第10話 エスケイプ フロム デンジャー
「五稜!!」
ドラゴンの口から俺に向かって熱線が飛び出るのと、神楽の手が不可視の鎖を引くように動いたのはほぼ同時……いや間一髪で彼女の方が早かったようだ。
感覚的には数センチのギリギリさで俺の頭上を通過していったドラゴンブレス。
「うぉっ! っぶねぇ!」
んにゃろぅ! ハゲたらどう責任取るつもりだ! ぶっ殺すぞ、こんクソデカトカゲが!(超小声)
今のは不意をつくためか、軍船やワイバーンを消し去ったものよりだいぶ威力は弱かったが、それでも船の帆柱を薙ぎ倒すには十分過ぎるほど。
しかもそれだけでは収まらず、体の自由な部分を駆使して暴れ回ろうとするドラゴン。
四肢の大半は赤い鎖で縛られているとはいえ、山のような巨体だ。近くで身動ぎされるだけでも、こっちの船は転覆しそうなほど翻弄されるし、さらには手当たり次第な感じでドラゴンブレス(小)まで放ってくるため、直撃はしなくても瞬く間に船はボロボロになっていく。
「くっ、この!!」
神楽はそれを止めようとしているのか、まるで暴れ馬の手綱を操っているかのような動きを見せる。しかし完全な制御とはいかないのか、なんとか船上にいる人たちへドラゴンブレス(小)が当たらないように抑え込むので精一杯の模様。
(あれ……?)
その姿を見て引っかかるものがあった俺。
しかしド素人の自分が見てすら、もはやこの船が沈没寸前なのは一目瞭然。当然そんな些細な違和感について悠長に考えている暇なんてあるワケなかった。
「こりゃあもう限界だぜ……ちくしょうが! テメェら沈没する前に海へ飛び込んで逃げろ!!」
犬耳船長がそう怒鳴ると、次々に海へと飛び込んでいく船員たち。
そして船長自身も船のへりに足を掛けて飛び込む姿勢になったところで、俺の方へ振り向いてこう言った。
「ゴリョウ! もし生き残ったら必ずツラ見せろ! テメェには聞きてぇことが山ほど残ってる!」
一方的にそう告げてから、勢いよく海へと飛び込んだ犬耳船長。
もうこれで船に残っているのは俺と神楽、あとはデューとハドリーの4人だけ。
「デュー! ハドリー! 2人も早く逃げろ!」
俺は2人に向かって叫ぶ。
その際、神楽がハドリーを横目に見て表情を歪める。
ここの関係が一番謎というか……しかしドラゴンの制御に四苦八苦しているためか、神楽はハドリーに対して今は何も動けないようだ。
「ゴリョウは!?」
デューがこちらに向かって叫び返す。その隣にいるハドリーは相変わらず無表情なままこちらを、というか神楽に視線を向けていた。
「俺は……こいつの傍にいたいんだ!」
ハドリーに殺人予告をブチカマした危険人物の神楽といると宣言した俺。見ようによっては、というか常識的に考えたら普通に裏切り行為みたいなもんだろう。
しかしそれを聞いていた当の神楽が、厳しい顔を俺に向ける。
「五稜、君が残ったところで何も出来ることはないよ。ボクは大丈夫だから君も……」
「お断りだ! ここで離れたら、もう俺の前に現れないとかそんなことしそうな雰囲気だし!」
「…………」
んにゃろ……返事が無いのは肯定してるのと一緒だろうが。
ただその気持ちはいったん呑み込んで、改めて俺はデューの方に向かって声を張り上げる。
「そういう事だから、保護者役として2人についてくってのは出来なくなっちまった! 約束守れなくてゴメン!」
デューとハドリーが互いに顔を見合わせ言葉を交わす。こちらにまでその声は届かなかったが、デューがハドリーをヒョイと抱え上げたところを見ると、2人で船を脱出することにしてくれたみたいだ。
「ゴリョウ! オイラその姉ちゃんのしようとしたことは許せないし、またハドリーを狙ってきたら今度こそ容赦しない! もしそうなったら、そんときゴリョウはどうするんだ!?」
力強く真っ直ぐな視線を投げかけてくるデュー。
また神楽がハドリーを狙ったら俺はどっちにつくつもりか、ってことか。
どんな理由にしろハドリーを殺すなんて許されるはずもない。だが何はともあれ神楽側の情報が足りな過ぎるぜ。
「正直わかんねぇ! わかんねぇけど、デュー!! 俺はダチを裏切るような真似はしない!! それになんか1つっくらいは丸く収める方法を見つけてやるさ!」
巨大ドラゴンや魔法、それどころか死んだはずの幼馴染まで存在してる不思議な世界だ。ハッピーエンドに至るルートだって余裕であるに違いない。
するとデューが親指を突き上げながら無邪気な笑みを浮かべる。
「ニッシッシッ! そっか、オイラたちダチだもんな! 信じるぞゴリョウ!! っていうか死ぬなよ!」
そう言って、人一人抱えてるとは思えない身軽さでデューは海面に向けて飛び出す。
そしてあまつさえ海面に浮かぶ船の木片を足場に2、3歩の距離を稼いでから海へと逃げ去った。
これで船に残ってるのは俺と神楽、あとは暴れるドラゴンだけになったわけだが。
「まったく……カッコつけすぎだよ」
神楽が俺に向けて呆れた顔をする。
「うっせー、他に出来ることない時はせめてカッコつけるしかねーだろが」
「ふふ、難儀だね、男の子ってのは」
「笑ってる場合かよ? 難儀してんのはどう見てもそっちの方だろう」
いまだ暴れ回ろうとしているドラゴン。それを押し留めるように神楽の両腕もまだ忙しなく動き続けていた。
「ボクのことは大丈夫って言ったでしょ………それに、そろそろコツを掴んできたからいけそうかなっ…と」
「いける? このデカブツをどうにか出来るってのか?」
「ちょっと集中させて………ふぅ」
目を閉じて集中力を高めるように息を吐いた神楽。
まるで試合前の一流アスリートにも似た研ぎ澄まされた雰囲気。こんな時にも関わらず俺はその美しい姿に魅入られてしまう。
そして息をするのも忘れた俺が見守るなか、歌うような抑揚を持った声が神楽の口から紡がれる。
『”黄昏の蜃気楼に微睡め”、”此方、泡沫の歌姫が願うは狂乱を安臥せし贈物”、”刹那の幻想、揺蕩うは朧月”、咲き誇れ……箱庭!』
柔らかいのに存在感のある、不思議なそよ風が吹いた感覚。
『グゥ………』
すると驚いた事にあれほど猛々しく暴れていたドラゴンが急に首を垂れて大人しくなったのであった。




