6.妖檄舎、ちょっと北へ
数刻後、妖檄舎。
霧子が帰る頃には、すでに1200㏄のオートバイが、暖気運転を済ませていた。
「いい? 霧ちゃん! アクセルターン禁止、ウィリー禁止、ドリフト禁止、道交法遵守、黄色は止まれ、だからね!」
白いジェットヘルメットの顎ひもをきつく締めながら、正宗菊が真剣な表情で指をさし、霧子に念を押す。
「いや、それじゃ緊急にならんだろう?」
霧子は不満げに呟く。
「とにかく守って! じゃなきゃ私、絶対に乗らないからね!」
「そんな事言われてもなー……」
菊の真剣な表情に、霧子は後ろ頭を掻きながら困惑する。
「お姉、アタシはどうすれば?」
二人の間から、霞がひょっこり首を出す。
「霞ちゃん! お願い、霧ちゃんに何か言ってやって!」
救世主登場とばかりに、菊は霞に縋り付く。
「そんなにひどいんですか? お姉の運転」
「うん、ひどい。テクが完璧な分、余計に性質が悪くって」
「そうなんですか……で、お姉、アタシはどうすれば?」
菊の懇願を右から左に流し、霞が尋ね直す。
「霞ちゃん!?」
菊は思わず、涙目になる。
「お前は普通についてこい、できるな?」
「はー、まあ、いいですけど、菊さんはお姉の後ろが嫌だというので、アタシがおぶって連れて行きましょうか?」
霞の言葉に、菊はギクッとなって、過去のトラウマを呼び起こす。
「……菊、私の後ろと、霞の背中、どっちがいい?」
霧子が意地悪気に微笑む。
菊は俯いたまま逡巡すると、言葉をひねり出す。
「……で良い」
「ああ、聞こえないなー?」
「分かったよ! 霧ちゃんの後ろでいいよ!」
「そんな、酷いと言うお姉の運転よりも、私の方が酷いと?」
がっくりと肩を落とす霞。
「あ、いや、違うの霞ちゃん! あの、どっちかっていうと、どっちもどっちなんだけど、霞ちゃんのは、ほら、目立つから、ね? ね?」
菊が慌てて、必死に取り繕う。
「どーせアタシは、フライング・ヒューマノイドですよ、モスマンですよ……」
項垂れたまま泣いている妹の背中を見て、霧子はため息を吐く。
「霞……ウソ泣きやめろ、菊が困惑するだろうが」
霧子に言われて、霞はすっくと立ちあがる。
「ちぇ、せっかくお姉に、優しく慰めてもらおうと思ったのに……」
そう言って、もじもじした目線を霧子に向ける。
「その前に、言う事があるだろ?」
霧子は怒る訳でもなく、冷静に諭す。
「そうでした……ごめんなさい、菊さん。だしに使ってしまいました……」
霞はそう言って頭を下げ、上目遣いに菊を見つめる。
「いや、まあ、いいよ。私、そういうの気にしないから」
菊は笑いながら、霞の頭を撫でた。
「どーもコイツが絡むと、話が脱線するなー……」
そう言いながら、霧子はバイクに跨ると、二、三回、アクセルを吹かす。
「よし、儀式終了! 乗れよ菊、超特急で行くぞ」
「約束、分かってるよね? 霧ちゃん」
「分かってるよ……だから早く乗れっての」
菊がおずおずと、タンデム・シートを跨ぎ、霧子の腰を挟んで、タンクをしっかりと掴む。
次の瞬間。
バイクは高々と前輪を跳ね上げ、爆走を開始した。
「嘘つきィィィィィィィ嫌ァァァァァァァァァ!」
正宗菊の悲鳴の残響とともに、バイクはあっという間に見えなくなった。
「……速! これは私も急がないと!」
そう言って、霞も大地を踏みしめると、一気に跳躍する。
「みんな元気ねー。さて、私達も行きましょうか。運転お願いね、小鉄君」
吹絵が助手席に乗り込み、小鉄六郎の運転する軽自動車が旧妖檄舎を発進する。
その傍らには、焔を司る妖刀:夜叉丸が光っていた。
目指すは埼玉県K市。
江戸時代より交通の要所として栄え、今も小江戸の名で親しまれる、宿場町だ。




