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仙境異聞 霞  作者: 神楽坂 幻駆郎
第一話:遠い山から来た少女
34/63

ACT6(Last):大妖6

「我との殴り合いを欲するか、良い度胸だ!」

 御前が腹にめり込んだ拳を掴み、押し返す。

 そして、拳を振りほどくそのままの勢いで、霞の丹田に打撃を加えた。

 腹部を強打され、霞は上半身を屈ませる。

 しかし吹っ飛ぶまでには至らず踏みとどまると、再びやや前傾姿勢の構えをとった。

「フウウ……!」

 小太刀を咥えた口の端から、空気の漏れる音がする。

 霞は大きく踏み込むと、またしても御前の腹部、丹田に向けて打撃を撃ち込み、それを防いだ御前の腕の甲冑にヒビを入れる。

「お互い急所は同じ……愉快、愉快だぞ、人形め!」

 御前が狂ったような笑みを浮かべ、霞の丹田に打撃を打ち返す。

 全身を大きく歪め、後ずさる霞。

「なんか、えらいことになって来たな……」

 その様子を見て、霧子が口元を引きつらせる。

「これは、準備をしておかなきゃ、だな」

 霧子はそう言って、周囲を包む瓦礫の山に潜んだ何かを探すように、眼で追い始めた。

「どうした人形! 手が止まっておるぞ!」

 御前の拳の連撃に、霞は防御の姿勢のまま後ずさる。

 やがて御前の痛烈な打撃を受け、大きく吹き飛ばされた。

「……カハッ!」

 瓦礫に沈んだ霞の口から、乾いた悲鳴が上がる。

 御前は瞬時に間合いを詰めると、仰向けに倒れた霞の身体に馬乗りとなった。

 拳が霞の顔面を捉え、重い一撃が、右、左、右、左と、何度も繰り返して撃ち込まれる。

「グ、フウウウウ!」

 獣の呻き声に似た声を上げ、馬乗りの姿勢から何とか脱出すべく、霞は抗う。

「この刀、もはや我らの間には不要であろう!」

 御前の拳が、霞の口に咥えた短刀を弾き飛ばす。

 武器を失った霞は、両足を使って馬乗りになった御前の首を絡め取り、後頭部から地面に叩きつけた。

 すぐさま飛び退いて、間合いを作る。

 霞は御前が起き上がるのを待って、再び近接戦闘、打撃戦に持ち込もうと身構える。

「ぐ……ハッハッハ! 愉快、愉快じゃ!」

 起き上がり、打撃姿勢を取り戻した御前が笑う。

 霞は、その笑いのリズムに体の動きを乗せ、渾身の力を込めた左の一撃を放った。

 拳が御前の防御網を破り、顔面の急所、人中に深くめり込む。

「……ガハ!」

 御前が顔面を押さえて退く。

 霞はさらに間合いを詰め、ガードの上から拳を打ち付ける。

 飛びずさってその力を殺す御前。

 霞が身構える。

 そして再び、急接近すると、お互いの拳を、渾身の力を込めて打ち合った。


 誰が予想したか知れない、原始的な戦いを繰り広げる二人。

 あるいは真に拮抗する力のぶつかり合いとは、こう言う形になるものなのかと、霧子は妙に納得してしまう。

 しかし、このままではまずい。

 化魄の本性で戦う霞は、相当な量の魂を消費している筈だ。

 霞が地脈・龍脈を吸い取るとしても、それを体内に力として循環させるには、己の魂を触媒としなければならない。

 それ故に、霞の力の行使には限界がある。

 持続力において、それが御前と比べて勝っているとは、霧子には思えなかった。

 事実、互角の殴り合いを続けているように見えて、僅かだが、霞が受け手として押されている。

 この差は時間が経つにつれ、じわじわと広がるだろう。

 そして、それは最終的には取り返しの付かない差となって、霞を滅ぼす……。

 霧子は、戦いを決着に導く秘策を思案する。

 その方法は、一つしかなかった。


「K! 聞こえているか、K!」

 霧子の呼びかけに、霞の身体がピクリと反応する。

「今からマーカーを撃つ、敵をそこに誘い込め!」

「……フ!」

 それを了解したように跳躍する霞。

 その姿を追って飛び上がった御前の懐を絡め捕り、痛烈な投げで御前を地面に叩きつける。 


 一瞬、辺りが静まり返る。

「……良くやった、あとは任せろ」

 霧子の口に浮かぶ、微かな笑い。


 オオオオ……オオオ……


 地鳴りと共に、御前を包囲する、凶悪な殺気。

 やがてそれが、目に見える形になって現れる。


 それはまるで、暗闇に光る獣の眼。

 無数の赤い光が、御前を取り囲み、闇夜に輝く。

 その数は百を下らず、千にも及ぶ数だ。

「銃の弱点は弾切れだ、如何な妖怪を倒す銃でも、弾が切れてしまえばただの鉄屑……だがな、いや、だからこそ!」

 霧子の瞳に力が籠もる。

「私ら銃を使う修錬丹師に、無駄弾はないんだ……今まで撃った弾、全部ひっくるめて、お前を仕留める要となる」

 そう言って、不敵に笑う。

「……フ!」

 霞が、赤い点の包囲網から脱出する。

 それを合図に、霧子が気を送る。

「最初からこれを待っていたんだ……逃れられるかな? 雷鳥縛鎖陣!」

 霧子が叫ぶと、紅い光が獣の様に猛り、包囲網の中心、御前に向けて襲い掛かる。

 何十、何百という銃弾による、全方位同時攻撃。

 その銃弾は御前の身体、その全身を挽肉にするような勢いで穿ち、生体機能を奪ってゆく。

 さらにその勢いは、一度では終わらない。

「……兎弾ラビット・ショット

 御前の身体を穿った銃弾が、瓦礫に着弾するとすぐさま踵を返し、再び音速の跳弾となって御前を襲う。

 それが無限に繰り返され、御前の装甲、その全身を砕き、肌を顕にさせた。

「K、とどめだ!」

 霧子が叫ぶ。

「フ!」

 霞は間髪入れず間合いを詰めると、御前の急所めがけて手刀を入れ、それを掴んだ。

 ブチブチと血管の切れる凄惨な音と共に、心臓を引きずり出す。

「終わったな……五行、大周天……轟雷音!」

 霧子が撃鉄を起こし、引金を絞る。

 銃口から放たれた強大な稲光が、御前の心臓を射抜き、焼き尽くす。

 御前は無言のまま、その場に崩れ落ちた。

 そして、一刻。

「わ、我が死ぬのか……人の世に棲み、死を司る神として、千年を生きた、この我が……」

 口から血の泡を吹き、瓦礫の山の上で仰向けに倒れる御前。

「これも何かの巡り合わせだ……恨むなよ」

 霧子が、冷たく言い含める。

「このままでは済まさぬ……修錬丹師、お前に呪いの毒を……」

 御前の断末魔の蠍の尾が、霧子の首元を襲う。

 それを受け止め、握りつぶしたのは、霞だった。

「お姉さん、大丈夫ですか?」

 化魄の本性、鬼の姿から元の姿を取り戻し、再び愛らしい姿を霧子に見せる。

「ああ、K……戻って来たか、助かったよ……」

 背筋の力が抜け、がっくりと崩れ落ちる霧子。

 そんな霧子を、霞がしかと受け止める。

「はい、約束しましたから……それより、お姉さん!?」

「ああ、力をあらかた使い切っちまった、もう一歩も動けん……奴は?」

 そう言って、やつれた笑顔を見せる。

「滅びました……でも、こんな……お姉さん、なんでこんな無茶を?」

「見せたかったんだ、お前に」

 霧子が笑う。

「お前に、姉ちゃんの威厳をな……」

「お姉さん、まさか……」

 霞の顔が、見る間に紅潮する。

「ああ、悪いな、分かっちまったんだ……お前の正体」

 霧子はそう言って、胸ポケットから煙草を一本取り出し、火を点ける。

「お前……霞だな?」

 言われると、霞の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「お姉さん……ずるいですよ、それ、アタシの台詞……」

 その場で、笑顔を崩しながら泣き出してしまう。

「だから悪かったって……で、合ってるんだよな? お前が霞で」

 胸いっぱいに吸った紫煙を吐き出し、霧子が笑みを送る。

「そうです、アタシは仙道霞……正真正銘、霧子お姉さんの妹です!」

 霞は、思いの全てを吐き出すように、叫んだ。


 ……その間、10年。


 姉妹を弄んだ運命の糸は、再びしっかりと結び合った。


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