日常
「おはよう。起きたな。寝坊助」
父親が笑顔で迎えてくれる。
髪の毛の代わりに蛇がうねうねと動いている。下半身は蛇の尻尾が2つに割れたような姿をしていた。
「おはよう父さん。母さん今日の朝食なに?」
特に父の姿を不思議とは思わず、母に朝食の献立を聞く。
「黒パンと隠れねずみの燻製肉と、血吸い鳥の卵の目玉焼きよ」
「わぁ、おいしそう」
ん?どんな味だったかな?
少女の違和感は朝食の匂いでかき消された。
朝食を恐る恐る口に運び、味を確かめる。
うん、食べられそうな味だ。
ん?いつも食べているのに何でびくびくしてるんだろう。
自らの行動と認識の違いに少女は戸惑う。
「どう、おいしい?」
「うん」
母と会話すると、そんな違和感はどうでもよくなる。
「父さんは今日も狩りに行くの?」
「おう、今日こそ大物を獲ってくるから期待してろよ」
「あまり無理しないでね」
いつものありきたりな家族の会話だ。
うん、おかしなことは無い。
少女の中で生まれた違和感は薄氷のように溶けていった。
。。。
数日が過ぎた。
毎日が変わらず、退屈な日々が流れていく。
家族との会話に笑い、時に喧嘩して仲直りして、ああ、幸せだなぁと少女は感じていた。
時々ふと涙が流れる。
理由もわからず沸き起こる悲しみに抗えず、部屋にこもっていると優しい両親が心配してくれる。
「大丈夫?何処か痛いの?」
母の声を聴くと不思議と悲しみが薄れていく。
扉を開けて母に抱きしめてもらうと、その悲しみは遠くにある陽炎のように朧げになる。
すぐに元気を取り戻して少女は笑った。
退屈でつまらない毎日が、どうしてこんなに愛しくて涙が出るほどうれしいのか。
少女はそれに気づくこともなく、その生活を繰り返していた。
その日も、いつも通りの日になるはずだった。
「さあ、今日は母さんの手伝いで山菜を取りに行ってから、魔法の修行をして。。。ん?まほう?」
自分で口にした言葉が、頭の中で繰り返し鳴り響く。
魔法って、なにを言ってるの。。。わたし。
その言葉を思い浮かべるたびに、記憶の断片が押し寄せる。
「。。。そうだ、私の杖。どこだろう」
今まで考えもしなかった、その存在を思い出す。
「。。。こっち?」
誰かに呼ばれたような気がして、ふらふらと外に出る。
柳のような木の根元にそれはあった。
「あなたが私を呼んだの?」
どうして今まで気が付かなかったのだろう。
少女は、その杖を手にする。
「え?」
その瞬間、全ての記憶が戻った。
手にした杖の宝珠に光が宿っている。
そして、振り返ると一軒の家が見える。
パキーーン
ガラスが砕けるような音がして、景色が変わる。
目の前に両親として接してきた魔族の夫婦がいた。
「やはり、気づいてしまうのね」
「ああ、仕方ないことなんだよ」
哀しい目をして夫婦は少女には分からない会話をする。
危害を加えることがないことは、ここ数日接して分かる。
「あなたたちは、私をだましていたの?」
「。。。ごめんなさい」
少女は怒るでもなく理由を尋ねた。
「なぜ、こんなことを?」
「少し長くなる、向こうに行って話そう。大丈夫、この術は一度破られれば再びかかることは無い」
それは事実なんだろう。
少女の心を捕らえる魔術が効力を失ったことを感じる。
毎日暮らしていたはずのその家を、懐かしいとは思えなくなっていた。
中に入ることは躊躇われたため、庭に面したオープンデッキにある椅子に腰かけた。
二人は近くでお互いを支えながら少女に語りかける。
この地に来た理由と、そこまでに至る事情を。
彼らは、まだ普通人だった時のことから語り始めた。




