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サッドソルティデス!

2014年3月23日。


新しい一日の朝、木曜日の陽光が、ギュンタロウ学園の小学校棟に降り注いでいた。


いつもは目が虚ろなサユは、何人も恋人を取り替えてきたのに、一度も本当の愛を感じたことがなかった。彼女は両手を背中に組み、半開きの、さまよう、深く惨めな目で、学校の敷地を散歩していた。だが、そのとき…


ドンッ!


サユは、背丈143センチの小さな少女にぶつかった。マリナだった。


衝突のせいで二人とも倒れ込み、マリナはサユの上に着地した。


マリナは本当に困惑して目を見開き、彼女を見上げた。それから、すぐに何が起きたのかを理解し、慌ててサユの体の上から立ち上がり、手を合わせて深々と頭を下げて謝った。「ごめんなさい!ほこりを払わせてください!」彼女は優しく、心配そうで、申し訳なさそうな声で言った。恥ずかしさで頬がほんのり赤くなっている。


「ううん、いいの、ありがとう」サユは静かな声で言い、ゆっくりと立ち上がり、無表情のまま自分で服のほこりを払いはじめた。「どこに行くところだったの…?」彼女は興味を持って尋ねた。


マリナはサユが無事だと分かって、ほっと息をついた。それから、すぐに持ち前の、はじけるような明るさが輝き出し、大きくて愛らしい笑顔でサユを見上げた。「チェスクラブに行くところだったの!お姉さんはどこに行くところだったの?」彼女は弾むような柔らかい声で尋ねた。


「ただ、ぶらぶらしてただけ…」サユは小声で呟き、リュックの肩紐を直して両手を体の脇に下ろした。表情は変わらないままだった。


マリナは突然立ち止まり、笑顔が消えた。目を細めると、その目は母性的な心配で満ちていった。「どうして、そんなに目が虚ろなの?」


サユは口から長く、惨めなため息を吐き出した。静かで、希望をにじませた声で言う。「私…本当の愛を、感じたことがないの…」それから、マリナの目をまっすぐ見つめた。「彼氏はたくさんいたけど…みんな苦くて、汚らわしかった。みんな私を、見せびらかしたり自慢したりするための、トロフィーとして使ったの…」


「だからって、人生が終わるわけじゃないよ!」マリナは突然サユの両手を掴み、小さくて細い親指で、彼女の手のひらをさすった。「お姉さんには、まだ人生がまるごと残ってるんだよ!絶対に誰かが見つかるよ!」


そのとき、サユの中で何かが弾けた。


彼女の深紅の瞳が大きく見開かれ、色が突然戻り、感情で輝いた。劇的な風が突然吹き、彼女の桃色の髪を風になびかせた。どれほど深く恋に落ちたかを示すように。


純粋な愛情に満ちた小さな息をのむ音とともに、いつもは無表情なサユの唇が、純粋なぬくもりに満ちた愛おしげな微笑みの形に曲がった。「もう一度言って…お願い!」彼女は膝をつき、マリナの肩を掴んだ。


マリナの眉が跳ね上がり、笑顔が消えた。その恐ろしいほどの気分の変わりように、完全に面食らっている。頬はうっすら赤く染まったが、肩を掴まれても抵抗しなかった。「え、えっと…『絶対に他の誰かが見つかるよ』…?」彼女は戸惑いに満ちた柔らかい声で尋ね、愛らしく首をかしげた。


サユの手はマリナの肩から下り、今度は彼女の脇腹に回って、ぎゅっと強く抱きしめた。『これが本当に――』彼女は心の中で考え、目に涙をにじませながら、マリナの肩にあごを乗せた。『――本当の愛…私の、純粋で穢れのない砂糖…!』


マリナは本当に驚いて、両腕を広げ、目を漫画みたいな二つの白い輪っかにして、呆然と口を開けた。それから、首を振り、口から息を吐き、サユを抱きしめ返して、両手を肋骨のあたりに回し、なだめるように背中をなでた。「しーっ、しーっ…大丈夫だよ…」彼女は優しく呟いた。


30秒が経ち、通りがかったネオンカラーの髪の生徒たちの、困惑した視線を浴びたあと…


サユはようやく体を離し、マリナの肩を優しく掴んだ。頬に涙をこぼしながら、幸せそうに微笑んでいる。「お名前を、教えて、お願い!」彼女は本当に必死で、深く、とても深く、求めるような声だった。


「マリナ!」マリナは明るく答え、首を戸惑いにかしげた。サユの声に含まれる、取り憑かれたような、求めるような鋭さは無視している。「お姉さんは?」


「ヤマモト・サユよ!」サユは、マリナに合わせて、同じようにはじけるような明るさで答えた。


だが、ほんの一瞬だけ、彼女の目は突然、再び虚ろになった。その中に、暗く、ぐちゃぐちゃな渦巻きの落書きが浮かび上がる。『この子は、私だけのものにしなきゃ…私の、甘くて純粋な砂糖…』それから、彼女は完全に体を離し、姿勢を正して、また明るく陽気な表情に戻り、首をかしげて、うれしそうな三日月の形に目を細めた。「マリナちゃん!みんなから逃げて、私たちの、甘くて、大きくて、二人だけのお城を建てましょう!」


マリナは否定するように首を振り、「うーん」と同意しない唸り声を出し、腕を胸の前で『×』の形に交差させた。8歳とは思えないほど、愛らしく真剣に目を細めている。「だめ!私にはチェスがあるし、ゾディクちゃんのお世話もしなきゃいけないの――」


サユの目が突然、虚ろに大きく見開かれ、彼女はマリナの腕を捕まえようと、無理やり手を伸ばしかけた。


マリナはすぐさま警戒に目を見開き、一歩下がった。だが、そのとき突然…


キーンコーンカーンコーン――


チャイムが大きくはっきりと鳴り響き、サユを我に返らせた。彼女は激しく頭を振った。


マリナはその隙を逃さず、すぐさま小学校棟へと走り去った。脚の代わりに、漫画みたいな超音速の白いプロペラが回っている。彼女は切迫した、怯えた声で叫んだ。「バイバイ、サユちゃん!」


サユはすぐさま、パニックになって彼女に手を伸ばした。「ちょっと!待って!」だが、マリナは待たなかった。

彼女はもう視界から消えていて、サユは歯を食いしばりながら、心の中で考えた。『どんな手を使ってでも、この子を私のものにしなきゃ』


2014年3月30日。


ベフゾドは、高校棟から切迫した、速い足取りで大股に歩いていた。顔は冷や汗にまみれ、想像を絶する恐怖と被害妄想で目を見開き、歯を食いしばっている。『あのクソ女、いつからマリナに執着してやがったんだ!?マリナに何をするつもりなんだ!?』


一分後、彼は無事に小学校棟にたどり着いた。マリナの姿を見つけたとき、彼はほっと息をついた。彼女は靴を履き替えながら、親友のユリヤとおしゃべりしていた。ユリヤは、柔らかい腰までの桃色の髪に、暗い黒い瞳、そして制服の上から頭に、大きすぎる桃色のベレー帽をかぶっていた。


ベフゾドは、ロッカーの陰で待って、二人の会話を盗み聞きすることにした。首を興味深そうにかしげる。『何の話をしてるんだろうな…』それから、面白がるように軽く息を吐き、唇に大きくて間抜けな笑みが浮かんだ。『俺なんか、先生に聞かれたら退学になるくらい不適切な話ばっかりしてたもんな、ぐふっ、ハハハハハハハ!』彼は笑い出さないよう、実際に手で口を押さえた。


それから、素早く、そっと咳払いをして、耳をすました。


「マリナちゃん…好きな果物は、なに…?」ユリヤは、静かで、恥ずかしそうで、無表情な声で言った。顔は完全に空っぽで感情がなく、ベンチに座って靴を履いている。


「好きな果物?」マリナは興味を持って尋ね、靴を履き替える手を止めて、あごをとんとんと叩いた。それから、愛情とぬくもりが声に満ちて、答えた。「バナナ!ゾディクちゃんが、いつも買ってくれるの!」


「待って…ゾディクちゃんって、誰…?」ユリヤはゆっくりと首をかしげ、口は小さな『お』の形になった。その頭の横には、漫画みたいな、浮かぶ黒い疑問符が現れた。


ベフゾドは、ロッカーの上からその様子を興味深く観察していた。目は好奇心と困惑で細まっている。そして心の中で思った。『待て、今あの子、どうやって疑問符を出して――』


「ああ、簡単だよ!」マリナは目を細め、最後の靴を履き終えて立ち上がった。突然、彼女の背後に、説明用の漫画みたいな小さな雲が現れた。「ベフゾドのロシア語の愛称は、『ベフゾディク』なの!」雲の上に、紺色の文字で『ベフゾディク』と表示された。「それで、私が『ベフ』を切り取るでしょ、」雲からハサミが出てきて、『ベフ』を切り取った。「――そしたら『ゾディクちゃん』になって、すっごくかわいいの!」彼女の声は愛情に満ち、知恵にあふれていた。雲はぽんっという音とともに消えた。


「ああ…なるほど…」ユリヤは、理解したような静かな声で呟いた。頭の横の疑問符は消え、彼女は再び頭を靴に下ろして、最後の、左の、茶色い靴をつま先に引っかけた。その顔は、少し困惑していた。


それから、ベフゾドは突然ロッカーの陰から出てきて、長くて細い手を体の脇にだらりと下げて、二人に近づいた。「よっ、シスタ!」彼は落ち着いた、愛情のこもった声で言った。「帰ろうぜ!」彼の無表情で、少し超然とした顔が少し和らぎ、唇は小さな笑みの形に曲がった。


マリナは突然、愛情に息をのみ、目が漫画みたいな明るい黄色の星の形になった。


ベフゾドは困惑して眉を上げ、驚きに目を見開き、心の中で思った。『今あの子、どうやって――』


それから、マリナは素早い小さな歩幅で距離を詰め、ベフゾドの腰に両手をぎゅっと回し、愛らしくて、大きくて、生き生きとした目で彼の顔を見上げ、愛を込めて微笑んだ。「ゾディクちゃん、すっごく会いたかった!」彼女は、明るい声に本物の安堵をにじませて言った。


その傍らで、ユリヤの頬は鮮やかな赤に染まり、驚きで目が見開かれた。両手を体の脇にだらりと下げて、その心温まる兄妹のひとときを見つめていた。


「ゾディクちゃん!悪い女の子の悪夢を見たの!」マリナは、心配と恐怖が混じった目を少し細めて、ベフゾドから体を離し、期待を込めて彼を見上げた。


「ど、どの女の子だ!?」ベフゾドは本物の警戒に目を見開き、必死のパニックで、被害妄想的に心の中で考えた。『サユか!?クソ、ってことは、もうマリナのところまで来てやがったのか!』


マリナはあごをとんとんと叩き、下を向いて考え込むように唸った。「うーん…名前は、サユ・ヤ…ヤ…ヤマモト!」彼女は、不安そうな、心配な声で言い、ベフゾドを見上げた。


ベフゾドはすぐに拳を口元に上げて指の関節を噛み、見開いて細めた目で床を見つめ、心の中で考えた。『クソ…警察は呼べない、証拠がほとんどないからな…それに、あいつと直接対決するのもできない…待つしかない、その間は、放課後は俺が自分で送り迎えしなきゃ…』


「ゾディクちゃん!」マリナが突然、ベフゾドの内心の考えを遮り、彼は首を振って、彼女の心配そうで真剣な顔を見下ろした。その目は大きく見開かれて細められている。「サユは女の子で、ゾディクちゃんは元キックボクシングのグランドマスターでしょ!あんな子、粉々の塵にされちゃうよ!」彼女は、兄を案じて、明るい声に鋭く不安な角を立てて言った。


ベフゾドは震える息を吐き、心配と懸念に眉をひそめて、小学校棟の出口のほうへ向き直った。「分かった、帰ろう――」


だが、そのとき…


「こ、こんにちは」ユリヤが突然、静かで恥ずかしそうな声で呟き、人差し指をもじもじと突き合わせた。想像を絶するほど動揺して顔は核爆発級に真っ赤になり、二人と目を合わせないようにしている。


ベフゾドはユリヤのほうを向き、ぎこちなく手を振って、困惑して眉を上げた。「あー…こんにちは?何か用か?」彼はためらいがちな声で言った。


すると、マリナが突然歓喜の悲鳴を上げ、ユリヤのもとに駆け寄って、愛おしさに満ちた目で彼女の頬をむにっとつぶした。「ユリヤちゃん!赤くなってる!?本当に赤くなってる!?」彼女は愛らしく金切り声を上げ、目はうれしそうな三日月になっている。


ユリヤはさらに真っ赤になり、その赤みは耳の先まで広がって、純粋な過熱による小さな湯気を出した。「わ、わ、わたし…」彼女は愛らしく呟いた。


「ユリヤちゃん、すっごくかわいい!」マリナは、大きくて興奮した笑顔と、うれしそうな三日月に細めた目で、頬をつまみつづけ、歓喜の悲鳴を上げた。ユリヤは二人と目を合わせなかったが、つままれるのに抵抗はせず、ただ腕を組むだけだった。


ベフゾドは、このやり取りを千ヤードの凝視で見つめていた。その目は純粋な恐怖と理解に満ちている。『今度は、よりにもよってクソヤンデレと戦わなきゃならなくなった。しかも、最近見たアニメによると…ヤンデレってのは、クソ戦車で、殲滅兵器なんだぞ』彼は恐怖とともに考えた。


数分後、マリナとベフゾドがユリヤに別れを告げたあと…


ベフゾドは、ぎこちなく両手を体の脇に垂らして、通りを歩いていた。その隣では、マリナが陽気に鼻歌を歌っている。彼の目は見開かれ、集中して、パニックでいっぱいになりながら、30秒ごとに用心深く周囲を見回していた。


「ゾディクちゃん、どうしたの?」マリナはベフゾドの被害妄想に気づき、母性的な心配を込めて、愛らしく首をかしげて尋ねた。


「あ、あの子を探してるんだ…サユを…」ベフゾドは重いため息とともに呟き、内心でパニックになりながら、襟を前後にばたばたさせて体を冷やした。「あいつがお前の家の場所を知ったら、お前の両親を殺して、お前を誘拐しかねないぞ!」


マリナは足を止め、優しくて、面白がるような、安心させる声でベフゾドを見上げた。目はいたずらっぽく細まっている。「もう、ゾディクちゃんったら、本当に!うちのパパはボクサーだったし、ママには母性本能があるし、二人ともソ連仕込みの訓練を受けてるんだよ!誰もうちに入ろうなんてしないよ!」


ベフゾドは深く安堵のため息をつき、袖で額の汗を拭って気持ちを落ち着かせ、マリナを見下ろして、ためらいがちな、疲れ切った声で呟いた。「分かった、お前を信じるよ」


歩きつづけながらも、ベフゾドは、サユが近くにいないか確かめるために、何度も用心深く後ろを振り返った。


彼女の家に着くと、彼は突然膝をつき、心配そうで疲れた、真剣な細めた目で、マリナの肩を掴んだ。「いいか、マリナ。お前の両親に、怖いストーカーのことを話してほしいんだ。サユのことで両親が警戒しなかったら、準備ができないだろ、な?」彼は静かで柔らかい声で言った。


マリナは困惑して瞬きをした。それから、手をこめかみに突き上げ、とても明るく陽気な敬礼をした。「サー、イエッサー!」彼女は弾むような声で言った。


「ふぅ…」ベフゾドは安堵してため息をつき、下を向いた。それから突然、身を乗り出して愛情を込めてマリナの額にキスをし、彼女を強く抱き寄せて、背中に両手を回した。その目は少し潤んでいる。「俺のアパートに、お前を連れていってやれなくて、ごめんな…」


マリナはすぐに、小さくて優しい、柔らかな微笑みで彼をなだめ返し、目を閉じて、ベフゾドの背中をなでた。「謝らないで、ゾディクちゃん…お金のことで、たくさん大変だったの、知ってるから…」


一分後、ベフゾドは体を離し、彼女の肩を掴んだ。その目は疲れていて、優しく、柔らかかった。「約束しよう」彼は小指を立てた。「もし両親がお前に手を上げるようなことがあったら、俺に電話しろ。そうしたら、俺がお前を、永遠に両親から連れ去る、いいな?」彼は低く、震えた、本当に疲れた声で言い、必死に唇を小さな笑みに曲げようとしたが、唇は勝手に下に引っ張られてしまった。


マリナはすぐに自分の小指を立て、約束を固く結んだ。「うん!」彼女は明るい陽気さで言い、そっと身を乗り出して、お返しにベフゾドの額にキスをし、彼の肩を何度かなでた。「またね!」けれど、彼女の目もまた潤んでいた。


「ふぅ…」ベフゾドは重く息を吐き、頬をバラ色に染めて、マリナの両肩をなで、背筋を伸ばした。「よし、両親に俺たちが話してるところを見られる前に行け。『うちの家族を裏切った自己中な裏切り者』と話したって、お前が外出禁止にされちまうからな~」彼はいたずらっぽく笑って、くるりと背を向けて去ろうとした。


「うん、ゾディクちゃん!バイバーイ~」彼女はうれしそうな三日月に目を細めて、ベフゾドに手を振り返した。


ベフゾドは首をめぐらせて、小さな笑みを浮かべて手を振り返し、投げキッスを送りながら、マリナが庭の門を開けて、家の中に消えていくのを見守った。


20分後…


ベフゾドはアパートに着くと、重いため息をつき、着替えて、そしていつもどおり、自分のために海軍風パスタを作って食べ、20分間シャワーを浴びながら『Ёлка - Прованс』を歌い、髪を乾かし、座って宿題に取りかかった。30分勉強したあと、彼はついに最後の教科書を閉じ、テーブルの下からノートパソコンを引っ張り出して、テーブルの上に置き、マインクラフトをプレイした。


だが、時計が午前0時を指したとき、ベフゾドは軽い頭痛を感じはじめ、額に手を当てた。彼はすぐにキッチンへ行き、キッチンの引き出しの仕切りを開けて、薬の錠剤と包帯がいっぱい入った、『Аптечка』と書かれた段ボール箱を見つけた。それから、彼は深いパニックに陥った。頭痛薬の錠剤が、一つも入っていなかったのだ。


『頭痛がひどくなる前に、薬局に行かないと…でないと、ベッドから立ち上がることもできなくなる…』ベフゾドは心の中で考えながら、短パンの上から素早くズボンを履き、白いシャツを着て、暗い色の丈の長いレインコートを羽織り、フードをかぶって、1208号室を出て、ドアに鍵をかけた。


外では、夜が町を包み、素早い、ドラムのような、雷鳴のような雨が降りはじめた。


小さな雫が窓を叩き、柔らかくリズミカルな雨音を奏で、遠くの街の低い響きと溶け合っていた。街灯の下では、降りしきる雨が細い銀の糸のようにきらめき、水たまりには、自動販売機の暖かな光や、照らされた店の看板が映っていた。車が濡れた道路を通り過ぎ、タイヤが静かにシューッと音を立て、水面にさざ波を残していった。


アパートの建物を出たベフゾドは、そのすべてを観察し、その見た目の純粋な美しさに、深く、想像を絶するほど心を奪われた。彼の目は、思わず、二つの黄色い明るい星に変わった。『うおおおおおお!』混じりけのない無邪気さのあまり、彼は水たまりを踏みつけ、愛らしくくすくすと笑ってから、咳払いをして、薬局へ向かった。


24時間営業の薬局は、看板に『INA SOFT PHARMACY | 24/7』とあり、明るいネオンの、近未来的な輝きで光っていて、とても美しい光景を作り出していた。薬局は彼のアパートのちょうど裏にあったが、そこへ行くには、ベフゾドはいつも、長くて狭い路地を通らなければならなかった。それが最短の道だったからだ。


ベフゾドはすぐに、不気味なほど暗い路地に足を踏み入れた。彼の愛らしい無邪気さは、息を吐き、額を押さえるうちに、ゆっくりと消えていった。


だが、スニーカーが水たまりを踏んだちょうどそのとき、背筋を奇妙な震えが走るのを感じた。周囲を見回すと、確かに、路地は、入る前よりもさらに暗くなっていた!


ベフゾドは警戒に眉をひそめ、本能的にポケットから両手を引き抜き、何かを察知して、パニックと被害妄想と、純然たる用心深さで声に出して呟いた。「待て、空気が暗くなった――」


ベフゾドが振り向くと…


金属のゴミ箱の上に、白いマントを着た人影が座っていた。腰まで届く柔らかな長い桃色の髪をして、暗闇の中で光る、深紅の、大きく見開かれた、完全に虚ろな二つの目をしている。その顔には薄笑いも笑みもなく、純粋な殺意だけがあった。サユだった。


「ああ、ベフゾドくん…」サユは、空気のような、完全に虚ろで真剣な声で言った。彼女はゴミ箱から飛び降り、マントの中に手を入れて、何かを取り出した。月の光がその刃の上を走り、突然の輝きで、それが巨大で鋭いナイフであることを明らかにした。彼女はそれを鉄の握力で掴んでいた。「あなたは、私とマリナの、甘い幸せな暮らしの障害物…だから、殺さなきゃいけないの!」彼女は、音のない、長い歩幅で、ゆっくりとベフゾドに近づきはじめた。


反応速度が50ミリ秒前後の、歴戦のキックボクシングのグランドマスターであるベフゾドは、数歩後ろに下がっただけだった。目は恐怖に見開かれ、瞳が震えはじめ、両手を前に突き出して振りながら、必死で、怯えた、裏返った声で言った。「や、やめ――!」


サユは突然ベフゾドに飛びかかり、サディスティックな小さな笑みを浮かべながら、すぐに彼の腹を貫いた。その瞬間、笑顔の陽気なマリナの姿が目の前でぱっと浮かび、彼女は心の中で考えた。『やった…あとは、この人が死んだのを確かめるだけ!』


ベフゾドは、耐えがたい痛みを感じた瞬間、恐怖から我に返った。


「ああああああああああああああッ!」


彼の甲高く突き刺すような悲鳴が、サユをたちまち黙らせた。彼女の目は驚きでわずかに見開かれた。『待って、静かに死なないの?でも、アニメやマンガでは――』


彼女が考えを終える前に、彼の目は大きく見開かれ、点のように小さく震える瞳がサユに固定され、歯は純粋で混じりけのない怒りと、原始的な自己保存の本能で食いしばられた。彼は拳を強く握りしめ、後ろに引き、アドレナリンに煽られた凄まじい力でサユを殴った。サユは後ろに吹き飛ばされ、鼻は粉々に砕け散った。


サユは地面の上で目を見開き、震える手をゆっくりと鼻に上げて触れ、血だまりを見て、たちまち恐怖に襲われた。『ど、どうして…男の人が…あんなに細いのに…こんなに強い力で、私を殴るなんて…?』彼女は心の中で考え、目はゆっくりと暗くなっていった。『空調の通気口に化学薬品を入れて、毒を盛ったのに…薬局までの正確な道筋も、予測したのに…なのに――…』彼女の体は力なく崩れ落ちた。


ベフゾドの目は、原始的な恐怖で即座に細まり、涙が頬を伝って雨と混ざり合った。彼はサユが気を失っているのを見て、頭痛が悪化するのを感じながら息を荒げ、ズボンのポケットに手を入れて、携帯を取り出した。震える手で『119』とダイヤルし、ゆっくりと壁にもたれて、気を失ったサユの隣の濡れた地面に座り込み、普通に話せるようにすべての息を吐ききった。もう片方の手は、傷口を押さえている。


「119番です、どうなさいましたか?」向こう側から、柔らかく、疲れた、女性の声が響いた。


「今、血が出ていて…は、腹を、さ、刺されて…」ベフゾドは、心底の恐怖に声を裏返らせながら、静かに呟いた。


「なんですって!?あなた、今どこにいますか!?」女性の声は疲れから恐怖へと変わり、叫んだ。


「小室の路地…『イナ・ソフト…ファーマシー』っていう、24時間営業の薬局の近く…俺の近くに女の子がいて…俺を刺した子で…で、で、でも気絶してます…」彼は、あごを食いしばってサユのほうを振り返りながら、呟いた。


「すぐに救急車を向かわせます、頑張って!」女性の声は、電話を取り落とした。


それから、ベフゾドは震える手で携帯をポケットに押し込み、荒く呼吸した。それから、純粋な恨みから、気絶したサユの顔を、黒いスニーカーで、怒りに任せて荒々しく蹴りつけ、無言で、怒りに満ちて叫んだ。「このクソッタレが!俺が死んだら、てめぇも地獄に引きずり込んでやる、聞こえてんのか!?」それから、彼はもう一度息を吐き、意識を失いはじめた。視界が暗くなる中、救急車のサイレンが路地に急速に近づいてくるのが聞こえた…


2014年3月31日、朝。


ベフゾドが目を覚ますと、視界がゆっくりと戻ってきて、彼はゆっくりと下を見た。左手の血管に点滴が刺され、補助装置がつながれているのが見えた。それから、ゆっくりと、何度か瞬きをして、周りを見回した。


右側には、泣いているマリナがいた。彼女のあたたかい涙が彼の手のひらに落ち、彼女はベフゾドの開いた手のひらに頬を預けていた。


マリナの隣にはシズカがいて、とても心配そうな、不安げな表情で、マリナの背中をなでて落ち着かせていた。


そして最後に、ベフゾドの左側に立っていたのは、心配そうなジンだった。彼は補助装置を見つめ、片手を腰に回し、もう片方の手で親指の爪を噛み、純粋で気高いストレスに耐えていた。


誰かが見舞いに来てくれたのを見て、彼は心の中で、いたずらっぽい喜びで叫んだ。『マリナ以外に、誰かが見舞いに来てくれたぞ、ハハハハハハハ!』それから、彼の唇はすぐにぬくもりで曲がった。「よぉ~」彼は静かで、かすれた、のんきな声で呟いた。


マリナの大きな涙目がさらに見開かれ、彼女はすぐに安堵の笑みを浮かべて、震える息を吐いた。「ゾディクちゃん」彼女は優しく、空気のような柔らかい声で呟いた。「すっごく、すっごく心配したんだよ!」彼女はベフゾドの右手を持ち上げ、自分の頬を包ませた。


ベフゾドの親指がすぐに彼女の涙を拭い、彼女の頬を、軽く、いたずらっぽくむにっとつぶした。「へへ…喜ぶのが早いぞ…俺にはまだ、長い人生が残ってるんだからな!」彼は、遊び心のある声で呟き返したが、ジンの声にふと顔を上げた。


「ふぅ…」ジンは安堵のため息をつき、口から漫画みたいな煙の塊を吐き出して、額を拭った。それから、ベフゾドを見下ろし、目はうれしそうな三日月になり、唇は大きな笑みに曲がった。「我が同志よ、私もマリナ殿と同じくらい心配していたぞ!」彼の柔らかく気高い声が、病室中に響いた。「私はマリナ殿とシズカ殿に、ベフゾド殿の魂は強すぎて、死ぬはずがないと言っておいたのだ!」


「へへへへ!」ベフゾドはジンにくすくす笑い返し、いたずらっぽくウインクした。「その通りだ!死が俺を連れていこうとしたら、訴えるか、顎を殴ってやる!」


シズカは安堵のため息をつき、ベフゾドのすぐ隣の引き出しの上に置かれた、スイカのスライスと果物のかごを、そっと押し出した。「立てるようになったら、好きなだけ食べてね。マリナちゃんが、これが好きだって教えてくれたの…」彼女は、唇の端をつり上げた、小さな陽気な笑みとともに呟いた。


「ありがとな、シズ…」ベフゾドは、自由な右手で親指を立てた。それから、彼の表情は好奇心に変わり、ジンを見上げて片眉を上げた。「でも、サユはどうなったんだ?」


ジンはすぐに近づき、咳払いをして、両手を腰に当て、大きく微笑んだ。「最初の襲撃のあと、彼女は君のすぐ隣の病室で目を覚まし、警察に囲まれていた。医者が彼女の無事を告げた瞬間、なんと四人もの警察官が彼女を捕らえ、家庭裁判所に送ったのだ!」


ベフゾドは理解したように小さくうなずき、眉をひそめた。「そうか…」


ジンは続けた。マリナとシズカも、彼を見上げている。「だが、路地には防犯カメラがあったので、サユ殿が、6センチの制限を超える殺傷能力のある凶器を使ったことが明らかになった。しかし、君の厚いレインコートと、キックボクシングで鍛え上げた体のおかげで、腹の実際の位置から、ほんの数センチ外れたのだ。のちに、彼女は地方裁判所に呼ばれ、通常の刑事ルールのもとで裁かれることになった」それから、ジンは重いため息をつき、マリナを見下ろして、心配に目を細めた。「マリナ殿へのストーカー行為も、彼女の罪状の一つだった」


「で、刑は?」ベフゾドは好奇心に目を細め、頬の内側を噛みながら言った。だって、別にいいだろう?


「ふむ、サユ殿は現在、医療少年院で、五年から八年の刑だ。そして出所したあとも、君、マリナ殿、君の家族から、半径100メートル以内への永久接近禁止命令が出される」ジンは誇らしげな声で宣言し、両手を体の脇に下ろして、ベフゾドの反応を見下ろした。


一方のベフゾドは、理解したようにうなずき、あごをとんとんと叩いて、唸った。「ふむ。あいつがもう、俺とマリナを脅かさないなら、大丈夫そうだな…」彼は柔らかく、安堵した声で言った。それから、マリナのほうを興味深げに向いた。「ところで、医者は俺がいつ完全に回復するか、言ってたか?」


「一週間したら退院できるよ、ゾディクちゃん!」マリナは明るく陽気な声で言い、なだめるようにベフゾドの肩をなでた。「その一週間ずっと、私が果物を食べさせてあげるし、シズカちゃんがスープを作ってくれるよ!」


「なに!?作ってくれる!?」ベフゾドは突然シズカのほうを向き、困惑に満ちた、細められた、戸惑った目で言った。


「うん!」シズカはすぐに、熱意に満ちた二本の親指を空中に突き出し、誇らしげに笑ってうなずいた。「ちゃんと、あなたのために作るからね!」彼女は、熱意にあふれた、まったくのんきな声で言った。


ベフゾドは再び周りを見回した。窓の外の天気は、明るく、夏のようで、陽気だった。それから、彼は二人を振り返り、長く安堵の息を吸い込んで、吐き出した。「ありがとう…みんな、本当に、ありがとう…」彼は、小さくも熱のこもった親指を立てた。


ジンは微笑み、面白がって鼻を鳴らし、親指を立て返しながら、気高く優しい声で言った。「我が家のおごりだ、ベフゾド殿!」


シズカも親指を立て返したが、今度は両手同時で、目は陽気な『>ᴗ<』の形になり、明るく言った。「私たちに任せて!」


それから、マリナも熱意のこもった親指を立て、でれでれした魅力で大きく笑い、お団子がわずかに揺れた。「へへへへ!」彼女はくすくす笑い返した。


こうして、ベフゾドはヤンデレの襲撃を生き延びたのだった。


つづく…

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