ある魔術師の一生
少女は旅の一座に生まれ、両親と共に芸を生業にして旅を続けていた。
幼いころから魔法の扱いが得意だったことから、それを披露することで皆に喜ばれた。
皆が笑顔になり、お客や周りの皆に褒められることが嬉しかった。
5歳になるころ、一座が野党に襲われる。
その時に両親を失い、たった一人で生きていくことになる。
得意な魔法を見世物にして、何とか食い繋いでいく毎日。
そんな日が続く中、一人の魔術師に目をかけられる。
そして6歳にして学舎へ移り住んだ。
少女の才能は本物で、その時点ですぐに基礎魔術を習得する。
10歳には高等教育を受けるべく、上位の魔術師に師事する事になる。
そこで、自分と同じかそれ以上の才能を持った3人の同級生と会う。
彼女はすぐに世の広さを受け入れ、自分が井の中の蛙だったことに気付く。
4人は一緒に魔術を極め、それぞれ魔術師評議会の仕事に就く。
3人の華やかな仕事に比べ、少女は出自の卑しさからか裏仕事に就く事が多かった。
諜報、粛清、暗殺、そして誘拐。
その頃には手腕を買われ、それらを専門に行う機関の設立にも手を貸した。
彼女が一番気乗りしない仕事だったのが、受容体である金髪の子供の誘拐だ。
表向きは保護と言われていたが、実際には研究と処分という凄惨な最期を迎える事を知っていた。
子供を奪われた母親たちの目は今でも思い出す。
生きて行くためには仕方ない、彼女にはそこでしか生きる居場所がなかった。
そうして心を偽ってきた。
二十歳を過ぎた頃、新たな役目を任される。
やっと、嫌な仕事から離れられると安堵したが、それはさらに彼女の心を締め付けることになる。
受容体の発生原理が判明した事によって、市井に現れないように評議会が制御する。
そのための試みが行われた。
それは、魔力特性の高い者と、精霊との交信力が強い者同士が交配することによって、生まれた子が受容体になる可能性が高くなるというものだった。
ナージャの役目はその技術の確立と母体の準備だった。
才能のある少女を見つけ、教育し受容体を受け入れる母体にする。
その少女たちは、弟子として育てられ、意に添わぬ男と交わり最後には力と子供を奪われる。
「それじゃあ、私も。。。」
ミリーが青い顔をして体を震えさせた。
老婆の話は続く。
それは、毎日が地獄の様だった。
笑い、慕ってくれる手塩にかけて育てた弟子にこの手で絶望を与える。
笑みを取り繕い、無邪気に慕う少女たちを裏切る。
日々の小さなやり取りが、彼女の心に少しずつ傷をつけていった。
憐憫、懺悔、後悔、自嘲
あらゆる情念が呪いの様にまとわりつき、彼女から笑顔を奪っていく。
少女の頃、屈託なく笑っていた彼女は、本心から笑うことができなくなっていた。
それから、この地獄のような日々を終わらせる事が彼女の願いとなる。
どんな方法でも構わない、自らが死ぬのでは続くものが出るだろう。
その方法を探している時にアインに出会った。
市井での発現は無いはずの受容体。
聞けばかつて弟子だったアリーシャの子供だという。
それを知った時、アリーシャの言葉を思い出した。
『師匠の苦しみは、私が必ず消してあげる。だから、私を信じて』
自らの知見と才覚だけで、師の状況を理解した聡い子。
あの子は成し遂げたんだ。
なら、それを信じよう。
そうして、アインとの旅が始まった。
。。。
ナージャの話が終わり、アインは言葉を出す事もできず立ち竦んでいた。
ミリーが泣いている。
信頼し、親のように慕っていた師匠が自分を道具としか見ていなかったこと。
それが信じられず、気持ちがぐちゃぐちゃで整理できない。
少女の感情が涙となって溢れていく。
「アインよ。お前との旅は、お前の母アリーシャの考えによるものじゃ。儂にとって打算でしかなかったんじゃよ。そして今回も。。。」
「嘘だ!」
老婆の言葉を遮りアインが叫んだ。
「先生は旅の中でも優しかったじゃないか。土人形を見せてくれたこと、魔法を教えてくれたこと、全部覚えてる。みんな嘘だったなんて信じない」
少年も涙を流していた。
「協力って、アインに何をさせるつもりですか?」
ミリーは泣き止んでいた。
アインを守るように間に立ち、厳しい目つきでかつての師を見る。
その眼差しにひるむことなく、老婆は淡々と話す。
「評議会が、世界の崩壊を止める手段を持っておるのは本当じゃ。これも、アリーシャの基礎理論が基になっているようじゃがな。ある術により拡散した精霊を壁にぶつけて、対消滅させる。小僧には、その術の礎になってもらう」
かつての王がその身を削って構築した壁。
それは、元をただせば膨大な量の精霊だったものだ。
それと釣り合う数の精霊をぶつけて、消滅させることが可能だと言っている。
「。。。信じられません」
ミリーはその言葉を否定した。
「魔力制御の精緻さは、行使する術式の規模と効果により複雑になる。そう教えてくれたのは師匠じゃないですか。そんな大規模な魔法で、破壊と解放を同時に行うことなんて人では不可能です!」
ミリーが断言すると、老魔術師はほんの少し表情を動かした。
「よく、勉強したな。。。」
ぼそっと口にした言葉は少女には届いていない。
少女に答えるようにナージャが言う。
「そうじゃ、奴らは別の方法を思いついた様じゃが、それが成功する確率は半分程度じゃろう。だが、もう止まることはない。それに、儂にとっては成功しようが失敗しようが関係ないんじゃよ」
「っ!」
「いずれにしてもこの狂った円環は終わらせる。もうこんな思いをするくらいなら、いっそ世界など無くなってしまえばいい。儂にとってはな、もうどちらでもいいんじゃ」
アインがミリーを押しのけ前に出る。
「先生。この世界を救う、その思いが同じなら、僕はこの命を捧げてもいいと思う。でも今のあなたが滅亡を求めるなら、あげられない。あなたの本当の気持ちを聞かせて」
老婆の口調が急に変わった。
「この期に及んで説き伏せられると思うてか!少年王!お主が望まぬとも世界は絶望に満ちておる。お主の命一つで終わらせる!儂のために死んでもらうぞ小僧!」
老婆が呪文を唱えると、周りの土塊が浮き上がりいくつもの円で老婆を取り囲む。
「土の精霊ゲオナよ、我に再び立ち上がる力を!万物を育むその豊潤なる恵みを持って戦いに赴く者に糧を与えたまえ!」
「土精霊の再誕 !」
土塊が老婆の体を覆い盛り上がる。
ばらばらと乾いた土がはがれると、中から若い女性が現れた。
大事な部分を土の鎧で守られたその姿は、いつかの武闘会で見たことがある。
精霊をその身に取り込み、自らを精霊と化す禁術。
千鬼の主と呼ばれ恐れられた、大魔術師の全盛期の姿がそこに在った。




