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第5話 転校生の問題

暴走キャラを書く難しさと楽しさ。

「トウメ……うらむよ」


 私は小さな声で唸った。言われたトウメは「なんのことだい?」とすっとぼけた。

体育の時間。私はグラウンドで体操座りをしていた。短距離走のタイムを計るということで、順番待ちの列にいる。名前を呼ばれた人から順に走っていく仕組みだ。先生に文句を言いたくて仕方ない。なんで三人とか、せめて二人とかにしてくれないんだろうか。独りで走っている姿をみんなに注目されるなんて、さらし者以外のなにものでもない。しかも、今回は体力測定とかで合同クラスなのだ。注目する人の数も二倍でさらに困る。

 そしてそれよりもっと困っていることがある。

 走る前からものすごく注目されている。背後にたいへん視線を感じる。誰の視線か、振り返らなくても分かる。というか、振り返りたくない。

 例の転校生だ。

 合同になったクラスは、例の転校生のいるクラスだった。


――あの地獄のような初邂逅以来、転校生は毎日私のところへ来た。信じられない。本当に毎日だ。放課後になるたびに、必ず真っ先に教室のドアを開けるのは転校生だった。

一日目、転校生は手に何か紙束を持って現れた。とっさに逃げようと思う間もなく駆け寄ってきて、「これはマナミさんを守護する力をもったお札だ。大切に持っておけば悪霊は退散する」と言ってその紙束を押しつけてきた。というか文字通りぐいぐいと押しつけてきた。壁際に追い詰められていた私はその勢いで紙束を受け取ってしまったが、横から紙束を覗き込んだトウメは「あっはっは! こいつはなるほど霊験あらたかだな! 先月号の『月刊ムー』の付録の霊符だぞ」と大笑いした。


「ふ、ふろく? 付録なの?」


私が思わずその紙束を見返すと、トウメは笑いながら、その紙束を突っついた。つついた指はすり抜けた。うん、効いてないね。


「ほらごらん、こんなに『霊験あらたか』だ」


転校生は目を見開いた。


「マナミさんも『ムー』を読んでいるのか? 素晴らしい、真実を知る者に会えたことは光栄だ」


 あ、ものすごく面倒くさいことになった。と私は悟ったけど、当然ながら時すでに遅し、だった。

 目をキラキラさせて先月号の感想を問い詰められ、私は――全力で逃げた。トウメは笑っていた。



 二日目、転校生はチャイムと同時に教室に飛び込んできた。今度も逃げる間もなかった。というかチャイムと同時で逃げられるわけがなかった。


「どうだマナミ昨日のお札の威力、は……」


 自信ありげに私を見上げる転校生の言葉が失速した。私、ではなくその頭上を見て、転校生は表情を険しくした。


「ふむ、新しいものじゃ駄目だったか。待っていろマナミ、明日はもっと強力な護符を持って来てやる。それまでどうか耐えていてくれ」


 転校生の宣言に、私の頭上にいたトウメは、くっくっく、と笑って、「これは、少なくとも気配を感じる力に関しては本物だな。おいアイちゃん、熱心なことに、転校生は毎日来るつもりらしいぜ」と私を見た。


「ま、毎日来るつもりなの……?」


「もちろんだとも。安心しろ、俺は決してマナミを見捨てるようなことはしない」


 転校生にものすごくいい笑顔で宣言された。それといつの間にか呼び方が変わっていた。そして、戸惑う私の頭上で、トウメはやっぱり大笑いしていた。


三日目、転校生は放課後すぐやってきた。チャイムと同時に逃げる準備をしていた私は、それより早く教室を出たけれど、廊下を走って来ていた転校生に即座に見つかった。


「おいマナミ、どこへ行くんだ」


 大きな声で名前を呼ばれて、私は、他のクラスの子や先輩たちも見ている廊下から、自分の教室へ逃げ込んだ。そして当然のように、転校生は私を追い掛けて教室に入ってきた。


「待ち切れずに探しに出たのか? 遅れてすまなかった、悪霊の影響が強くなってきているんだな、以前よりも邪悪な感じがする」


 転校生はそういいながら私にずいずいと迫り、


 「あっはっは、私が邪悪だってさ。ふふん、この転校生、なかなか見る目があるじゃないか。たとえば邪悪っていうのはこんな感じかね?」


 トウメは愉快気にそう言いながら私にぴったりとくっつくように身体を寄せた。


「……ちかいよ」


 トウメと転校生の二人ともに壁際に追い詰められた形になった私は、なんて言ったらいいかわからず、とりあえずそう言った。

 転校生は私の言葉に、真剣な目つきになった。


「どうやら俺の持っているこの護符に悪霊が反応しているらしいな。近づかれることを恐れているようだ。先日の霊符は残念ながら効果はなかったようだが、これはいい兆候だ。――いいかマナミ、今の言葉はマナミの本心ではない、悪霊がそう言わせているだけだ。つまりこの護石は悪霊が避けようとしているということだから、効果はてきめんだ。さあ、マナミ、これを手に取るんだ」


 言ってずいっと手にした小さなものを私に押しつけてきた。なんとか受け取らないようにと抵抗したら、転校生はそれでますます強引に押し付けようとしてきた。助けを求めてトウメを見たけれど、トウメはというと、好奇心に満ちた目で言った。


「今度はなんの付録か気になる、ほらアイちゃん、早く受け取りたまえよ」


 毎回思うんだけど、味方がいない!

 私は転校生に押し負けて、結局それを受け取ってしまった。見てみると、それはごく小さな布の袋で、触った感じだと中には紙か何かが入っているらしい。


「それには、霊験あらたかな神社で手に入れた、神聖な護符が入っている。強力なものだから、うかつに中身を直接見てはいけない。いいかマナミ、それを肌身離さず持っていれば、悪霊は退散せざるを得なくなる」


 得々と語る転校生。トウメはというと、私の持っている布の袋を興味深そうに覗き込み、「おや、これは奮発したな。こいつは伊勢神宮で売っているお守りだぜ、はっはっは、値札が付いたままじゃないか。お値段なんと1000円。高価だねえ」


「せ、千円」


 高いと言えば高いけど、安いと言えば安い。学食でいえば3回くらいお昼ご飯を食べられる。

 

「おお、マナミ、君もあの偉大な神社に行ったことがあるのか。退魔の剣を祀る、悪霊退治にもってこいの神社だ」


 転校生は目を輝かせた。私はまたしても同じパターンになったことを悟り、泣きたくなってきた。


「くっくっく。退魔の剣ね。三種の神器もそんな二つ名じゃゲームアイテムの一つだな。そもそもあの剣が祀られているのは伊勢神宮じゃなくて熱田神宮だ。ふむん、この転校生、知識に関して言えばなかなか愉快なことになっているようだね。なんにせよ、伊勢神宮のお守りなら、悪霊退散じゃなくて、健康お守りとか、開運とかになるんじゃないかな。ああもしかしたら学業かもしれない。ということはやっぱり、アイちゃん、それはしっかり持っとくと良いよ」


「も、持つ、持っとくから……」


 耳元でトウメの嬉しそうなセリフが聞こえるけれど、私としては目の前の転校生を早く何とかしてほしい。私は受け取ったお守りを掲げてずいずいと近づいてくる転校生から身を守りながらそう言った。


「そうか! それはよかった。肌身離さず持っておいてくれ。それじゃあ」


 転校生は満足そうにそう言って、やっと帰っていった。

 私はお守りを握りしめたまま、へなへなとその場に座り込んだ。ものすごく、疲れる。


――それが、昨日の事だった。

 そんなわけで、今日、グラウンドである。


「うう、すっごく見てくる。どうしてこんなことに」


 背中越しの視線に耐えかねた私の絶望の呟きに、すぐ隣で同じように体操座りをしたトウメはあっけらかんと言った。


「そりゃあ、昨日のお守りの効果を確かめたいんじゃないか? 肌身離さず、と言っていたわけだし。とはいえ私がここにいる時点で、効果なしってことは『視えて』ると思うけどね」


「え、じゃあずっとこの状態が毎日……?」


 目の前が真っ白になりそうだった。ただでさえここ数日でクラスメイトからの視線がものすごく痛いのに、これ以上続けられたら耐えられないんじゃないだろうか。


「わっはっは、モテモテだねえ、アイちゃん」


「これはたぶんモテてるわけじゃないし、そもそもモテたりなんかしたくない……」


 ぼそぼそとつぶやく私。このままだとやたら独り言を言ってる子になってしまいそうだけれど、さいわい今は周りの人たちはクラスメートが走っているのを応援したりするのに夢中で、私たちの『会話』には誰も気が付いていない。


「ふむ、謙虚だねえ。しかしお忘れかな、アイちゃん? 友達作り作戦、略して、メイクフレンズプロジェクトは今なお続行中だということを」


 なんで略した方が長くなってるの。

 突っ込む気力も起きず、私は唇をへの字にした。友達づくりも何も、あの子のおかげで、クラスではなんか浮いちゃってるというか、ますます周りに距離を置かれている気がする。


「つまり、アイちゃん。あの転校生と友達になるといい」


「えっ」


「何を驚くことがあるんだい。そもそもこのメイクフレンズプロジェクトその15の作戦名は『転校生と友達になろう』だぞ? まあ、転校生の性格とかは当初の予定とは多少違っている気もするが、最終目標には問題ない。いや、向こうからこちらに話しかけてきてくれている以上、むしろ達成はたやすいと言ってもいい。そう考えたら希望が見えてきたぞう」


 トウメは体操座りの姿勢のまま、私に向けて、ガッツポーズをしてみせた。


「でも……」


「次、穂高愛美!」


 小さく言い返そうとした時、不意に名前を呼ばれた。私はそれで、走順を待っていたことを思い出し、慌てて立ちあがった。トウメは体操座りのまま、「いってらっしゃーい」と気楽に笑って、ひらひらと手を振った。

 手を振り返しそうになるのを我慢して、コースへ向かう。背中には、やはりひしひしと転校生の視線を感じながら。

 そうして、言いかけてやめた言葉を、頭の中で反芻した。

 

 ――トウメを、『悪霊』と言ってはばからない人と、はたして仲良くなんてなれるだろうか。


タイトル。転校生の名前を決めたけれども、まだ名乗っていないという問題。

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