15.ユキの願い
拳を受け、シロは前屈みになって跪く。
その背後から黒いオーラが見る間に立ち昇り、狗頭の顔を凶悪に歪ませていった。
霧子は無言で、シロを無理矢理立たせると、ボディに痛烈な一撃を見舞う。
シロの背中から、黒い霧が噴出し、霧散していく。
「がああああ!」
堪らず、闇雲に爪を振り回すシロ。
だがしかし、霧子には当たらない。
「ふ!」
霧子の右が下顎にヒットし、脳を揺らす。
そしてすかさず、左のフックで逆の顎を捉えた。
「もう、もうやめて! シロが死んじゃう!」
「……大丈夫ですよ、ユキちゃん……お姉は冷静です」
「これで……ラスト!」
左の強烈なリバーブローを叩き込むと、シロの背中から一際大量の黒い邪気が噴出し、虚空に消えて行った。
崩れ落ちる様に、地面に倒れ込むシロ、もはや虫の息だ。
「シロ!」
ユキが駆け寄り、シロを抱き起す。
その姿は、明らかに小さく、透けるように白く、か弱くなっていた。
「シロ! シロ!」
シロの身体を、激しく揺さぶるユキ。
シロが目を覚ます。
「どうだ、まだ悪いモノ残っているか?」
革のグローブを脱ぎながら、シロを見下ろす霧子。
「あれ……僕は一体……」
「シロ! 良かった、良かった!」
「ユキ……」
抱きつくユキの頭を、シロが優しく撫でる。
「どうだ、参考になったか?」
霞を振り返り、微笑む霧子。
「はい! 有り難うございました!」
霞も、満面の笑みで返す。
「しかし久しぶりに見ました、お姉の乙女鉄拳……凶悪さに磨きが掛かってませんか?」
「まー、十年分の成長があるからな……殺す気で行くときは、もっと凄いぞ?」
「それは、見たいような、見たくないような……」
霞が背筋を震わせる。
それを見て、霧子は高らかに笑った。
「さて、犬神の方はこれで良いとして、問題はこの子か……」
「ユキちゃん、自分が死んでいるのに気づいてないんですよ」
「まあ、無理に自覚させることもないだろう……なあ、ユキちゃん?」
霧子がしゃがんで、ユキと目線を合わせる。
ユキはビクンとして、怯える瞳で霧子を見つめていた。
「ユキも……ユキの事も殴るの?」
「そんなことはしない……ユキちゃん、お父さんとお母さんはどこかな?」
「分からない……ユキはずっと独りぼっちだったから、ユキにはシロしかいなかったから……」
「お父さんとお母さんに、会いたいとは思わないかな?」
「ユキ、ユキは……」
霧子が優しく微笑みかけ、ユキの言葉を待つ。
「ユキは……会いたい、お父さんとお母さんの所に行きたいな」
ユキが悲し気に微笑む
「じゃあ、シロにお願いしたらどうだろう?」
「シロに?」
「シロは君の願いを何でも叶えてくれる、そうだろ?」
「シロ……」
ユキが、潤んだ瞳でシロを見つめる。
「ほら、犬神さんよ……ご主人様がご所望だぞ?」
シロは、今一つ現状が理解できず、ぽかんとしていた。
「え、僕に?」
「聞いていただろ?」
「でも、僕は……」
言い淀むシロの顎をくいっと持ち上げ、こちらを向かせる。
「もちろん、このままでは行かせない。今まで人形にした子供たちは全員返してもらう。その後でなら、この世だろうとあの世だろうと、好きな所へ行けばいい」
霧子が目配せをする。
「シロ……」
ユキがシロを見つめる。
「ユキ、お父さんとお母さんに会いたいのかい?」
シロが問いかけると、ユキは小さく頷いた。
「うん、ユキとシロ、そしてお父さんとお母さんがいれば、寂しくないから……」
その言葉に、シロの胸は張り裂けそうになる。
「分かった、行こうね、ユキ……僕が連れて行ってあげる……」
シロはユキを抱きしめる。
ユキは、そっとシロに寄り添い、眼をつむった。
「行くんですね、シロさん……」
霞が、もらい泣きしながら問いかける。
「うん、ありがとう、その……」
言い淀むシロに、霧子が微笑みかける。
「仙道 霧子、そしてこいつは妹の霞だ」
そう言って、霧子は霞の肩を抱き寄せる。
「ありがとう、霧子、霞……」
「ありがとう、霞ちゃん、霧子お姉ちゃん……」
言い残すと、二人は光の粒になって、天に昇って行く。
「ばーか、私を姉ちゃんと呼んでいいのは、霞だけだ」
霧子は、軽い悪態を吐きながら、それを見送った。




