ナージャからの手紙
学舎。
そこは、大陸中の魔術師を志すものが集まる街。
場所は秘匿され、一般の人間は立ち入ることを禁じられている。
常日頃、魔術の研究が行われる魔術師の学びの園であり故郷でもある。
そこに、アイン達と別れたナージャが居た。
「先生!お戻りになられたのですか」
壮年の魔術師から声をかけられた。
「おお、シャーイェか、久しぶりじゃのぉ。立派になって見違えたぞ」
ナージャが、その名を呼ぶと魔術師が照れくさそうに頭をかく。
口髭を携えた細面の中肉中背の男で、いかにも教師然とした風貌。
頭をかくその表情は、弟子であった頃の幼い頃の面影を残す。
「いつ、戻られたのですか?長くお戻りになられなかったので心配しておりました」
「つい今しがた着いたところじゃ。皆変わりないか?」
「はい、皆もお戻りになられた事を知れば喜ぶと思います」
シャーイェは横に並んで歩きながら会話を続ける。
「今日はこのまま宿舎へ?」
「いや、じぃさん達に呼ばれておっての。まずはそこからじゃ」
「。。。では、ついに?」
男は神妙な顔つきになる。
「まあ、そういうことじゃ」
ナージャは言葉を濁しつつ答える。
男は、三賢人が今は研鑽の間にいることを伝え別れた。
大勢の魔術師が集い魔術の技を研究し、披露する部屋を研鑽の間と言う。
数十人が入れるドーム状の部屋は、その壁一面に防御結界が張られ、ここで何が起こっても外に被害が及ばぬよう厳重な安全措置がなされている。
扉を開け中に入ると、魔術師が何十人も慌ただしく動き回っていた。
がやがやとした喧騒の中、中央手前の大机で三人の老人が指示を出している。
「これ!そこはそうじゃない。今少し余裕を持たせぬと干渉で動けなくなるぞ」
「1192番回路の魔力伝達が予定より小さい。他からバイパスで持ってこれんか?」
「風と火の核を隣り合わせにしてどうする!過干渉で爆発するぞ!」
周りの魔術師たちが、老人たちの指示や罵声に大わらわで働いている。
「相変わらずじゃのお」
それを見てナージャはあきれた声を出す。
「おお。戻ったか後ろの(ターガム)」
ホークウッドがナージャに気付いて声をかける。
「よせ、もうわしは引退した身じゃ。その名で呼ばれるのは面映ゆいは」
老婆は複雑な表情をする。
「後釜がおらんのじゃから仕方あるまい、お主は引退したつもりでも、わしらは認めておらんぞ」
ルイドルドがクククと人の悪い笑みを返す。
「そんなことより、早よこちらで手伝え。今や猫の手が何本あっても足りんのじゃ」
ヤファイエが急かすように手で招く。
ナージャがため息をついて歩き出す。
「やれやれ、いくつになってもお主らは。。。」
学生時代を思い出す。
若かりし頃、いつも無茶な研究に付き合わされて迷惑をかけられていた。
取り成しやまとめ役は、常にナージャの役回りで、ドタバタとした毎日だった。
そうして数々の新たな魔術が生み出され、今や三賢者などと言われているが、ナージャの目には、学生の頃と少しも変わらない魔術バカの子供の姿が映っていた。
彼らのもとに近付くうちに、彼女自身も、魔術を純粋な好奇心のみで学んでいた少女のころを思い出すのだった。
。。。
「後がお戻りになりました」
アルフレッドが豪奢な机の前で、クラークに報告する。
「そうか、これで役者がそろったな。お前は引き続き部隊に戻り指示を待て」
「はっ」
影に溶けるように消える男。
クラークは、計画通り事が進んでいることに満足していた。
引き出しから、古ぼけた手帳を取り出し手に持つ。
(世界を救う。それは、王でも、魔術師評議会でも無く、この私だ)
男の思いが何処にあり、何を目指すのかそれは誰にも分からない。
その歪んだ思いがもたらす結果を、今の時点で知る由はなかった。
。。。
王の執務室ではナージャからの書簡を受けて、今後の対策会議が行われていた。
「先生から手紙が来たって?!」
その報に喜んだアインとミリーもその特殊な状況に言葉をつむぐ。
それは、正式に王国に対してのものであり、署名からも個人に宛てられたものではないことが分かる。
これが、ナージャ本人からのものか、名前が使われたのか判別できない以上、慎重に扱う必要がある。
「ナージャ殿の失踪は伏せており、関係者以外は知る事はできません。封緘は正式なものですので、魔術師どもがこのことを知っていることは事実でしょうな」
エラランが冷静に分析する。
「攫われた。。。とするのは無理があるか。あの化け物みたいな婆さんがそう簡単に連れ去られるはずもない。痕跡はなかったんだよな?」
カイルがナージャの実力で不覚をとることは考えられないという。
「あたしが調べても何も出てこなかったよ」
リタがレンジャーのスキルで痕跡を見つけようとしたが何もなかった。
「師匠。。。自分から評議会に戻ったんだと思います。理由は分かりませんけど。。。」
ミリーが手紙を見てそういった。
その書簡の最後には、こう綴られていた。
『。。。尚、会合場所には、王とわしが預けた物を持つ者の二人で来るように』
「罠という事はないんでしょうか。いずれにしても二人きりは危険ではありませんか?」
「もし、ナージャ殿が敵側に与したのなら、大人数で行っても意味はなかろう」
教団との戦いで見せた、圧倒的な物量を思い出す。
「。。。僕とミリ姉ぇ二人だけで行く。先生が裏切るはずがないよ。これも何か理由があるはずだ」
アインが決定したことで、他の者も従った。
「。。。」
「ミリ姉ぇ。平気?」
言葉なく聞いていた少女を気遣い声をかける。
「大丈夫。。。私。行くわ」
その少女の目には、覚悟を思わせる何かがあった。




