老いて恋若葉
「おーい、起きろぉ」
薄ぼんやりとした頭で少女の声を聞く。
「こらぁ、あんたたち。また徹夜で研究してたでしょ。昨日早く寝るって約束したでしょ?」
栗色の髪の少女が怒り顔で見つめている。
怒った顔もかわいいなぁと、ん-っと口づけしようと顔を寄せると。。
がっ
拳が顔にめり込んだ。
「寝・ぼ・け・る・な!」
端正な顔を容赦なく殴りつけられ、ホークは抗議する。
「やめてくれよ、ナージャ。僕の顔が東邦梨みたいになったら、女の子達が困るだろぉ」
東邦梨は東国原産の梨で、形がでこぼこで甘く広く一般的な果物だ。
「その図太いメンタルがへし折れるまで殴ってやろうか?」
「ゴメンナサイ、モウイイマセン」
少女に胸ぐらを掴まれ、慌てて謝罪する。
「もう、うるさいなぁ、二人とも朝っぱらから何騒いでんのさ?」
あくびをしながら目を覚ました、ルイがずれた眼鏡を戻す。
「ああ、ナージャか。おはよう?でいいのかな?」
ヤフーが小柄な体を起こして挨拶する。
「そうよヤフー、もうお昼よ。早く起きて。リンカ先生かんかんよ。午後の授業には連れて来いって」
何で、いつもあたしがと、ぶつぶつ不平をこぼす少女。
「授業なんかより研究の方が大事だって。やっと、魔核の制御に一歩近づいたんだ。見てくれよこれ」
「ストッーーーープ!それは、先生のお小言を聞いてからね。さあ、ご飯食べに行きましょ」
興奮気味に話始めようとするルイを静止して、少女が遅い朝食を食べに3人を促す。
あくびをして、のそのそと動く三人を急かして先に進む少女。
その姿が扉をくぐる様子を見てふと我に返る。
「少し寝てたかのぉ」
ホークウッドが大机の前で突っ伏している二人を見る。
「ああ、わしもじゃ。昔の夢を見ておった」
ルイドルドがむくりと体を起こす。
「なんじゃ、お前もか。。。」
ルイドルドの言葉を聞き、ホークウッドも同じ夢を見ていたことを伝える。
「主らは変わっておらんのお」
ヤファイエが無表情につぶやく。
「お主は見なんだか?」
「。。。」
「見たんじゃろうが」
答えないヤフーに、にやついた顔で突っ込みを入れる。
「わしらは結局最後まで、あいつの優しさに甘えとったんじゃなぁ。今回もあの時も。。。」
「。。。」
「。。。」
数十年前、若い4人の魔術師にある役目が命じられた、それを率先して引き受けたのがナージャだった。
「魔術バカのあんたたちに、この役がやれる訳無いじゃない。これが必要なことだって言うならあたしが引き受けるよ」
そう言って、何十年もその役目を続けた。
「わしらは彼女の心がぼろぼろに傷つくことを知りながら、見ていることしかできなかった」
そして今回も。。。
「気にするな。これで、お主らに振り回されるのが最後だと思えば清々するわ」
そう笑って戦地へ向かう彼女をまぶしく見送った。
若かった時を思い出す。
四人で魔術の未来を語りあった、まぶしかった季節。
「そうじゃな。。。結局、誰も大事なことは言えずにこの年まで来てしもうた」
それは、辛い役回りを押し付けた、自責の念もあったのだろう。
「なんじゃ?じじいになっても色気づくか?」
ホークがからかう。
「枯れた身には不相応じゃな」
ヤフーもそれに乗る。
「お主らの人の悪さは死ぬまで変わらんのぉ。その言葉そっくりそのまま返すわ」
ルイが二人の気持ちも同じだと知った上で言い返す。
ひとしきり笑い、お互いの顔を見て真剣な顔に戻る。
「せめて、この計画は成功させねばな。彼女とあの娘に笑われないように。。。」
ホークウッドの言葉を受けてうなずく二人。
彼らの後方に巨大な鎧が建造されていた。
その巨大な鎧は体の殆どが地下にあり、大きすぎて顔の部分しか見えなかった。
。。。
ナージャに指定された場所は、アインの故郷、ヒャクガ村だった。
アインとミリーの二人は山道を越え、その場所に来ていた。
ここを訪れるのは、あの時以来だ。
今は、そこがかつて村だったという痕跡もない。
少年は苦痛に満ちた顔で、荒れ地と化した故郷を見ていた。
そして、約束の時が来る。
一人の老婆が現れた。
その姿は別れた頃と変わらず、二人の親愛の対象のその人だ。
「先生」「お師匠様」
二人は同時に声をかけた。
老婆が近づくにつれ、その表情がはっきり見て取れるようになる。
暗く沈んだ眼は、愛弟子や孫に向けるものではなく敵のそれだった。
「先生。。。どうして?」
アインが息をのむ。
「聞けぃ、少年王!我が名は後、魔術師評議会の代表として参った!」
「っ!」
「魔術師評議会はこの世界を救う手段を有している!この世界を憂慮し救おうとする点において、お主らとの考えの違いはない!我らに従い世界の危機を救うのなら助力を乞い配下に加わるがよかろう!」
「もし、それが本当なら、僕は先生の言うことを信じま。。。」
「待って。。。」
ミリーがアインの言葉を遮った。
「お師匠様、私に。。。私たちに嘘をついてきましたよね」
ミリーが涙声で問いただす。
「。。。そうじゃ」
感情無く答えるナージャ。
「何時からですか?アインと会った頃からですか?」
「。。。」
老婆は答えない。
「もっとずっと前、私を拾ってくれた時からですか?」
ミリーは涙をこらえて聞く。
「。。。そうじゃ」
老婆がそう答えると、少女は大粒の涙を流し泣き崩れた。
「どうして。。。」
少年が呆然とその様子を見る。
「。。。知りたくば、聞かせよう。儂の呪われた生き様を」
老婆の声は冷たく何の感情もなく言葉を紡いでいった。




