第3話 図書室で作戦会議
放課後。私は図書室にいた。古くなったイグサの香り、本の匂い。古びた匂いが私は嫌いじゃない。おじいちゃんの家の匂いとおなじような、落ち着く匂いだ。この図書準備室は、この学校で古くからある方の建物で、人もほとんどやってこないので、本当に静かだ。畳に寝そべって、ぼんやりと本でも読んでいたらさぞゆったりした気持ちになれるだろう。
だけど私は、今、ゆったり寝そべるどころか、なんだか針のむしろの上にいるような気持ちで、うつむいて座っていた。というか正座させられていた。
私の目の前には、女の子が一人いる。ちょっと古い型の制服に、同じリボンの色。楽しそうな面白がっているようなにやにや笑いを浮かべ、仁王立ちで私を見下ろしている。長い巻き毛をふわふわとありもしない風に揺らしながら、その小柄な体をそらしているけれど、精いっぱい体を大きく見せている小動物という印象で、まったく威圧感はない。だから私の方としても、どんな表情をすればいいのかわからない。
「はっはっは、そういう時は、とりあえず笑えばいいと思うよ」
「……私の心をナチュラルに読むの、やめてよ、トウメ」
なんで独白を拾っちゃうの。怖さや怒りよりも呆れを感じてしまう。最近慣れてしまっている自分に気が付いていた。ツッコミの声も、自分でもわかるくらいの諦めまじりだ。
「だがねアイちゃん。目の前にいる君のその顔に出ているものだから、ついつい読んでもしまいたくなるさ。読んで字のごとくの文字通りと言いたくなるくらい、分かりやすかったぜ。ふむん、こんなに表情豊かなアイちゃんが、どうして教室ではああも大人しくなっちゃうのかね。愚鈍なクラスメート達にこの表情を見せてやりたいよ。そうすればこのプロジェクトだってもうちょっと先に進もうというものだ」
トウメは、自分の周りに浮遊する十数枚の紙を示して肩をすくめた。
浮遊する紙。種も仕掛けもない、本当にふわふわとトウメのまわりを漂っている。ためしに指を伸ばしてみたら、当然のようにすりぬけた。なのでつかめないまま、ふわふわ浮かぶ紙に書かれた字を読む。
・メイクフレンズプロジェクトその1
概要
隣の席の人に「今日はいい天気だね」と声をかける。
結果
言いだすタイミングを見つけられないまま放課後になって帰ってしまった。
問題点
会話のスタートを切るのは難易度が高い
・メイクフレンズプロジェクトその4
概要
授業中にケシゴムを落として拾ってもらい、「ありがとう」と言って話のきっかけとする。
結果
落とした(というか投げた)消しゴムが机の下に入り込み、誰の目にも止まらなかった。
問題点
まず消しゴム投げのコントロールを鍛えよう
・メイクフレンズプロジェクトその13
概要
流行りの歌を歌って人気者になる
結果
流行りの歌を知らない
問題点
予想はしてた
……見ていて悲しくなってきたので読むのをやめた。
トウメは宣言通り「アイちゃんに友達を作る」といろいろな作戦を考えてくれているのだけれど、そのどれも見事に失敗していた。トウメは予想外に真剣に取り組んでくれた(いやでも最後の方はちょっと投げやりな気がする)ので、私もこれでもまじめにやっているつもりなのだけれど。
友達が欲しい、それは確かに本当だ。小さいころから友達はいなくて、友達というものに憧れていた。小学校でクラスメートとなじめず、それで中学校に入るのを機に、今度こそと思っていたのも事実だ。だけど、根本的な問題がある。そもそも友達がいなかった人間に、今更「ともだちの作り方」はわからない。そしてそれは、どうやらトウメも同じようだった。
トウメの提案する「プロジェクト」、基本的にマンガや小説の中から考えているそうだ。
「あらゆる人生のifが物語だ。自らが体験したことの無いことであっても、物語の中には描かれているものさ。だから、学ぶのならばまず物語に当たるべきだ、当然だろう?」
その通りだと思う反面、その通りなのか? という疑念も浮かぶ。相変わらず難しいことを言っているけれど、つまるところトウメにも経験がないということだ。二人揃って初心者同士、ただ迷走しているだけ、という気はしてきた。トウメはと見れば、けれど全く不安はなく、むしろすごく楽しそうだった。
「それでえーとどこまで話したかな。ふむん、忘れたが、まあとにかく、これまで15のプロジェクトが失敗、いや、『これでは成功しないということがわかった』という成果を得たわけだ。エジソンの偉大さが身にしみるよね。で、明日に向けて新しいプロジェクトを立案しなくちゃならないわけだけど、アイちゃん、何か名案はあるかい? こう、成功率100%! みたいなやつ」
「なんでそんなにハードル上げて言っちゃうかな……。あったら一番最初に言ってるよ」
「はっはっは、それもそうか。とはいえ今回ばかりは吉報があるぞ。このことが事実なら、我々のプロジェクトの夜明けは近い。いやいや、この情報を手に入れた時は、我が目を疑ったものだが、やはり苦渋に耐えしのんだ甲斐はあったというものだ。まさに女神は見捨てなかったという奴さ」
なんだかすごく嬉しそうな様子で言い募ってるけど、トウメいま自分ですごくハードル上げてるの分かってる?
私の心配をよそに、ために溜めて、トウメは重大な機密を告げる様子で、私に耳打ちした。
「実は、明日、転校生がやってくるらしい」
「……」
「え、反応なし? さすがに傷つくんだけど」
反応しかねた私の様子に、わりと素でショックを受けたらしく、トウメの口調にいつもの大仰さがなくなってしまった。私は慌てて答える。
「あ、うん、それは確かにびっくりなんだけど。えっと、転校生が吉報ってどういうこと?」
私には、転校生も同級生も、初対面みたいなものであることには変わりなくて、現状に何か変化が起きるとは思えない。
「ふっふっふ、いいかいアイちゃん。転校生というのは、つまりこの学校における初心者だ。転校初日のイベントとして『校内案内』は必ず発生するものと相場が決まっている。不安でいたいけな転校生。そこでさっそうとアイちゃんが見事に校内を案内しおおせれば、みごと転校生のハートはわしづかみ、晴れて友達の出来上がりと言うわけだ」
「あの、でもそれ、私が上手くできなかったら、失敗するんじゃ」
疑義を唱える私の声は、けれどトウメには届いていないようだった。意気揚々と天井付近をくるくる回り始めた(喜びの表現らしい。楽しそうだ)トウメを見ながら、私はため息をついた。
とにかく、トウメが満足するまでは、私も付き合うしかないようだ。
すごく久しぶりに続きを投稿しました。この次の話はなんとなく考えているので、第4話はもう少し早く投稿したいなと思っています。もうすこし饒舌にお付き合いいただければ。




