005 曾根田恩子と秘密の部屋
「わあ!」
リズティアの嬉しそうな声が最奥域に響き渡った。
そこはダンジョン内部と変わらない壁を有した石室で、結構広い空間だった。
ここにもそこかしこにモンスターのまだ新しい死骸があり、顔をしかめてしまう臭いが立ち込めていた。が、リズティアはそんなこともお構いなしでそこかしこを見て回った。
「ここでは何かの儀式が催されていたのでしょうか…このダンジョンは古くから攻略されてきましたが、その仔細は不明な点も多いです。何等かの宝物庫だった可能性もありますが…フムフム」
(よっぽど来たかったのね。…それにしても、この死骸の山…。気に入らない連中だけど、ここまでのことが出来るというのは、凄いわね)
両断された死骸、内臓の飛び出た死骸、ハリネズミのように矢だらけの死骸。
居心地の良い場所ではない。
しばらく遊ばせてあげたら、リズティアを連れて帰ろう。恩子はそう思っていた。どうも嫌な感じの場所だ。雰囲気が気持ち悪い。何かが…いそうな気がした。
「ううむ、うーん…おかしいなぁ」
頭を抱えているリズティアへ歩み寄る。
「どうしたのかしら?」
「あ、オンコさん!見て下さい。この石室の壁や床に描かれた紋様。これらは何かを祀ったりする場合にも用いられるんですが、多くの場合何かの"封印"を行った遺跡で示される種類なんです。一体、何を封印していたんでしょう…?」
「宝物を封印していたのではないの?」
「宝物庫だったとして、どこの有力者がそれを納めたかが謎です。ウェルザール王城が近くにあるわけでもないし…歴史的背景で言えば、ここでは大きな戦いがあったぐらいで、有名な歴史人物が生活していた事実もありません」
「大きな戦い?」
「はい。もう八百年も前に戦いがあったんです。今では残る文献も数少ないんですけど…」
「ふぅん」
どのタイミングで撤収を申し出るか測りかねて、仕方なく自身も石室内部の壁を歩きながら眺める恩子。
(にしてもあっついわね、ここ。地下だし太陽も遮っているし涼しそうなものだけど…あら?)
ふいに風が吹き込んできて、汗をかいた首筋を撫でる。
しかしこの風、熱いのである。真夏の密室に熱い風。迷惑である。死ぬほど迷惑である。
(何この熱風。ナメてるの?私をナメてるの?…ん?熱風?)
閉じられたダンジョンの最奥聖域の壁から、風。
振り返って壁の熱風が吹く位置を探る恩子。
「っ!」
壁のある一部分からブワっと熱い風が吹いた。じっとりと嫌な汗が出てくる。これは熱風のせいなのか否か。
恩子は試しにその壁をぐっと押してみた。
石室の壁なのにグラつく。
「リズちゃん、ちょっと手伝って」
「リ、リズちゃん…?」
急に愛称で呼ばれて戸惑うリズティア改めリズ。
呼ばれた場所に行くと、リズも異変に気付いたらしい。
「この壁って、もしかして…!」
「せーの、で押すわよ。せーのっ!」
非力な二人でぐっと力を込めて、全身で押し込む。
ぐぐぐ、ぐぐぐ…と音を立てて、さらに力を入れると、ぐにぃっという感触が伝わってきた。そしてそのまま壁がグラァっと傾き…。
ガラン!ガラガラ!ゴゴゴ…。
石が落ちる小気味よい音。
押しぬいたために二人は壁の向こう側に倒れこんでしまい、眼前に広がる凄まじい光景に気づくまで時間が要った。
「っつぅ…リズちゃん、大丈夫?」
「うう…何とか…メガネメガネ…え、え、これ、これぇ!!」
リズはメガネをかけて突き抜いた隠し部屋を見て叫び声をあげた。それは驚愕とも歓喜とも取れる声色だった。
恩子も辺りを見回してみる。
「これは…凄いわね」
「凄いどころではありません!これ…これはもう、歴史書のひとつが変わって…あふぅ」
「ちょっとリズちゃん!?」
リズはあまりにも興奮し過ぎて鼻血を出して恩子に倒れ掛かってきた。
抱きとめた恩子が懐にあったハンカチでリズの鼻血を拭いてあげる。
「す、すみません…もう大丈夫です!」
そこにあったのは、何らかの儀式が行わた跡と思しき祭壇跡だった。
左右にいくらかの宝物が供養され、祭壇の上には巨大生物の頭蓋骨があった。その前には豪華な宝箱。苔むしてはいたが、宝箱自体に価値がありそうだった。
「リズちゃん、これっていったい…?」
「ここは…これはですね、ええと…まさか、まさかまさか!」
「落ち着いてちょうだい。全く情報が増えていないわ」
「ははははい、すすすみません!これこれこれはですねね!」
完璧にバグっている。しかしとて、魔法学及び歴史学に長じたリズがこれだけ興奮するということは、これは大発見とみて間違いないだろう。
「これは"赤い竜"の墓所です!!」
「急に明快にならないでちょうだい、びっくりするわ」
「も、申し訳ありません…」
呂律もろくに回っていなかったのに、いきなり快活に喋りだすのだから心臓に悪い。
「で、赤い竜っていうのは何なの?」
恩子が聞くと、リズは肩から下げていた革バッグをゴソゴソと探り、中から古めかしい本を取り出して説明を始めた。
「ここウェルザール王国の伝承では、建国の王が古の神竜の一柱"炎司りし赤い竜"を打ち破って国の礎にしたとあります」
「もしかして、さっき説明してくれた大きな戦いっていうのは…?」
「それは定かではないんです。戦災があったということだけが事実で、建国王が赤い竜と戦った土地だという証言はどこにもありません。ですがもしそうなら、ここが…私の故郷がウェルザール王国の生まれた土地ということになります。…この巨大な頭蓋骨が、本物ならば…」
そう言いながら、リズはドラゴンのものと思しき巨大な骸骨に触れようとした。しかしその刹那、恩子は凄まじい悪寒を感じてリズを制した。
「止めておきましょう」
「え、え、何でですか?凄い発見なのに!」
「…まずは周囲を調べてからにしましょう。それからでも遅くないわ」
「そう、ですね…考古学においても魔法学においても、焦りは禁物です!」
フンス!と息を弾ませながら、石室に散らばる興味深いものを物色するリズ。
恩子はというと、どうもドラゴンの頭蓋骨から目が離せない。目の前にある生き物の死骸…骨であるが、どうもそれが"死んでいるように見えなかった"。
「これはかなり古い衣装のワンドですね…ほのかに魔法思念の残留が感じられます…こっちの書物!これは何でしょう?うひゃあ!?」
「どうしたの!」
「な、中から虫がぁ!」
「どこ!?どこなの!?ええい、踏み抜いてくれるわ!」
曾根田恩子、元会社員。虫に臆するほど可愛げを残していない呪いマニア。
本からあふれ出た紙魚を捨て置き、恩子は再びドラゴンの骨をねめつけた。
(…少し場所が変わった…?)
気のせいだろうか、そんな気がした。
「オンコさんオンコさん!」
「…え?あ、ああ。どうしたのかしら?」
「中央の宝箱を見てみましょう。何があるか気になります!」
それを見て、一時撤収しよう。二人はそう取り決めて、宝箱を探った。
万が一宝箱に罠などが仕掛けられていた時のために、リズが前々から修行して身に着けていた解析の魔法を使った。
「大丈夫みたいです。開いてみましょう」
そう言いながら、リズは力いっぱいに宝箱を開けようとした。しかし。
「ううう!うううううむむむ!!」
どれだけ頑張っても開かない。
「開きませぇん…オンコさん、手伝っていただけますか?」
「私もこの大発見に手を出していいのかしら?」
「もちろんです!この石室を見つけたのはオンコさんですし、史書に載るべき名前もオンコさんのお名前なんですから!」
「じゃあ、手伝わせてもらおうかしら」
そう言って恩子の手が宝箱に触れたときであった。
触れるな
背筋が跳ね起きた。今の声はいったいどこから?低く唸るようなあのおぞましい声はどこからしたのか!
「リズちゃんダメよ!」
「え?」
しかし、時既に遅し。
宝箱は何の力も要さず、今や勝手にその蓋を開け放とうとしていた。
恩子は何かが飛び出すと思った。急ぎリズをかばって石室の後ろに飛びのく。
………。
何も起きない。
「…オンコさん?」
「…何なの、いったい」
凄まじい悪寒に正体不明の声。とっとと逃げ出したかったが、もうここまで来て正体を見ないわけにはいかない。それに、"憑いてる"とすればもう手遅れだ。
二人は再び宝箱に近寄った。
恩子が中を覗く。
「これは、剣…?」
そこには、すっかり錆びてボロボロになった剣が一振り眠っていた。細身で、鞘もない裸のロングソード。
「罠やその他の干渉はありません…オンコさん、剣を手に取ってみては?」
「私が?」
「あの宝箱、どう見てもオンコさんが触れた途端に開きました。もしかしたら何かの縁があるのかもしれません。それに、このダンジョンの最奥聖域の最も価値あるアイテムは、オンコさんが手に入れるべきです」
「…」
先ほどの気持ち悪い感じもない。恩子は言われるままに剣を手に取った。
(とても軽い剣ね…錆びているしカビ臭いけど、凄く綺麗…とっても綺麗…)
「あのオンコさん?大丈夫ですか?」
「え?」
言われまで気づかなかった。
恩子は剣を手にした瞬間から、滾々と一筋の涙を流していたのだ。
「あ、あれ…おかしいわね…悲しくもなんともないのに…」
しかし涙は止まらない。
恩子は腕で涙をぬぐった。その際、飛び散った一滴が剣の刀身に落ちた。
ポゥっと剣が温かくなったように感じた。
呪いの母 全知の賢者 覚悟の兵 真の勇者
流れ込んできた一瞬の感情と映像。見えた途端に消えていく記憶。体中が熱くなり、後戻りできないと知る。
「私は、ここにいるのよ」
膝をついて熱に耐える。リズはどうしているだろう?余裕はない。
「恨めしいわ…」
剣を離すことができない。誰の記憶と想いなのか。あまりにも凄まじい。いったい何をしろと?
「恨めしい…っ」
呪った。確かに今、呪った。
途端、今の熱が嘘のように体が軽くなる。
傍らを見ると、リズが泣きそうな顔で恩子をゆすっていた。回復魔法をかける準備をしていたと見えて、リズの体からはわずかなエーテルが漏れでていた。
「大丈夫よ」
恩子はスッと立ち上がる。
「戻りましょう。長居する場所じゃないわ」
そうして歩き出す。有無を言わさぬ恩子の態度に、リズは彼女を追いかけるしかできない。
(何かが私に入り込んできた)
その不気味さを感じながら、恩子はダンジョンを後にした。
「なんだか…凄いことになっちゃいましたね」
リズは帰路を歩きながら言った。
「まさか初めてのダンジョンであんな大発見をしちゃうなんて…それにあのドラゴンの頭骨はいったい…それにそれに!オンコさんの体調も気がかりです!」
恩子の前に立ちふさがるようにリズは言った。回復係を名乗るだけあって、他人の体調が気になるらしい。
「私なら大丈夫よ」
とは本人もリズも思っていなかった。何かが起きたのは確かだ。それは恩子の右手にある剣が否応なしに思い出させてくれる。
歩き進む恩子の顔色をうかがうため、リズは後ろ向きに歩き始めた。
「とてもそうは見えません!強い魔力の残る遺跡では探索者の心に残留思念が働きかけてくることもあると聞きます。そうしたものでは…ってうひゃあ!?」
ズテン!とリズがこけた。後ろ向きに歩くものだから、何かに躓いたらしい。
「白ね」
「み、見ないでくださぁい!」
「…リズちゃん。振り向かないで立ち上がって、こっちにいらっしゃい…」
「へ?後ろが何か?」
「振り向かないで、こっちに来なさい」
語気を強めて言った。ビクッとリズの体が震える。
反射だったのだろう。彼女は見るなと言われていたのに、はた目にチラと背後を見てしまった。
そこは一面の血の海だった。
けたたましいリズの悲鳴。ばたばたと恩子の方へかけよってくるリズ。
恩子には血の海を作った張本人がわかっていた。
散らばる肉片。ばらばらになった体の欠片。少し遠くに落ちていたのは、乱暴に引きちぎられた人間の頭。右側の肉が食いちぎられていたが、見覚えのある顔だった。
「あ、あああ、あああれって…あ、あれぇ…っ!!」
狼狽するリズ。
恩子は周囲を見回して、あとの二人がいないことに気づく。
「引きずった跡があるわね」
血の跡がずっと向こうの森の方に続いていた。
「オンコさ、オンコさぁん…っ」
あまりにもショッキングな光景に、リズは恩子にしがみつくしかできない。ここで恩子は自分が冷静に事態を分析していることに気づき、少しばかり驚いた。人間の死とは一度の修羅場で慣れるものだろうか。
「間違いないわ。これはデルソンの亡骸よ」
ダンジョンでキズひとつ負わなかった戦士をバラバラにした怪物が、近くにいる。
追うべきか、報告のために帰還すべきか。
あとの二人は無事なのか。
初級クエストが上級クエストに変化した瞬間だった。




