8.黒い館
「うーん、流石は小江戸、高い建物がない……」
観光名所の「火の見櫓」の天辺に昇り、霞は辺りを見回す。
「でもまあ、匂いは正直ですか」
観光客が騒ぎ出すより早く、霞は、ピュン! と飛び立った。
一方、霧子達妖檄舎の面々は、件の物件から立ち昇る異様な妖気を前に、息を呑んでいた。
市街の観光美化地域から20㎞ほど外れた場所にぽつんと建てられた、古民家風の旅館。
屋根や塀は勿論、外壁も漆黒の板が貼られており、窓はすべて雨戸で閉ざされている。
「これは……」
霧子が思わず、息を呑む。
「ひどい妖気ね……人と獣が交じり合って、混沌としている感じ……」
吹絵が戦慄する。
「こんなものが放置されて、よくぞ被害が出なかったものだ……」
小鉄はそう言って、驚嘆の息を漏らした。
「あんた方、祓い屋か何かかね? 止めておきんさい、この屋敷は一筋縄じゃいかんきに……」
屋敷の異様さに戸惑う妖檄舎の面々の背後から、老人の声が掛けられる。
「あなたは?」
「近所の年寄じゃよ……縁あってこの屋敷に供え物をしておる」
老人はそう言って、笑いかけた。
「一体何なんですか、この屋敷は?」
吹絵が問う。
「この屋敷の素性は複雑でな、今まで何人もの霊能力者が除霊に来たが、みんな当日のうちに逃げ出しよった……」
「へえ、素敵な話じゃないか」
霧子の瞳に好奇心と闘気が宿る。
ふと、上空の風が揺らぐ。
突然の気配に霧子が振り仰ぐと、上空から小さな塊が降ってきた。
霞だ。
「あれ、お姉?」
着地姿勢から顔を上げ、霧子を見つけた霞は、キョトンとする。
「霞……何で付いて来るんだ、匂いを追えと言っただろう?」
霧子が窘めると、霞はプッと頬を膨らませた。
「や、追ったからこそ、ここに来たんですが……お姉達こそ、何故ここに?」
真顔で聞き返す。
「何故って、此処が件の屋敷だからだよ」
「と、言う事は……」
二人は目を合わせる。
「やはり此処が本命らしいな……どうする、社長?」
吹絵は瞳を閉じて深呼吸すると、意を決して号令を掛ける。
「妖檄舎展開、屋敷内を徹底的に調査、鎮圧します!」
「おやりなさるか……ワシは止めたぞ?」
吹絵の号令に、老人が苦い顔をする。
「ご心配なく、私達はプロだ」
「そう言った人間は、何人も見たきに……どうかご無事で……」
老人はそう言い残し、去って行った。
「建物にはダメージを与えないで、スマートに行くわよ」
吹絵が念を押す。
「分かった!」
霧子は快諾すると、屋敷の玄関を封じた雨戸に銃弾を浴びせ、粉々に蹴り破った。
「霧子! 言ってる傍から壊さないで!」
吹絵の悲鳴が上がる。
「あ、いや、まあ、その……全員、突入!」
「ヘール・ヤッターレ!」
掛け声とともに、建物内に飛び込んでいく霞。
霧子と吹絵、二郎と小鉄が後に続く。
「今度はモグールかよ……お前の中の私は、一体何者なんだ……」
霞の妙なテンションと、それを歯牙にもかけない同僚の行動に、霧子は口元を歪ませた。




