく暇もなく唇に伝わってきた柔らかな感触。


(っ!?)


 まろやかで甘みのある懐かしい彼女の香りが、あっという間に脳内から思考力を奪い去ろうとする。


(なんで、キス?)


 こんな事してる場合じゃないだろ、なんて一瞬思ったけど。

 どうにも抗えない本能によってか、俺は神楽の口に吸いつき返していた。


「んっ、ごりょ……ぅ……んっ」

「はぁっ………はあっ………かぐ、らっ………!」


 今がどんな状況にあるのかも忘れて、競うように互いの舌を絡め合う2人。

 不自然な流れからのキスだと感じたが、蕩けるような気分になってしまった俺にとってそんな事は些細な問題であった。


 数秒か、数分か。そんな事も分からないまま俺は夢中で神楽と唾液を交換しあう。


(あれ………いま何してるんだっけ?)


 気づいたら「キスで興奮してる」では説明出来ないほど頭が働いてない。体も言うことを聞かず、いつの間にか俺は神楽に支えられるように持たれかかっていた。


 異常な眠気に晒された俺から唇を離した神楽と目が合う。


「もう一度言うよ、五稜………ごめんね」


(しまった………)


 正確な理解は及ばずとも、何かしら神楽に嵌められたことだけは察せられた。


 もはや立つことも出来ないほど力の抜けた俺を、ゆっくりと横たわらせる神楽。


「キスといっしょに、なに、かしたな………こんなやりかた、き、汚ねえぞ……」

「甘いよ、五稜。一つ忠告しておくと、この世界は君の得意なスポーツとは違う。いくら汚いなんて言ったところでファウルなんて無いんだから………どさくさに紛れてお尻まで触ってきたスケベ根性はさすがだけどね」


 さっきまでの熱を帯びた口付けと打って変わって、ひどく冷静な口調で諭すように言われてしまった。


「とは言え〈呪い〉に巻き込んでしまった責任は感じてるんだ。だからこれ以上は一緒にいられないけど、君がここで生きていくのに役立つアイテムくらいは渡しておくよ」


 そう言った神楽は、動けない俺の左腕に、青白い光沢を持ったシンプルな腕輪をはめ込んだ。


「五稜にも分かりやすく言うとこの腕輪は収納アイテムだよ。容量は無限じゃないけどね。念じれば好きなモノを合計で500kg程度は出し入れ出来るからうまく使ってね」


 いらねぇよ、そんなもん!

 俺に必要なのはそんなチートアイテムじゃなくて………


 その想いは声に出すことが出来ず、ただ朦朧とする意識の中に吸い込まれて消えていく。

 俺はもはや目を開けているのも難しくなっていた。


「それじゃあね、五稜。ボクが言うのもお門違いかもだけど………最後に君と会えて嬉しかったよ」


 そのまま何かを思い詰めるように沈黙した少女。

 その間にもどんどん薄れていく意識。


 しかしそこで俺は自分の頬を濡らす生暖かい感触に気がついた。閉じようとする目蓋まぶたを必死に持ち上げて、ボヤける焦点を無理やり神楽へと合わせる。


 そこに映ったのは悲しく微笑みながらそっと涙をこぼしている一人の少女。


(泣いてる、じゃ、ねぇか……!)


 それを見て張り裂けそうになった胸の痛みすら利用して、俺は意識と体を奮い立たせようとする。


「ま、て……」


 だがそれでも指一つ動かすことが出来ない。


「ごめん。でもこの世界はボクにとってようやく巡ってきたチャンスなんだ。ここで〈呪い〉を終わらせて………」


 闇へと沈んでいく直前、ふわりと寄ってきた神楽の気配。


「必ず君も死なせてあげるから」


 あくまで優しく、しかし決然とした口ぶりの台詞が最後に聞けた神楽の声であった。


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