黒と白
黒い精霊核から瘴気があふれ出る。
その黒い霧はジルと、アインを包み込む。
そして、ロッシの記憶が流れ込んでくる。
それは貧しい村にはありがちなことで、体の弱かったロッシを育てることができないと、父が口減らしを行ったのだと。
深い峡谷に置いていかれたロッシは、それでも父を信じて村に帰り着く。
彼を見た父親は泣きながら許しを請い、その手でロッシの首を絞めて殺し、洞窟の奥に放置した。
死んだと思われたが、生命の精霊を宿したロッシは奇跡的に蘇生し、真実を知った。
そこから、彼の復讐が始まった。
彼は体は弱いがとても賢い子供だった。
父を断罪する。そのための力が必要だった。
村の子供が探検に来ると言葉巧みに唆し、大人に魔物が住み着いたと吹聴させた。
様子を見に来た大人に精霊化を食い止めると信じさせ、彼らの信仰心を得る。
生命の精霊を宿したロッシには、少しだけ精霊化を止めることができた。
そして、子供を差し出すように信者が動くよう仕向けた。
生贄の子供も遊びのつもりで協力していた。
最初は殺すつもりなんてなかった。
しかし、協力していた子にこのことを大人に話すと言われ、カッとなって着き飛ばした。
そして、運悪く岩に頭をぶつけて子供は命を失った。
それは不幸な偶然だった。
ロッシは助けようとして、癒しの魔法を死んでしまった子供の体に使った。
すると思いもしないことが起こった。
子供の死体から黒い瘴気が吹き出し、それが黒い石に変わった。
その石は魔力を奪い続け、ロッシの体を乗っ取る。
意思なき精霊核がロッシという人格を得て混沌竜になった。
混沌竜は、村人を洗脳しこの世界には無い宗教という概念を作り、ゆっくりと村を支配していった。
重篤な精霊化を迎えた患者の魔力を奪うことで、あたかも渡りを食い止めたように見せ信者を増やした。
子供を生贄として差しださせて減らし、見せかけの救いを見せて大人を騙す。
大人たちは、自分達が助かりたい気持ちを村を救うためと偽り、何の疑いもせずに子供を差し出した。
そうして、子供を処分し大人の魔力を奪い続けることで、混沌竜は自らの力を蓄えていく。
村は静かにゆっくりと滅んでいった。
そんな時に金髪の子供が村に現れた。
その少年は混沌竜の計画を台無しにし、姉の心に入り込んだ。
混沌竜と化したロッシを唯一、人として繋ぎとめていた姉という存在。
その姉が自分ではなくその子供を選んだ事が、最後の枷を解き放ってしまう。
瘴気がロッシの体に集まり再び竜の体を形作る。
集まった瘴気が実体化し始め、黒い竜鱗を持つ真の姿を現す。
その体は、大人ほどの大きさだった元の姿の3倍まで膨れ上がった。
「ぐるるるぅぅぅ」
喉を鳴らし威嚇する様は、人の姿を捨てた邪竜そのものだった。
「ロッシ。。。」
「ジル、下がって。あれはもう君の弟じゃない」
アインはジルを背後にかばい、覚悟を決めて戦いに臨む。
アインは不安だった。
今の自分にはあの人を感じられない。
その状態で戦い続ける事が可能なのか。
それに、ミリーの回復が無ければ、翠脚鞭を使い続けることが出来ない。
ミリーから渡された生命の宝珠は2つ。
自力で回復出来るように予め使い方を教えてもらっている。
この2回で決着をつけなければ。
「アイン。。。私も手伝う」
ジルはどんな結果も受け入れようと覚悟する。
「弟を助けてあげて。。。」
それは、弟との決別を意味した。
「。。。わかった」
アインは疾風のように駆け出す。
ジグザグに混沌竜に近づき的を絞らせない。
混沌竜は大きな体で反応が追い付かず、攻撃が空振りする。
焦れたのか、ブレスによる範囲攻撃に切り替えてきた。
ぶしゃぅぅぅぅ
黒い瘴気を口からアインに吹き掛ける。
しかし、高速に移動するアインはすでにその場にはおらず、残像だけが残った。
本体は、混沌竜の背後に回り上空から蹴りを振り下ろしている。
ぱしぃん!
翠脚鞭が成功し、衝撃波が起こる。
背中からの攻撃に混沌竜は尻尾を振り払う。
相打ち状態で打ち込んだ衝撃と波動が混沌竜に突き刺さった。
アインは邪竜の尻尾により洞窟の壁に叩きつけられる。
「がぁっはぁあ」
全身に痛みが走り悶絶する少年。
「アイン!」
ジルが駆け寄り回復を行う。
ずぅん
重い足音を響かせ混沌竜が目の前に迫る。
なぜ?少年の蹴りは確かに竜の体を貫いたはず。
その証拠に混沌竜の胴体には、アインの攻撃による痕跡が残っていた。。。が、徐々に修復されつつあった。
黒い霧状の瘴気がその体に空いた穴を塞ぎ再生していた。
これまで集めた村人の魔力により、邪竜の体はダメージを受けてもすぐに修復された。
アインはこの絶望的な状況をどうにかするために考える。
「ジル、ぼくが隙を作る間に逃げて」
「アイン!、それじゃぁ、あなたが。。。」
「ぼくだけなら、うまく逃げられる。それに、信じてるから。。。」
アインは誰とは言わず必ず助けが来ると信じた。
そして、少年はジルを逃がすべく行動に移った。
「こっちだ!こっちを見ろ!」
ジルの逃走経路を確保するために、素早い動きで広間の入り口に邪竜を誘導する。
少女は洞窟の奥へと静かに移動し、じっと隙をうかがう。
竜の注意を逸らすために翠脚鞭を放つ準備をする。
生命の宝珠を手にし、力ある言葉で魔法を発動する。
「癒しの翆風」
アインの体が翠色の風に包まれる。
竜の攻撃をよけながら、力をためて一気に放つ。
ぱぁん!
翠脚鞭の衝撃がキリのように目標を穿つ。
今度は竜の首を狙い、その豪脚で跳ね飛ばした。
ジルはそれを見て、洞窟の奥へ走り出す。
邪竜の首が修復されたときには、安全圏まで避難することが出来た。
残されたアインは残りの一撃を、もう一度精霊核に叩き込むことを考えた。
しかし、その精霊核が今は体のどこにあるか分からなかった。
混沌竜の体が不完全な時は頭にあったが、今は外から確認できない。
邪竜の攻撃を避けながら、アインは黒い精霊核の気配を思い出す。
あの、すべてを奪いつくすかのような貪欲な飢え。
アインはそれを感じるべく竜の体を観察する。
アインが集中すると黒い揺らぎのようなものが見えた。
それは、竜の体の中でわずかに移動している。
胸から腹の間で複雑な軌跡を持つ円運動をしていた。
「あれに当てられれば。。。」
生命の宝珠はあと一つ。
この一撃に勝負をかける。
もう一度、癒しの翆風を使い、準備を行う。
精霊核のタイミングに合わせて、正確に打ち抜く必要がある。
回避と回転のタイミングを精霊核の動きに合わせて調整する。
何度目かの試行の後、最適なタイミングでアインは翠脚鞭を放った。
ぱぁん!
翠脚鞭が成功し再び空気の壁が穿たれる。
竜の体に穴が開き、黒の精霊核が姿を現した。
「っ!」
そこには一つだった精霊核が2つになって周っていた。
「翠脚鞭二連!!」
一度目の蹴りが精霊核の一つを粉砕した後に、もう一つを吹き飛ばした。
竜の体は形状を保てなくなり、瘴気に変わっていく。
砕け損ねた精霊核は、再び瘴気を吹き出し体を形作ろうとしている。
(すまん、坊主。遅くなった)
アインはそんな言葉を聞いた気がした。
黄金の髪が輝きだし、少年の体に力が溢れ出す。
バチバチと爆ぜるように光の粒子がはじける。
アインは瘴気を発している精霊核に近づき手で触れる。
すると、まばゆい光が溢れ、その場が光に包まれた。
そして残ったのは、濁りのない真っ白な精霊核。
それは、これまで奪い続けた魔力を浄化し解放した純粋な色。
すべての魔力を失ったその石は、砕け散って砂になり虚空へ消えた。
戦いは終わり、その場には混沌竜に囚われていたロッシが倒れていた。




