師と弟子
その娘は、山奥の小さな村で生まれた。
娘の両親は真っ当とは言えず、小さな娘を働かせて自分たちは遊び惚けるような毒親だった。
村の者は娘を憐れに思いつつも、鼻つまみ者の両親の娘に近づく者はいなかった。
娘が5歳の時に父親が他界すると、母親はますます娘に興味をなくした。
娘の母は東邦からの流れ者で、見た目は美しかった。
自分の美しさを知るその女は、村の複数の男と関係を持ち日銭を稼いで暮らすようになった。
月日が流れると、女は娘を疎ましく思い始める。
「お前がいなければ、新しい男と一緒になれるのに」
そう言って娘をなじる日々が続いた。
それでも、娘は美しい母を好いていたし、一緒にいてくれることが嬉しかった。
ある日、村に魔術師が現れる。
ナージャだ。
ナージャは受容体の母体となり得る有望な素体を探していた。
そこで、やせ細った小さな黒髪の少女と出会う。
魔術師を初めて見た少女は、好奇心で目をキラキラさせてナージャに付きまとうようになる。
だが、ナージャの見立てでは、この少女が受容体を宿す優秀な魔術師になる素養は無かった。
早々に立ち去るつもりだったが、事件が起きた。
ある日、母親が娘に言った。
「私は病気にかかってしまったの。この病気を治すには山奥の毒沼に咲く延命花が必要なの。取ってきてくれるわね」
延命花の話は村では有名な話で、その毒沼には恐ろしい魔獣の巣があり、生きて帰ったものはわずかだった。
娘は母の言葉を信じて山奥に一人で向かった。
娘は母親のために沼に咲く花を摘みに毒沼に入る。
「痛っ!」
沼の水に足を浸すと、焼けるような痛みが起こり皮膚がただれた。
痛みを我慢し花を摘む。
すると、巨大なカエルのような魔獣が現れる。
娘は必死に逃げ、その途中で全身に毒沼の水を浴びてしまう。
全身の肌が焼けただれ、一部は白い骨が見えるほどの重傷だ。
魔獣はその姿に食欲を失ったのか沼に戻っていった。
娘は命が尽きる前に村にたどり着く。
家の前で入り口のドアを開こうと手を伸ばすと、母親と男が笑いあっている声が聞こえた。
「あの子が話を信じて、行ってくれて手間が省けたよ。沼で魔獣に食われても毒で命を落としても清々するね。万が一生きて花を持ち帰ったとしても、今、村にいる魔術師に高く売りつければいいし。どちらに転んでも万々歳さ。あはははは」
体は毒に侵され、黒髪は殆ど抜け落ちた。
全身がただれ、かわいい顔からは鼻が溶けて無くなっていた。
娘は瞼を無くした目から大粒の涙を流し扉を開ける。
その姿を見た母親は娘を「バケモノ」と呼び、花を奪って追い出した。
とぼとぼと歩き広場に向かうと、魔術師がいた。
娘の姿を見た魔術師は驚いて回復魔術をかけたが、すでに手遅れであることに気付いていた。
痛みを和らげるだけの処置を施していると、村に魔獣が現れた。
魔獣は一度戻ったと見せかけて、少女の後をついて来ていた。
魔獣が延命花を追って娘の家に向かう。
娘の母親は、魔獣に家ごとつぶされ死んだ。
その後、ナージャによって魔獣は倒され、延命花だけが残った。
老魔術師は娘を憐れに思い、延命花から治癒霊薬を生成し娘に使った。
娘は見る見るうちに元の姿に戻り、命が助かった。
しかし、娘の体は元通りになったが心が壊れてしまっていた。
ナージャは精神の宝珠を取り出し、娘に偽の記憶を与えた。
優しい両親と穏やかな生活。
それを、ある日突然野党に奪われた。
そして娘に新しい名前を与えた。
ミリーと言う名を。
。。。
「もう、やめてください師匠」
ミリーが懇願する。
「貴方に殺意が無いことは、これまでの戦いを見ていて分かりました」
「。。。」
「。。。そんなに、死にたいのですか?やり直すことはできないのですか?」
少女の必死な声が響く。
「。。。これを見よ」
ナージャがそう言うと、黒い靄のような瘴気が彼女の体から溢れる。
「それは?!」
「これが儂の罪。何人もの子を殺めてきた罰じゃ」
呪痕、禁術とされた魔術の一つで死者の怨念が遅効性の毒となって体を蝕む。
解呪するには、その者の怨念が無くならない限り解けることはない。
「誰がそんなことを。。。」
ナージャがかぶりを振る。
「儂が自ら望んだことじゃ。せめてもの罰を受けねば生きていけなかった。人は与えられた運命からは逃れられない。儂は儂の最後はここと決めたんじゃ」
「そんなこと、じゃあ、じゃあ何で私に新しい名前と人生をくれたんですか?!」
「ミリー、お前記憶が。。。」
ナージャが驚いて目を見開く。
「魔術の修行を続けていくうちに、私の中の魔力制御に気付きました。それで知ったんです。師匠が私を救ってくれたこと。うれしかった。私にミリーという名を与えてくれたこと」
ミリーは真っすぐにナージャの目を見た。
「師匠は嘘つきです。自分の心にすら嘘をついて。。。本当は誰よりも傷ついていたんでしょ?」
少女が手を差し出す。
「もう一度、やり直しましょう。みんな、貴方のことが好きなんです」
ナージャが動揺する。
「。。。だめじゃ。それでは犠牲にしてきた娘たちに顔向けできん。これは必要なことなんじゃ。。。」
師と弟子はここで決裂する。
「。。。どうしても。お師匠様がそれを選ぶというなら、私が止めます」
「ミリ姉ぇ」
アインがミリーを心配そうに見る。
「アイン。貴方は今までも、これからも沢山背負うものがあるのよ。私たちのことまで背負う必要はないわ。これは、師匠と私の問題なの。見ていて」
ミリーは杖を取り出し呪文を詠唱し始めた。
(翠風の杖、力を貸して!)
「風の精霊アネモネよ。その清らかな風、猛き風により万物を運び潤すものよ。我身に宿りてその力を示せ!我!魂を捧げん!」
「風精霊の開花!」
杖の形が変化する。
無機質な棒から節くれだった木のように。
翠の宝珠を守るように花弁が開く。
花吹雪がミリーの体を覆う。
それが収まると、そこに姿を変えた少女がいた。
黒く艶やかだった髪は、翠色に染まり若葉のように日の光を受け輝いている。
風のように流れる透明の衣を纏い、絹のように白い裸身の一部が蔓で覆われる。
風の精霊:アネモネ
今ここに、新たな精霊が降臨した。




