第七話 調理実習とお礼のシチュー
前回からまだ悩んでいる主人公。
――トウメを、『悪霊』と言ってはばからない人と、はたして仲良くなんてなれるだろうか。
そんなことを考えてうじうじと立ち止まっているうちに、何日か経ってしまった。その間、当然ながらトウメの饒舌と転校生の日参は続いていた。
トウメは、授業中こそ格段に大人しくなったけれども、休み時間になるごとに、「今日こそテンコーセーと仲良くなって友達になってもらわなくっちゃ」としつこいし、転校生は転校生で放課後になると必ず私のクラスへ来て飽きもせず『悪霊対策』を提案してくる。二人から追いかけられて私はほとんど休む暇がない。
今は、調理実習の時間で、トウメはいない。ようやっと一息つけるということで、文字通り私はため息をついていた。鍋が焦げ付かないように混ぜ続ける係になった私は、ぼんやりと今の状況について考え始めた。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
そりゃあ、私が強く拒否をしていないからだというのはわかっている。でも、迷惑だとか、来てほしくないとか、そこまで思っている訳ではないから、ハッキリ拒否をしたくないのだからしかたない。正直、トウメの饒舌は聞いていてちょっと楽しいときもあるし、なにより休み時間に一人で過ごすのに私が耐えられるかが分からない。転校生も、ちょっと正直すぎるところと遠慮をしない所とは閉口してしまうけれど、的外れとはいえ私のことを心配して言ってくれているのだと思うと無下にしたくない。つまり私の優柔不断が悪いのだ。それはわかっている。分かっているけれど……。
そうしてまた、延々と思考の堂々巡りが繰り返されているのだった。
「……はぁ」
お鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、何度目かになるため息をつく私だった。
――と、そこへ。
「あの、ホダカ、さん?」
深く考えに沈んでいた所に横合いから声をかけられ、「は、はぃ?!」と思わず背筋がピャッと伸びた。
「ごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」
声をかけた子――クラスメイトの、えっと誰だっけ? 少し長めの髪を耳の後ろで編み込んだ髪型の女の子――の方が、私の反応に驚いて目を丸くした。
考え事をしていて声をかけられて驚いただけだからあなたは悪くない、という言葉が出てこなくて、私は「あ、えっと、ごめんなさい・・・・・・」としりすぼみにつぶやいてうつむいた。
「で、それ、もう焦げそうなんだけど……」
言われて指さす先を見れば、私の混ぜている鍋。
――あ、しまった。
慌てた拍子に持っていたおたまを取り落とし、おたまはぼちゃんと鍋に沈んだ。更に焦って鍋に手を入れ、そうになって思いとどまって、おたまをつかめるものを探して周りを見まわして、でもすぐには見当たらなくて、ちょっと短いけど近くにあったお箸を手にして―――横合いから伸びた手がコンロの火を止めた。
「いやいや、ホダカさん、慌てスギだし。まず火止めなきゃ」
冷静すぎるその子の声に、私はやっと冷静になった。
「あ、あのごめん、えと、あり、がとう……えと」
やっぱりその子の名前は思い出せない。
「いいよ。気にしないで。おんなじ班なんだし。――ね、それよりさ」
私が謝ると、そっけなく答えたその子は、しかしパッと表情を変えた。――にこにこと、好奇心に満ちた目つきに。
「ホダカさんとサカモトくんって、付き合ってるの?」
「へ?」
まず、私の反応は「?」だった。「サカモトクン」という単語に思い当たるものがまったくない。だけど質問の意味に思い至った次の瞬間気が付いた。今現在私と少なからず接触がある人物といえば、トウメか転校生かしかいない。そしてトウメは誰にも見えず、つまり残るは転校生だけだった。転校生の名前は「サカモトクン」と言うらしい。
そして続いて私は愕然とした。追いかけられて、退魔がどうとかいう怪しげな物を次々押し付けられ、そしてその効果を確かめると言って付きまとわれているこの状況が、他人から見たら「付き合ってる」と思われてしまっているのだという事態に。あまりの驚きに固まった私の反応を見て、その子は笑みを深めた。「得たり」といった具合に。
「やっぱそーなんだ。怪しいと思ってたんだよね。毎日放課後一緒にいるし、ホダカさんってばサカモトくんといるとき、なんだか楽しそうだし」
「た、楽しそう?」
自分の実感からすると全く逆の感想が来て、私は目を白黒させた。あれのどこが楽しそう、という印象になるんだろう。
「楽しそうっていうか、生き生きしてるっていうか? ホダカさん、サカモトくんにはうつむいたりしてないでしょ?」
ぎくりとした。サカモトくん、つまりテンコーセーに対してうつむいていないかといえばそんなことはないと思うけれど、けれど、『私がいつもうつむいているという事実』を把握されているという事実に。しかもそれを、ごく当たり前の、みんな知っている事実として話されたということにも。
じわじわと、自分の顔のあたりが熱くなっていくのを自覚した。言葉がまとまらず、どこを見たらいいのかわからず、目が泳いでいくのを自覚した。否応なく顔に出てくるこの変化を見られたくなくて、私はますますうつむいてしまう。
「ね、この調理実習の料理もさ、サカモトくんにあげるの? すっごく熱心に煮込んでたし、手料理あげちゃうんだよね? 一人分多めに分けておく? あ、それとも自分の分をあげたい?」
トウメとはまた違った意味でのマシンガンに私はどれも答えられず、ただあいまいに頭を横に振った。けれど相手は見事に私のしぐさを無視して、沈黙を肯定と見なしてしまった。
――で。
「はっはっはっはっは! 友達どころか恋人か! 今どきのJCというのは気が早いにもほどがあるな。ステップすっ飛ばし過ぎてスキップどころかもはや飛翔だね。あっはっはっはっは、お腹痛いー!」
私の話を聞くなり、トウメは文字通りお腹を抱えて笑い転げた。私の頭上でぐるぐるゴロゴロ回っている。視界をトウメの黒髪とスカートがひらひらぱたぱたと横切り、なんというかすごくうっとうしい。
調理実習を終えて調理室から出てきた私のもとに、待ち伏せしていたように現れたトウメは、さっそく私の手の中にあるタッパーに目をつけた。どうしてそんなものを持っているのかと聞かれた私は調理実習での顛末を説明したのだ。
私はため息をついた。頭上のトウメに目を向けるのもただ疲れるので、うつむいたまま、
「どうして付き合ってるなんてことになっちゃったんだろ。私なんて、サカモトくんの下の名前も知らないのに」
「その事実を伝えた方が早かったのではないかな? ああいや、その場合『名前も要らないくらいの恋』とか何とか言われた可能性も無きにしもあらずだ。くっくっく、しかもアイちゃん、今となってはその名前も覚えてしまったわけで、もはや八方ふさがり?」
「そ、そんなこと言われても」
「で、アイちゃん、そのシチューは結局どうするの?」
「サカモトくんにあげる、ことになってる。班の子に、『結果報告お願いね』って言われてるし……」
冷静に考えてみれば、サカモトくんは、私のために色々と考えてくれているのは間違いない。声が大きいことと私の都合を考えていないことを除けば、だけど。そう考えれば、私はサカモトくんにも感謝しなくちゃいけない。そのお礼として、調理実習で作ったものをあげるというのはまあ、いい方法なのかもしれないな、とは思う。
「ほう? ほうほう? おやおやもしかしてもしかするのか、アイちゃん? 友情さらっと飛び越えちゃった?」
私の答えを聞くなり、トウメがにまにまと私の顔を覗き込んできた。
「ト、トウメまで! だ、だってトウメにあげられないんだから、仕方ないじゃない」
覗き込んでくるトウメの視線をかわしながら、言い返す。つくづく味方がいない、と肩を落としたくなる。本音のところを言うと、どうせあげるならトウメに食べてもらいたい。なんだかんだいって、私のために色々考えてくれたりしているというのなら、だれよりもトウメだし、それは感謝している。結果はどうあれだけど。……何より、最初の友達だし。
けれどトウメは幽霊だから、食べ物を食べることはできない。だからいつも私がお弁当を食べている時、隣でおしゃべりしているわけだ。
対するトウメの反応は、
「私に?」
面喰らった、いや、鳩が豆鉄砲を食らった、という方が近いのだろうか、トウメは思いがけず無防備な表情をした。私はそのトウメの反応に、なぜか妙に慌ててしまう。
「だ、だって、お礼って言うなら、サカモトくんより、トウメのほうが、そうだと思うんだけど、でもせっかく分けてもらったのに、捨てられないし、食べられないし、やっぱり、そうするしかないじゃない、だから、その、仕方なく……」
我ながらなんてあいまいな説明なんだろうと呆れてしまうくらいのしどろもどろだった。こんな説明もどきでいったい誰が理解できるのか、と思ったけれど、
「くっく、おまけに絶滅危惧種なティピカル・ツンデレと来たか。なんてそそるんだ、アイちゃん、君は実に罪作りだねぇ。その言葉だけで私は感動のあまり泣いてしまいそうだよ。おばけだから泣かないけども」
トウメはきっちりと理解してくれたようだった。いつも通りのからかい口調で、しかし上機嫌にくるくると回り始めた。
「ふっふっふ、そうとなったら俄然惜しくなってきたけれども、まあそこは仕方ない、わがまま言うにはもう70年ほど若くなくちゃだ。切り替えたうえで聞くけども、アイちゃん、それをテンコーセーにあげちゃうということだが、どこでどうやって渡すのかい?」
「……えっと」
言われて足が止まってしまった。方法が浮かばない、わけではない。浮かびはした。しかし私がそれを実行することができるのかといえばたぶん無理だ。
悩む。季節はそろそろ夏。傷みやすいものを冷蔵庫もないのに放課後まで置いておきたくはない。できるならお昼休みの間に渡してしまいたい。けれどサカモトくんの襲来はいつも放課後で、それまでに偶然会うとなると合同授業くらいだ。合同授業は今日はない。
八方ふさがり、というわけではない。――私がサカモトくんのクラスに向かえばいい。
「実に単純明快、用があるほうが訪ねるべきだ。来ないなら向かおうってことだね」
トウメはにやにやと、まるで私の思考を読んだようなタイミングでそう言い切った。
「うぅ、やっぱりそうなる? ほかのクラスかー……」
自分のクラスにも(たぶん主にサカモトくんが理由で)まだなじめていないというのに、さらにほかのクラスに行くというのはものすごーくハードルが高い。
「そうじゃなければ、頑張ってアイちゃん自身が食べるしかない。人生は選択の連続だ。まあ、こういうタイムリミットがあったほうが行動に起こしやすいという考えもあることだし、難しく考える前にとりあえず行ってみたらどうだい?」
「うん、……そうだね」
トウメに背中を押され、私は止めていた足を、迷いながらも動かした。
「よしよし、その意気だぞ、アイちゃん」
やたらに嬉しそうなトウメの声が私の後を追いかけた。
※ ※
昼休み。わたしは隣のクラスのドアのわきに立って、ひたすらに自分の決心がつくのを待っていた。
「進むか、進まざるか、それが問題だ。トゥービーオアノットトゥビー、でぃすいずプロブレム」
面白がるように含みを持たせた笑顔で、トウメはそう言った。
「わ、わかってる、わかってるけど」
私は小声で応じる。両手に抱えたタッパーの熱が、私の不安に拍車をかける。時間はない、けれど決心がつかない。わたしの脇を、怪訝な目をした生徒たちがちらりとわたしに目線を送っては、横切っていく。その視線を感じる私は、ますます決心が鈍っていく。早く逃げ出したい、ここから立ち去りたい。けれどトウメはあくまでもこの「イベント」に興味津々らしく、私の頭上をくるくる回りながら待ちわびている。
「――マナミじゃないか」
扉横でうだうだしていた私の真横から、その声は唐突に投げ込まれた。わたしはとっさに逃げようとしてのけぞった。タッパーを顔の前に、盾のように掲げて、
「ちょうどよかった、昨日の数珠の効果を聞きたいと思ってたんだ。マナミ、あの数珠は身に着けてくれているか? ――ん? それは何だ?」
私を見つけるなり、嬉しそうに言いながら転校生――サカモトクンはずいずいと遠慮なく近寄ってくる。そうして私が盾にしているものを見て、ようやっと足を止めた。
「こ、これ、は」
どう説明したらいいのかわからず、口ごもる私。そこへ声が頭上から降ってきた。
「『調理実習で作ったシチュー』」
思考停止しかけていた私の頭に、上からその言葉が割り込んできて、私は思わず復唱していた。
「ちょ、調理実習で作ったシチュー」
「そうか、二組はシチューか。昼めしか?」
なるほどと納得した様子のサカモト君。
「い、いや、あの、、、、これは、サカモトクンに」
「え、おれに……なに?」
思いっきり、「きょとん」とした顔で問われた。わたしは頭が真っ白になる。
そこへトウメが耳打ちをする。
「『サカモトクンに作ったから食べて』」
「さ、サカモ……って何言わせようとしてるの、トウメっ」
頭を真っ白にしたまま復唱しかけた私はすんでのところで我に返る。慌てて言葉を止め、小声でトウメに文句をつけるが、トウメはどこ吹く風で、するっとまた頭上に逃げ出した。なんて自分勝手なんだろう。上をにらみつける私の視線に、トウメはにやにやといつもの笑顔を向けた。
「さあ、勇気を出す時だぜ、わが友。目を見て一言、『ほんの気持ちです』だ」
勇気って何。あ、いや、説明してほしいわけじゃないから辞書開くような動作しなくていいよ。トウメのしぐさにあきれて目線を下ろし……サカモトくんに目が合いそうになって、とっさにそらした。そしてそらしたまま、
「……あ、あげる……。えと、……いつも、その、……ありがとう」
何をどう説明したらいいのか、頭に何も浮かばなくて、結局口に出たのはそんなもにゃもにゃしたセリフだけだった。失敗した、という気持ちが強すぎて、目を合わせなおすどころか、相手の顔を見るのも怖くて、ぐっとうつむき、そしてタッパーをサカモトくんに突き出すようにぐいっと押し出した。
「おう……?」
サカモトくんの戸惑った声とともに、タッパーが受け取られたのを感じると同時、私は踵を返して逃げ出した。
「お、おいアイちゃん、返事を聞いてから、ああ、おーーい」
後ろからトウメの声が追いかけてきたけれど、私はもちろん、それにかまう余裕なんかなかった。
※ ※ ※
「まああれだね、一歩前進ってことでいいんじゃないかな。メイクフレンズプロジェクトもついに第二段階って感じじゃないか。ここはぜひとも盛大にお祝いをしようじゃないか、ね、アイちゃん。おーい」
体育座りでうつむき返事をしない私の周りをくるくる回りながら、トウメはしつこく声をかけてくる。
正直、返事をしたいような気分ではない。さっきまでの自分の行動を反芻するたび、大声をあげて逃げ出したくなる。もしくは大きな穴を掘って埋まりたくなる。そのどちらもできないので、ダンゴムシのように丸まって耳をふさぎ、貝になる。
「いつまでもそこで丸まるうさぎさんになっても仕方ない、そろそろ貝殻を開いてくれよ。やってしまったことは仕方ない、前向きに考えてはいかがだね。過ぎたことは変えられず、そして変えられるのは未来だけ。悩むだけ無駄だってことなんだけど、とにかく次の行動を起こすというのもまあ一つの方法だと思うわけだ。どう思う、アイちゃん。確かに放課後のテンコーセー攻撃を避けるにはこの場所はなかなかいいとは思うけれども、避け続けるわけにもいかないわけだし、どうだろう、好機とみなして開き直ってみようよ、ねえアイちゃん。ねえったら」
耳元でトウメはやっぱりしつこく声をかけてくる。相変わらずの饒舌は、立て板に流れる水よりもスルスルと流れ出ていく。そしてトウメの声は正確には声ではなくて、「勝手に聞こえてくる」というのが近いので、耳をふさいだところで全く意味はなかった。
「……好機、なんかじゃないよ、多分……」
後半はもはや懇願にさえ近いような口調になっていたトウメに、私はあきらめてため息交じりに返事をした。トウメに説得されたというよりは根負けしたというほうが近い。
「あんな風な態度で、押し付けておいて、どんな顔で次、会ったらいいの」
言っても仕方ないことだ。わかっている。だけど愚痴ってしまう。つくづく自分の性格が嫌になる。
「笑えばいいと思うよ。くっくっく、“あんな態度”だなんて、アイちゃん、考えてみなよ、“あんな態度”と言われるべきはどっちなのだという話だ」
『耳元で言われ続けて困るから』そんな不純な理由であったとしても私から反応があったことがよほどうれしいのか、くせ毛をゆらゆらと宙に揺らしながら、トウメは実に嬉しそうに解説を始めた。
「いいかい、まずそもそも望まぬ相手にしつこく近づき絡んでいたのはテンコーセーのほうだ。アイちゃんとしてはどちらかと言えば拒んでいた。まあ、相手に通じてない以上拒めていなかったというのは確かにそうだけれども、とにかく最初のアクションはあちらだ。つまるところこちらは相手の動きに対してアクションを決めればいい立場ともいえる。そして、どんな経緯であろうとテンコーセーは贈り物を受けとった。ならば相応の返礼があるべきだし、その返礼として友人になる――つまり改めて対等な立場になる、というのは悪い条件ではないはずだ」
どうだ、とばかりに胸を張るトウメ。私はどういったものか考えあぐねつつ、思ったところを言ってみる。
「……お礼に友達にって、強制になっちゃわない?」
「くっくっく、何を言うんだい、アイちゃん。すべからく人間関係というものは、強制か偶然的に発生するものさ。遅刻した少女がパンを咥えて走って曲がり角で転校生にぶつかるようなもの、つまるところ世界の法則というやつだね」
トウメの饒舌が絶好調だ。絶好調すぎて何を言っているのかわからない。
「ま、なににせよ、あとは相手に出方次第じゃないかな。果報は寝て待てってね」
そんなにうまくいったら、苦労はないんだけども……。
上機嫌なトウメを見上げつつ、私は今日何度目になるかわからないため息をついた。
――『なんにせよ』というのであれば、とりあえず、私の先ほどまでの追い詰められた気分だけはなくなってくれたようだった。
調理実習のこのタイミングでシチューを作るというのは果たして進度的にはあっているのかわからないですが、最終執筆が冬だったので、温かいものが食べたかったのです。作者が。




