第7話:九条家の流儀
駅前のショッピングモールは、週末の賑わいとは裏腹に、異様な静寂と冷気に包まれていた。
一般客はすでに避難誘導され、建物の周囲には九条家が張った「帳」が下ろされている。一般人の目には、ただの「臨時休業」にしか見えないはずだ。
「ひより、いいかい。お前は無理に前に出る必要はない。まずは俺と晴明の動きをよく見て、戦場の空気を知るんだ」
父・陣が、いつになく低い声で命じる。その手にはすでに、十枚以上のお札が扇状に広げられていた。
ショッピングモールの吹き抜けロビー。天井のガラス屋根から差し込む月光が、床一面を這い回る「澱み」を照らし出す。それは、数えきれないほどの低級妖――「這い出し」の群れだった。
「……数だけは一丁前だね。でも、九条の庭を荒らした報いは受けてもらうよ」
お兄ちゃん、晴明が冷徹に告げると同時に、その指先が踊った。
「急々如律令! 炎陣、展開!」
お兄ちゃんが放り投げた数枚のお札が、空中で円を描くように配置される。次の瞬間、お札から噴き出した青白い業火が鎖のように繋がり、群がる妖たちを包囲した。
「這い出し」たちが悲鳴を上げて逃げ惑うが、お兄ちゃんの術からは逃げられない。彼は眼鏡の縁をクイと押し上げると、印を結んだ。
「爆ろ」
一言。その言霊と共に、青い炎の円陣が内側に向かって爆発した。熱波が私の頬を掠める。けれど、建物には一切傷をつけず、妖の存在だけを焼き消す緻密なコントロール。これが「天才」と呼ばれるお兄ちゃんの、計算され尽くした祓いの術だ。
一方、父さんは対照的だった。
「おおおおおおっ!!」
気合一閃。父さんはお札を自らの両拳と両足の甲に貼り付けると、巨体を弾ませて妖の群れのど真ん中に飛び込んだ。
父さんの戦い方は「術」というより「武闘」に近い。けれど、私のような純粋な物理攻撃ではない。
「金剛・破邪突!」
父さんが拳を振るうたびに、貼り付けられたお札が黄金の閃光を放ち、衝撃波が周囲の妖を塵へと変えていく。回し蹴り一閃で、背後から迫った影を真っ二つに引き裂く。
父さんの動きは重戦車のようでありながら、その実、一挙手一投足にお札の守護と強化が組み込まれた、伝統的な「祓い屋」の完成形だった。
「……すごい」
私は圧倒されていた。
十年間、私はこの光景を「見ること」さえ許されなかった。父さんもお兄ちゃんも、こんなにも激しく、美しく戦っていたのだ。
「ほう……。九条の人間にしては、なかなか骨のある戦い方をする。特にあの巨漢、古風な強化術だが、練度は高いな」
私の背後で、白耀が腕を組んで品定めするように呟いた。その声には、少しだけ、本当に少しだけ、認めざるを得ないといった響きが混じっている。
「でも、きりがないよ! ほら、エスカレーターの奥からもっと出てくる!」
私の言葉通り、吹き抜けの二階から、さらに数が増した「這い出し」が雪崩のように落ちてくる。さすがの父さんとお兄ちゃんも、この物量には顔を顰めた。
「晴明、奥の『核』を叩くぞ! 雑魚は俺が引き受ける!」
「了解。父さん、三秒だけ道を空けて!」
二人のコンビネーションは完璧だった。
お兄ちゃんが道を作るための大規模な術を唱え始め、父さんがそれを守るために最前線で拳を振るう。
けれど、狡猾な妖の群れは、その隙を突こうと、横の通路から私――つまり一番「弱そうに見える」獲物へとターゲットを絞った。
「……あ」
数十匹の妖が、黒い波となって私に殺到する。
「ひよりっ!!」
父さんとお兄ちゃんの悲鳴のような叫びが響く。
「くくっ……。案ずるな、過保護な連中よ。……ひより、見せてやれ。お前の、そして我らの力を」
白耀の冷ややかな笑みが耳元で聞こえた瞬間、私の右拳に、爆辞するような神気が宿った。




