継承の儀
ナージャは泣き続けるミリーの頭を優しく撫でた。
「ミリーよ、すまなかったな」
穏やかに過ごすはずだった。
あの子と出会うまでは。
思い出してしまった。
あの娘の誓いを。
そして知ってしまった。
あの娘が、その誓いを忘れずにいたことを。
『先生の苦しみは私がなんとかします。だから、待っていてください』
そう言って去っていった娘は、その後、再会することもなく命を落としたという。
あの日、初めて少年と会った時に、あの娘がやり遂げたのだと知った。
そして、一緒に旅を続けることで確信に変わった。
この子が救世主なんだと。
救われたい。この苦しみから逃れたい。
その思いで導いてきた。
これが最後の試練になるはずだった。
だが、もう終わりにしよう。
弟子の頭を撫でながらナージャはそう思った。
これ以上、誰かを悲しませる必要などない。
ーーそんな、勝手が許されると?ーー
内なる声が聞こえた。
(ゾルダか。。。)
声の主は、白の塔で園長と呼ばれていた女だ。
ナージャに、呪痕を植え付けたのもこの女だった。
ーー貴方が救われる日が来ないことは、自ら呪痕を刻んだ時に分かっていたはずですーー
ナージャの体から黒い瘴気が溢れる。
ーー貴方に選択する権利は無いのですよ、先生ーー
「がぁあああ!」
「師匠!?」
急に、苦しみもがくナージャを見て狼狽するミリー。
「いたい。いたいよぉ」
子供のような口調で痛みを訴える老婆に、おろおろとする。
そのうちに、アイン達も近くに集まり、ナージャの様子がおかしいことに気付く。
「何があったの!」
「急に痛がりだして。。。多分、呪痕の影響なんだろうけど。。。」
ミリーは、精神の宝珠や生命の宝珠を取り出し、ナージャの額に充てる。
すると、痛みが和らいだのか激しい苦痛を訴えることは無くなった。
「いたい」
「まだ、痛いですか?」
「いたい」
拙い言葉で痛みを訴えるナージャ。
朦朧とした意識の中、かつての弟子の姿がその目に映る。
「おお、戻ったのかい、アリーシャ」
ミリーの顔を見て、そう言うナージャに皆が困惑する。
少女は慌てずに優しく声をかける。
「はい、もう大丈夫ですからね」
その声に嗚咽が混じる。
「そうか、それなら継承の儀式を始めよう。魔女の短刀を取っておくれ」
ナージャの腰刺しから小さな短刀を取り出す。
最愛の師が、その目で見ているものが自分ではない事を知りつつ、その思いを遂げさせたいとミリーはナージャの指示に従う。
凝った意匠を施した、手のひらに収まるほど小さな短刀を見せる。
「これですか?」
「ああ、そうじゃ。それを儂の胸に刺すんじゃ」
「!?」
全員が息を飲むなか、ミリーは黙々と言われた通りにする。
「ミリ姉ぇ。。。」
途惑うアインの言葉に、ミリーは静かに首を振る。
治癒魔法により、呪痕による霊障が、もう手の施しようがないことをミリーは知った。
魔女の継承は、その知識と心を引き継ぐ。
命と引き換えに。。。
その行為の神聖さは、魔術師にしか分からないことなのだろう。
ミリーがナージャの胸に短刀を近付ける。
「お師匠様。これまで、ありがとうございました」
「先生、あなたと過ごした日々を忘れません。絶対に」
万感の思いを込めて、別れを告げる、ミリーとアイン。
心臓に短刀を突き刺すと、ナージャは穏やかに笑った。
「。。。ミリーや。幸せにおなり」
「!?」
せん妄による幻視が治ったのか、ナージャがミリーの名を口にする。
そのまま、静かに目を閉じる。
半世紀以上の時を苦しみと共に過ごした魔女は、その生涯を閉じた。
その心を愛する弟子に託すことが出来た故か、老婆の表情は眠るように穏やかだった。




