谷底の村2
アインとジルが出会って数日がたった。
体の調子も戻り、動けるようになってからジルに仕事の手伝いを申し出た。
はじめは、断っていたジルも根負けして一緒に来てもらうことにした。
魔物と遭遇したあの場所へ、一人で向かうのが心細いというのもあり、護衛としてついてきてもらった。
久しぶりに外へ出たが、周りを谷壁に囲まれた村は、昼でも薄暗い。
「。。。」
道で行きかう村人もおらず、人の気配がしない。
時々、家の影からこちらをうかがう気配がするが、村人は姿を見せない。
「ジル、この村はいつもこうなの?」
「こうって?」
「人を見かけないけど。。。」
「。。。そうね、最近は昼に出歩く人は大分減ったわね」
ここ数年の間に子供や若い人がこの村から居なくなっている。
どういうわけか、日が落ちて暗くなってから働き出す人が増えているらしい。
道すがら、二人はいろいろなことを話した。
アインの話す冒険譚に少女は外への興味を掻き立てた。
危険な話も多いが恐怖心よりもあこがれが勝った。
「ジルのことも聞かせてよ」
少年の素直な問いに戸惑う。
少年が語る胸躍る話を聞くと、自分の粗末な生活がひどく哀れに思えてくる。
少女は自分のこと、村のことをぽつぽつと話す。
「この村は、昔からここで川魚を獲ったりして細々と暮らしていたんだ。でも川の水が減りだしてからは魚が獲れなくなって。。。」
主産業の漁が出来なくなり、村は困窮しだした。
若者は村を見捨てて旅立つものも出て、残ったのは老人や子供、病気で動けない者ばかりになった。
今は羊の畜産や小さな畑で食い繋いでいる。
「それに、最近は変な教えが流行ってて。。。ちょっと怖い」
数年前から、川辺の洞窟に住み着いた魔物を崇める人が増えたという。
その頃から、子供の姿を見ることが少なくなった。
「昔は、家族4人で幸せだったなぁ。貧しいのは変わらなかったけど、父さんと母さん、一つ下の弟と一緒にいるだけで楽しかった」
少女は幸せだった昔を思い出し、涙を浮かべる。
「。。。ジル」
「ごめんね。アインの方がもっとつらい目に会ってるのにね」
気遣う少女の微笑みはやさしかった。
少女の母は5年前に渡りにより消えてしまったのだという。
「渡り?」
「そう、ここでは人が消えてしまうことをそう言うの」
そんな現象を初めて知ったアインは驚いた顔をしている。
「じゃあ。。。ジルのお父さんも?」
「。。。うん、そう遠くないうちに渡りが訪れると思う。でも仕方ないんだよ」
この地に生きるものとして、それを受け入れることは当然のことのようだった。
「お母さんが居なくなって、すぐに弟も行方知れずになって。。。」
方々を探したが見つからず、父親もあきらめてしまったという。
「でも、今はアインが一緒にいてくれるから」
そう笑う少女といずれ別れが来ることを、少年は哀しく思うのだった。
。。。
ここでの生活に慣れてきた頃。
ジルが時々夜に出かけることがあることを不思議に思った。
「ジル。時々夜にいなくなるよね?どこに行ってるの?」
「う、うん、具合の悪い人をね、癒しにね。。。」
「そうなんだ、夜は危ないから、ついていこうか?」
「だ、大丈夫だよ。迎えも来てくれるから、それに子供は夜寝るものでしょ」
年上ぶって説教をし始めたジルに「自分だって子供じゃないか」と不貞腐れる。
少女はそんな少年を弟と重ねて愛しく思い、哀しい目をする。
「ジィールゥー、居るかぁ?」
ある夜、いつものように男が迎えに来ていた。
アインも幾人かの村人と顔を合わせることがあった。
精霊化によりいろんな形状に変化をした村人を見たが、この男は特に気味が悪い。
少年は他の村人の姿には慣れたが、この男だけは苦手だった。
太った体に、魚の頭のようにぬめっとした顔で瞬きもしない目。
「今日も頼むよ」
「。。。」
その太い指をジルの肩に撫でるように乗せ、一緒に歩きだす。
その一瞬のシーンを見るだけでも酷く嫌な気分になる。
アインは、心の中のもやもやを押し殺して眠りについた。
次の日の早朝。
昨日のことが気になって早く目を覚ましてしまった。
まだ、ジルは戻ってきていない。
アインはベッドから飛び起きて、いつもは午後に行う日課をしに河原まで歩いた。
師匠の教えを守り、毎日修行を行っている。
河原まで来ると、服を着たままで水浴びをしているジルがいた。
近くまで近づいて声をかける。
「おはよう、ジル」
「っ!」
びくっとして振り返った顔は、隠し事を見られた時の子供のようだった。
「あ、アイン。。。おはよう。どうしたのこんなところで」
「うん、なんか、目が覚めるのが早かったので、練習しようかと。。ジル怪我してるの?」
アインがジルの足元の水の色が赤くなっていることに気づく。
「ううん。違うの。。これは怪我とかじゃなくて」
酷く動揺したジルが「大丈夫だから」と安心させようとする。
その体は震えていた。
無理に笑おうとしている姿が痛々しい。
アインは、そっと近づいて、ジルの体を後ろから抱きしめる。
「な、なに?どうしたの?」
「僕のね、姉さん。。血はつながっていないんだけど、その人は僕が辛いといつもこうしてくれるんだ」
「わたし、辛くなんか。。。」
ジルは少年に身を預けると、顔を隠し嗚咽した。
そんな二人を一対の目が見つめている。
川の向こう側にある洞窟。
その暗闇の中、金色の目を光らせて何かが言葉を漏らす。
「。。。お、ねえ。。ちゃん。。。」
その目はじっと二人を見つめ続けていた。




