004 小さな探求心
「俺はキュリアン。フロンティア・アカデミー出身。剣士。ジョブランクはC+だ」
腰にロングソードを佩いた青年が言った。
鋭い目つきの若者で「馴れ合うのは嫌いだ」と雰囲気で周囲に宣言していた。
「アカデミー出身でジョブランクがC+?なんでそんなレベルの人が今更冒険者ギルドに?」
青年の隣にいた弓矢を背負った女性が言った。背が高く、ほっそりとしている。
「そんなことより名乗ったらどうだ」
青年が言い返す。
「あっ、そう。私はヘラ。見ての通りストライダーね。シーフじゃないわよ?ストライダー。狩人としてジョブランクはD+。ダガーより弓の方が得意。よろしく」
よろしく、と言っておきながら、どう見てもよろしくするつもりはなかった。今ここだけの関係である、というのを否が応にも感じさせる言い方だ。
そして傍らにいる最も巨躯な男性。
「俺はデルソン。ウォリアーランクはC。ダンジョン攻略には5人必要だってんでテメェらとパーティーを組むが、本来なら俺ひとりで十分なクエストだ。足引っ張んじゃねぇぞ」
巨大な斧を持ち、筋骨隆々の見た目は明らかに戦士。線の細い人間ならきれいに折りたためそうな勢いだ。
「パワー極振りしたバカの方が足を引っ張りそうなもんだが」
キュリアンがチクリと言い返す。デルソンは「ああん!?」と彼に詰め寄ったが、キュリアンは全く相手にしていない様子だった。
高圧的な青年に気の強そうな女性、そして乱暴者。その三人の影になるように佇んでいたのは、背の低い三つ編みの女の子だった。おそらくは16歳ぐらい。丸い不格好なメガネをかけていて、他の二人とは打って変わって自身なさげな表情をしていた。
「わ、私は白魔導士です…回復術が得意です…あ、えと、名前はリア・リズティアです…よろしくお願いします」
場の雰囲気を変えようとしたのか、自己紹介をしたリズティア。それを見るキュリアン君とヘラとゴリラの目つきは、明らかに彼女を見くびっていた。
キュリアンが偉そうに腕を組んでリズティアをねめつけた。
「で?お前ジョブランクは?」
ヘラもデルソンも同じことを知りたがっていたと見えて、すぐにリズティアに視線を差し向けた。
「…Fランクです…」
っは!と言う馬鹿にした笑い声をあげるキュリアン。ヘラに至っては、小ばかにしたように溜息をついて呆れ顔になっていた。
もうお前に興味はない。そうした態度を見せる二人に対し、リズティアは辛そうな顔をして俯くだけだった。
「それで…」
キュリアンは恩子に目を向けた。
「お前は?」
初対面なのにお前とはいかに。
恩子はこの高圧的な二人に気圧され…ることはなかった。
パワハラ・人権無視が当然のように跋扈する現代日本の企業でもまれてきた彼女だ。こんな子どもたちの思春期パワーの負けるほどヤワではない。変な話、受付女性と手続きをしていた時よりもずっとやりやすい感じがしていた。
「曾根田恩子。学者ということになってるわ」
「学者~?」
キュリアンがズイっと前に出て恩子をジロジロと見た。まるで品定めでもしているようだ。
イキがる子どもに対して、恩子は眉ひとつ動かさずにジッと視線を打ち返す。キュリアンはおもしろくなさそうに受付女性の方を向いて言った。
「ギルドの承認クエストに学者が同行するなんて聞いたことがない。人選を再考しろ」
しかし、受付女性はものともしない。
「そちらのオンコ様は大学校を短期間で卒業された学者先生です。クエストの記録や知識で貢献してくださいます。それに、今回のクエストはDランク以上の候補者が3人も参加されております。総合ランクでDランクが平均となる今回のクエストでは必要十二分の戦力でしょう。ヒーラーもいることでバランスは良好と判断します」
「その平均ランクとやらを下げてるのがいるが」
キュリアンの言葉にリズティアの顔をぴくりとゆがむ。怒りではなく、怖気だろう。
「お嫌でしたら、再選考にもう半日から数日を要します。よろしいですか?」
「冗談じゃねえ!!」
デルソンが叫んだ。
「ただでさえ俺ひとりいりゃあ十分なダンジョンだぜ?待ってる時間なんざねぇよ、構わねぇから始めろ!!」
もはや文句を言う者はいなかった。
どうせクエストが終わってしまえば解散である。誰も困らない。
すぐに出立準備が行われた。
目指すダンジョンは街からほど近い森の途中にある洞窟遺跡。地下に降りていく階段があり、中にはモンスターがひしめいていた。
とは言え、恩子が対峙したスライムのように、化け物めいたものがいるわけではない。出てもグラスウルフの変異大型種程度で、少し戦いの経験を積んだ者ならば苦も無く攻略できる難易度だ。
今回のパーティーのステータスは以下の通りである。
キュリアン:剣士:ジョブランクC+
ヘラ:狩人:ジョブランクD+
デルソン:戦士:ジョブランクC
リズティア:白魔導士:ジョブランクF
恩子:学者(仮):ジョブランク---
キュリアン・ヘラ・デルソンは嫌な感じの奴らだったが、初心冒険者としての実力は折り紙つきだった。おそらく、彼らがいて攻略に困ることはないだろう。
道中、5人は5人、少々間隔を空けて歩いていた。
空気が重い。
特に、最後列の二人。恩子とリズティアは暗いオーラを放ちまくっていた。
「あーあ。せっかく最初のクエストなのに、雰囲気悪いわねー」
ヘラが言った。ド直球に嫌味だ。
「うるせーぞ。役立たずに構ってんじゃねえ!!とっとと終わらせんだよ!!」
「うるせーのはお前もだろうが」
「なんだとテメェ!!」
ゴチャゴチャとやりながら3人衆はズイズイと速足に進む。
遅れては迷惑をかけると思ったのだろう。随分と辛そうにリズティアが彼らのあとを追いかけていた。
「ふう…ふう…」
俯いて本当に辛そうだ。薄っすら泣きそうになっていた。
と、そのとき、リズティアの肩に誰かが触れた。振り返ると、そこには怨霊…ではなく、恩子がいた。
「大丈夫?顔色が悪いわ」
「平気です…ごめんなさい」
「どうして謝るの?何も悪いことしてないじゃない」
「でも、迷惑かけちゃってるみたいだし…」
さっさと先に行く3人を後目に、リズティアは恩子のゆっくりとした歩みに合わせ始め、徐々に息を整えていった。
「ああ、あの子たちのこと」
「…」
「気にしちゃ駄目よ、あんなの。あの3人だって自分を強く見せようと必死なのよ」
「え?」
恩子はリズティアに薄く笑いかけると、前を勇みゆく3人を落ち着き払った顔で仰ぎ見て言った。
「自分は優秀、弱者は無能。そうして決めつけて口に出すことがどれほと怖いことか、まだ知らないのよ」
「それってそんなに怖いことなんでしょうか…?言える人は強いから、そんなリスクを負ってないように見えます…」
「あなた、ああいう人たちを見てどう思ったかしら?」
「え?ええと…」
リズティアは少し考えてから、言いにくそうに言った。
「劣等感、なんだと思います…私、魔術の初等教育もいっぱいいっぱいで…ああいう人たちと自分は違うって、どこかで悟ってしまってるんだと…」
「劣等感を持つことは悪いこと?」
「…え?」
「嫉妬心や劣等感を持つことは悪いことなんかじゃないわ。嫉妬は憧れで、劣等感は悔しさよ。その二つがなければ努力もできないし進歩もないわ…恐ろしいのは彼らがそれを刺激すること」
いつの間にか、リズティアは恩子の話に釘付けになっていた。
「刺激?」
「本当に優秀な人たちは、決して人を馬鹿にしたりしないわ。そうすることで少しでも敵が増えないように気を付けているものよ。ほら、よく言うでしょう?出る杭は打たれるって」
「ごめんなさい、その言葉を知らないんです…」
「目立つ人間は弱者からも強者からも標的にされるっていうことよ。もし、今日小ばかにしたあなたがあの3人より強くなったら?あなたの心が強ければ捨て置くでしょうけども、誰しも心には隙があるものよ。…怨念を持った人間の復讐ほど振り切り難いものはないわ」
「なるほどです…敵がいないなら、いくら有能になっても偉くなっても、自由に自分の時間を使えます」
「そういうことよ。残念だけど、あの3人のあの態度を見る限り、今までにもうたくさんの人の恨みや悲しみを買っていることでしょうね…でも」
恩子はまたも、自分より背の低いリズティアに微笑みかけた。
「あなたは辛い思いをしてきたけど、誰よりも自由に実力を磨けるわ」
「…はいっ」
今日初めてリズティアが笑った。3人はすっかり遠くを歩いていて、きっと二人の悪口でも言っていたかもしれないが、関係はない。
「優越感なんて何も生み出さないもの」
恩子とて苦しんできた身なのだ。社内での風評はお世辞にもよくなかった。同期にも後輩にも侮られてきた。
この子は私。きっとそう思ったのだろう。彼女の口から出た言葉は全て、彼女自身が誰かにかけてもらいたかった言葉なのかもしれなかった。
ワースト・ブービーの二人がダンジョンの入り口に到着したときには、既に3人は中に入った後で姿かたちもなかった。
「ひどいです…ダンジョンに入るときは全員揃ってというのが原則なのに」
「まあ私たちも遅刻上等で歩いていたしね。責められたことじゃないかもしれないわ」
「でも、命に係わることですっ」
「ならなおさら、自分のペースを崩さない方がいいわね。リズティアちゃん、注意事項はあるかしら?恥ずかしい話、私は今日が初めての…ええと、クエスト?なのよ」
「ああ、そうでしたね。学者先生が冒険者ギルドに加入するのは珍しいことだと聞いていますから」
そうなんだ…と感心する恩子。
学者という職業がいまいちわからない。それはパーティーに必要なのか?疑問は尽きない。
リズティアはダンジョンの基本構造を説明する。
「ダンジョンは基本的に閉鎖的な空間で、途中で外に出ることはできません。最奥域に存在するアイテム等はモンスターたちが集めてきた物が多いです。強いモンスターのいるダンジョンはそれだけ攻略難度が高いですが、それだけ手に入るアイテムも古くて珍しかったり、高価な物が多いと言われています」
「そんなに都合良くモンスターが宝物を持ってくるものなの?」
「モンスターが神性・魔性の強いアイテムを好みます。ダンジョンにモンスターが棲みつくのも同様の理由です。ダンジョンの多くは歴史的に見ても神聖な場所が多く、未だにマジックパワーを放っているところがほとんどです。そうした場所に寄せられるのがモンスターなんです」
ゲームでモンスターがアイテムを落とすのはそういう仕組みだったのか、と納得できる。
この小さな受験者は自分に自信がないようだったが、随分と博識で頼りになりそうである。
「また、多くのダンジョンは冒険者や有力者が挑戦し終えて彫り尽くされているものがほとんどですが、中には見つかっていない石室や秘密の部屋、そもそも存在すらも判明していないダンジョンもあると言われています」
「見つければさぞお金になるでしょうね」
「もちろんです!見たこともない魔法道具が見つかって、魔術史を覆すような新発見があったりもするんですよ!」
「…あなたは魔法とその歴史が好きなのね」
「え!なんで分かるんですか?」
「…」
話しているときの顔が輝いている。目の色が違うということを伝えるにはどうしたら良いか。
見るからに彼女は生き生きとしていた。きっとそうしたダンジョン探索や魔法に類するものの発見などに貢献し、名を残したいのだろう。しかし、理想と現実の温度差に狼狽している。そんなところだ。
「今から向かうダンジョンは昔から冒険者ギルドが提示する低ランククエストの指定域になっていたんです。魔法のお勉強を始めたときから、私はそこが気になって、ずっとずっと行ってみたいと思ってたんです。でも、ひとりで行くのは怖いし…」
「だから冒険者ギルドに?」
「はい。ギルドに加入すれば、同じギルドのメンバーの力を借りることも出来ますから。でも、そんなに簡単じゃないみたい」
自嘲気味に笑うリズティア。
知識の探求と疑問の回答・模索。この子は学問に取りつかれた立派な魔導士だった。
恩子は眼前に口を開けるダンジョンへの下り階段…怪しく空気の吹き出てくる洞窟をねめつけた。
「最後に注意事項ですけど…」
再びリズティアに顔を向ける。彼女は不安そうだった。
「当然、モンスターとの邂逅や戦闘…その末に大けが、最悪の場合は死ぬことも…あります。ですから細心の注意をはらわないといけません」
「あなたは戦えるのよね?」
「それが…あまり得意ではないんです…回復術ばかり練習したせいで、どうしても…」
「そうなの。でもそれならケガをしても大丈夫そうね」
「そのときはお任せ下さい!人を治す術なら同年代の魔術師には負けません!」
便りになる小さな相棒を引き連れて、恩子はおどろおどろしい洞窟を下った。
結果から述べるならば、中は拍子抜けするほど危険とは無縁だった。
と言うのも、先に来ていたであろう3人がものの見事にモンスターを始末していたのだった。辺りには時折モンスターの死骸が転がり、二人はそうした残骸に驚きつつも、最奥域までの道を模索して突き進んだ。
と、歩いているさなか、向こうから戻ってくる3人と鉢合わせした。
ヘラが二人を見て溜息をついた。
「何しに来たの?もう全部済んじゃったわよ?」
デルソンなどは既に二人をいないものとして扱っており、何の言葉もなしに通り過ぎて行ってしまった。彼の持っていた斧にはべっとりと血がついていて、大分暴れた様子が見てとれる。
キュリアンも何も言わずに通り過ぎたが、過ぎざまに小さな声で「役立たずが」とだけ吐き捨てた。
「言っておくけど最奥聖域には何も無かったわよ。まぁモンスターが集めていたいくらかの金品はいただいたけど、私たちは自分で勝ち取ったんだから、おこぼれは期待しないで」
そうしてヘラも歩き去る。
「のろくさ来てもいいけど、ギルドへの報告は忘れないでちょうだい。じゃ、さよなら」
「どうしましょう…」
リズティアが悲しそうに言った。
「ここまで来る意味もなかったかもしれないです…」
「…いいえ、そんなことはないわ」
「そうでしょうか…?」
「だってこれは一種の試験よ。他がやったから自分たちがやらないなんて、そんなのおかしいわ。一応行ってみましょう。もしかしたら彼らが見逃している物があるかもしれないでしょう?」
「そう、ですよね…はいっ、私、行ってみます!」
きっとリズティアは奥の聖域がどうなっているのか気になるのだろう。
無理もない。幼いころから憧れていた考古学的探求心を存分に満たしているのだ。このまま帰ってしまうのはあまりにかわいそうだ。
恩子とてそれを汲み取れぬほど愚かではない。
二人は再び、3人とは別の方向へと進み出した。
空のはずのダンジョンの奥底から、吹き出す空気。
先に行ってしまった3人は、その正体に気づいていなかった。




