最終話.そして、明日が始まる
三人が屋敷から出ると、ちょうど出張君1号が滑り込んでくる。
「屋敷の素性が分かった。何というか、数奇なものだったよ……」
小鉄も二郎も、神妙な面持ちだ。
「まあ、あらかた片付いちまったがな、聞こうか」
小鉄が語り始める。
「屋敷の主は山本という姓の者だ、明治の終わりに高知から移り住んだ」
「高知か……」
「察しの通り、山本家は犬神持ちの家系だった。一族とトラブルを起こし、故郷を追われたんだな……屋敷の体は温泉宿だが、旅館業は営まず、地域の人々とも接触せずにひっそり暮らしていたらしい」
「娘がいただろう? ユキという名の」
「ああ、移住してきてから程なく生まれている」
「そうか……だから生まれちゃったんですね、シロさん……新しい犬神が」
霞が頷く。
「故郷を離れても、犬神の呪詛が消える事はない、犬神は一人一体、家族が増えるとその分増えるからな」
霧子が言葉を継いだ。
「両親は犬神を使わなかったの?」
吹絵が尋ねると、小鉄は淡々と言葉を重ねていく。
「それは分からん、ただ、山本家が越してきてから、周囲で不審死が続発した事があったらしい、山本家はその災厄の元凶として吊し上げられたそうだ」
「私刑……か、当時の住民の反応としては当たり前か」
霧子が吐き捨てるように呟く。
「それは惨たらしい結果だったようでな、両親は勿論、赤子まで犠牲になったそうだ……以降、ここは呪いの館として禁忌になったらしい」
小鉄が語りつくした後、霧子は心底深くため息をついた。
「分かった、しかし、もう大丈夫だ、ユキもシロも、遠い所に行っちまった……」
「ご両親の行く先が、天国だったといいですね……」
霞が呟く。
「ところで、菊ちゃんはどうした?」
ふいに、二郎が問いかける。
「そう言いや、連絡来ないな……何やってるんだ?」
霧子はそう言って、スマートフォンを取り出した。
「菊か? そっちはどうだ、変化はあったか?」
「あー、ごめん霧ちゃん、ちょっと寝てた……」
菊の寝ぼけ眼が見えそうな声が、スピーカーから響く。
「お前なー……」
霧子は呆れ返ってしまう。
「は、針を経由して霊脈を操るのは大変なんだよ! すっごく神経使うの!」
「分かったから、子供たちを診てくれ……多分、治ってると思う」
霧子がそう言ってから数分後……・
「あー! ホントだ! すごい霧ちゃん、どーやったの?」
菊の素っ頓狂な悲鳴が、周囲に響いた。
「まったく……」
通話を切り、溜息を吐く霧子。
「でもこれで、完全解決ですね!」
霞が歓喜の声を上げる。
「と、いう事は……」
「この屋敷、僕たちの物だ!」
「こうしちゃおれん、役所に行くぞ、二郎!」
「光回線、光回線の契約しないと!」
「電気・ガス・水道が先だ!」
「いいや、ネットが先だよ! WIFIルーターじゃ、辛抱堪らん!」
二人はけたたましく言い合いしながらドアの音を響かせ、再び出張君1号で爆走していく。
「さて……霞、仕上げと行くぞ、ええと、何か掘るものは……」
「これをお使いください」
ふと気付くと、件の老人がスコップを携え、佇んでいた。
「あんたは……」
「幼少の事ながら、この家の事は心残りでしてな、弔ってくれるのなら、これ程ありがたい事は無い……」
老人はそう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「爺さん……分かった、一緒に来な」
スコップを受け取ると、霧子はそう言って老人を手招きした。
スコップを担いだ霧子と霞、吹絵と老人が、屋敷内に入る。
「ここは、異次元空間だったんじゃ……」
「廊下の方が、な……小鉄が持ってきた図面で分かったんだが……空間をループさせていたようだ」
「じゃあ、この先の部屋に……」
「畳を上げる、手伝え」
霧子はそういうと、畳を上げ、床板を剥がす。
そして、僅かに盛り上がった土面を慎重に崩すと、人間の白骨遺体が数体、現れた。
「これは……」
「成人の白骨二つ、幼児の白骨一つ……そして……」
「犬の置物……シロだな」
「ユキちゃんもご両親も、殺されて埋められちゃったんですね……」
霞が涙を浮かべる。
老人は、黙って手を居合わせる。
「今からでも遅くない、荼毘に付してやろうな……」
遺骨を取り上げ、霧子が優しく微笑んだ。
その、数日後……
「ええっと、祠ってこんな感じでいいのかな?」
二郎がおぼつかない手つきで石碑を組む。
「おう、上等上等! ジローは器用で助かるよ」
それを見て、霧子は満足げに頷いた。
「何を収めるんです? こんなものを作って……」
霞が尋ねる。
「ユキとシロに決まっているだろう? 私達だけでも覚えておいてやらなきゃな、あいつらが間違いなくここにいたって事を……」
そう言って、笑う霧子。
「お姉……」
霞は、瞳の端に涙を浮かべた。
この人は、こうして亡き者の居場所を、どれだけその心の中に分け与えてきたのだろう。
霧子の笑顔を見つめると、その優しさに霞の胸がきゅんと疼いた。
「さあ、新しい生活の始まりだ!」
霧子が勝鬨を上げる。
「おー!」
こうして、妖檄舎は新たな活動拠点を得た。
「ユキちゃん、シロさん、元気でね……いつもここから見ているから!」
霞が満面の笑みで、天を仰ぐ。
明日から新しい日が始まる……霞の胸は、期待と不安で目一杯に膨らんでいた。
(了)




