第4話 転校生
翌日。
私は朝のホームルームを緊張して待っていた。何といっても転校生、だ。昨日はああ言ったけれども、同級生と転校生を同じ初対面だと言ったのはさすがに言い過ぎた。いくら普段ほとんど交渉がないと言っても、毎日顔くらいは見ているのだ、本当の初対面と比べれば十分知り合いと言える。そういう意味で、今日やって来るという転校生は、私にとっては未知数で、つまりひたすらに脅威だった。
「ホームルーム始めるぞー」
年配の先生がのんびりとそう言いながら教室に入ってきた。私は一気に身構え、緊張を増した。つまり、体を縮め、顔を伏せた。でも目線だけはそっとあげて、ドアを見た。――そこには。
「誰もいなかったんだけど。ねぇトウメ、本当に今日、転校生が来るの?」
休み時間にさっそくいつもの場所―屋上へ続く階段の一番上の踊り場―に行った私は、待ち受けていたトウメを見るなり、そう言った。
朝のホームルームは、結局いつも通りの事務連絡で終わって、当たり前のように一限目が始まって終わった。転校生のての字もなかった。
「くっくっく、いやいや、転校生の話は嘘じゃあない。私はホラは吹いても嘘はつかないのが信条でね。そして、来ると言ったが、別にアイちゃんのクラスに来るとは限らないし、そもそもその確率は実に低いだろうよ」
にやにやと笑いながら言うトウメの言葉に、ああそうか、と私は納得した。朝のホームルームの拍子抜けからくるイライラも、それでどこかへ行ってしまった。
「そっか、そうだね。うん。ごめん」
「はっはっは。アイちゃんは素直でかわいいねえ。誰に似たのやら、誰かさんとは大違いだ。だがそれは実に良い。実際得難い美徳だ」
よしよしと頭をなでるように手を伸ばしてくるトウメに、私はおもわず一歩下がる。頭を撫でられて喜ぶ年齢じゃあない。トウメの手はそれで空振りをした。
「ふむん。拒否とは悲しい。実に悲しい。まあ実際撫でられはしないのだけれど、気分だけでもと思ったんだがね。まあ無理強いすることではない、諦めよう。で、えーとなんだっけかな」
「転校生の話だよ」
「そう、転校生! 実際今日転校生は来たんだ。学年はアイちゃんと同じだったが、いかんせん、クラスだけはちょっと違った。隣のクラスだ。なかなかの騒ぎで楽しかった」
「見てたんだ、トウメ」
「見ないでか。実によかった。転校生イベントは何度見ても愉快だ。物語の始まる感じが実に良いね。まあ残念なことに、大概は『あーお前はあの時の』イベントも『宇宙人がいたら来なさい』イベントも起きたりしなくて、拍子抜けなのだけど」
「宇宙人?」
「知らないならいいよ、古い話さ。ともあれしかし今回は、クラスメートでない転校生イベントだ。ここはそうだな、相手がある程度キャラが確立して、この学校になじんできた辺りで、『そういえば見ない顔だね』『実は機密なのだが俺は異世界からやってきた王子で』という異世界ルートというのもアリだね」
「……」
「あるいはそうだな、『俺はこの学校には潜入の為に来たのだ、表の人間には言えないのだが、この学校には悪の異能力者が潜伏していて』とかでもいいな。うん、実にワクワクすると思わないかい、アイちゃん」
「うーん、トウメが普段どんな本を読んでるのかというのはわかったけど」
「はっはっは、そいつは重畳。私のことを知っていただけて光栄だよ。さてそれはさておき、その転校生だが、なかなかの個性を感じる自己紹介だった。アイちゃんも一度機会があったら見に行くと良い。楽しいぞ」
「そんな人をパンダか何かみたいに」
「パンダなら上野にも王子にもいるし、そもそも和歌山にでも行けばそれこそわんさとゴロゴロしているが、個性的な人物は唯一無二だ。むしろさらに高い価値を有するぞ。いやーいいよね、厨二病。誰だって大なり小なりそうなんだが、今回は久しぶりの逸材だ」
「え?」
「おやアイちゃん厨二病を知らないのかい? だとしたら刺激が強すぎるかもしれないね。説明した方が良いだろうか。しかし初体験に困惑するアイちゃんも見てみたい。うーん、悩む」
「えぇ……」
腕組みをして悩ましげに眉根を寄せ、その場で回転を始めるトウメに、私は困惑する。
「まあ見てのお楽しみだ。放課後にでも覗きに行くと良い。そしてそろそろ授業時間だから戻った方が良いよ」
言われて私は、休み時間が終わりそうなのを知って、慌てて立ち上がった。
※
結論から言うと、私は放課後転校生を覗きに行くことはなかった。
なぜなら転校生の方がこっちへ来たからだ。
「―――ここかっ!」
放課後、HRの終わった直後。なんだかものすごく気合の入った掛け声とともに、教室のドアが勢いよく開けられた。まだ誰も帰っていない、雑多な雰囲気。そんな中に突然の大声が響いて、クラスの皆は動きを止め、ドアを見た。
ドアを開け放した先には、髪をツンツンに逆立てた、目の大きな少年が仁王立ちで立っていた。制服を着ているが、この学校の制服ではない。転校生だ、と小さなつぶやきがあちこちでささやかれる。誰もが、次のアクションに迷っている。転校生は、そんなクラスの様子を見まわした。
「ふむ。やはりそうか」
転校生の少年は、なにやらうなずいて、ズボンのポケットに手を突っ込み、そこから銀色の何かを取り出した。転校生はそれをちらっと見て、なにやらまたうなずいた。
クラス中がなんとなく、固唾をのんでその様子を眺めている。
クラス全員の注目のなか、転校生は重々しく口を開いた。
「この教室には悪霊が巣くっている。早急に除霊をしなければ危険だ」
特大の、まさに特大のはてなマークが全員の頭上に浮かんだのが見えた気がした。
「――――ジョレイ?」
なんだそれは、という疑問そのままで、誰かが小さく繰り返した。
戸惑うクラスの空気の中、転校生は堂々とした足取りで教室に入って、一直線に――私の前に来た。
「ぇっ?!」
真正面。知らない男の子にまっすぐに見つめられ、私はびくりと体が震えるのを感じた。
逃げたいと思うけれど、全く体が動かない。転校生が引き連れてきた全員の注目が、今は私に注がれているのを肌で感じ、思考が真っ白に染まっていく。
「――お前、憑かれているな」
真っ白になった思考に割り込むように、男の子の声が聞こえた。口が乾く。まっすぐこちらを見る視線に貫かれ、目をそらすことが出来ない。何か答えなくては、と焦るけれど、何を答えたらいいのか、そもそも何を聞かれたのすら――
「―――あっはっはっはっは! これはこれは、ずいぶんと大きく出たな転校生!」
唐突に、私の頭上から声が響いた。トウメの声だ。はっとして顔を上げると、私の頭上にトウメが現れ、そして転校生と私の間に割り込むように、するりと降りてきた。そして、
「アイちゃんが、憑かれているだって? 大言壮語に霊感体質、大いに結構。自称霊感持ちのイタい系少年かと思ったが、なかなかどうして、このクラスの、さらにアイちゃんに目をつけるとは見どころがあるじゃないか。実は見えているのか? しかし、私の姿が見えているとしたら、朝の時点で気づくべきだし、そうでなかったことを考えると、単純に偶然のたまたまなのかもしれないな。はてさて、転校生、君はいったいどっちだい? この私の存在に気づけるほどの【本物】か、それともただ運が良いだけの【偽物】か?」
転校生に立ちふさがるように、背をそらし、いつも通りの饒舌を振りまいた。私に背を向けたトウメの表情はわからないけれども、きっといつも通りニヤニヤと自信ありげに笑っているに違いない。
「お前、最近体の調子が悪いということはないか? 肩や頭が重いということはないか? 物を無くしたり、何か壊れたり、あるいは夜中に金縛りにあったりしたことは? もしくは、何か声が聞こえたり、視界の端の暗がりに何者かがいるような気がしたりしなかったか? ――いいか。それは全部悪霊の仕業だ」
転校生は、トウメをまっすぐ見て、言い放った。突然現れて饒舌に話し始めたトウメに驚く様子はない。その様子を見て、私は気が付いた。ああ、そうか。違うんだ、これはトウメに言ったのではない。私に言ったのだ。それで私は確信する。転校生はトウメが見えていない。トウメの姿をすり抜けて、私をまっすぐに見つめて言ったのだ。
私がそう思うと同時、肩越しに振り返り、皮肉に唇をゆがませ、トウメは私に報告した。
「アイちゃん、この子、私が見えていないようだよ」
「う、うん、そうだね……。だけど」
トウメをなだめようと手を挙げかけて、私はハッとして手を止めた。
「おお、やはりか!」
トウメの向こう側の転校生の少年が、パッと目を輝かせたのが見えてしまったからだ。あぁ、しまった……! 私は己の失敗を知った。
襲い掛かるかのような勢いでバッと肩をつかまれ、私は身がすくむ。
「普通はなかなか認めてはくれないのだが、君が素直で良かった。ああところで君は名前は?」
「ほ……穂高、愛美」
とにかくこの状況から逃れたい一心で、普段よりもさっと言葉が出た。
「ほう、マナミか、良い名前だ」
なんで下の名前で呼んだの?!
「いいか、マナミさんは今かなり質の悪い悪霊に憑りつかれているんだ。学校全部の悪意を固めたようなそんな強力なやつだ。君の最近の不調もそのせいだ。しかし安心してほしい、この俺がきっと除霊してみせる。そうすれば、元通りの生活に戻れるだろう」
異性に体をつかまれている恐怖と、クラス中にそんな状況を見られている恐怖の二つで、体が動かない。助けを求めて視線を動かすと、視界の端でトウメがお腹を抱えて笑っているのが見えた。
いや、笑ってないで、何とか助けてほしいな!
(これどう収拾つけたらいいのかな……
転校生君の名前は後で考えます)




